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シュートの悪魔シリーズ

シュートの悪魔

作者: 神楽京介

 「6番シュートの方、荷物を引いてくださーい」色彩のない声が響く。色あせた声、色あせた世界、ここはどこだろう。

わかってるはずだが、わかりたくない世界、とある郵便地域区分局の輸送ゆうパック部の一室というには広すぎる世界。

 「よろしくお願いしますー」コンクリート張りの巨大倉庫並の広さの敷地に声が響く。いくつものスピーカーからのその声は抑揚を欠いており、まるでロボットが話しているかのようである。丁寧な言葉遣いを心得ているが気持ちはこもっていない。語尾を伸ばされると嫌味にさえ聞こえてくる。彼はシュートの一角で供給からひたすら流される機械区分の荷物に翻弄されながらそう思うのだった。

 荷物がレールの上を流れてくる。食品工場でのベルトコンベアにまだ出来上がっていない食品もどきが流れてくる。それに似ていた。荷物は出来上がっているが、気分的には同じようなものだ、と感じずにはいられなかった。シュートと呼ばれている供給機械から流れてきた荷物が集まる場所の下には運ばれてきた米袋から漏れ出した米が片付けられることもなく散らばっている。誰かが米袋を破いたのか、それともシュートに来た時点で破れていたのか、判別はつかないが、いずれにしよ破損である。破損状況によっては修復して何事もなかったように配達局に送られる。米が少しばかり漏れたところで気にはしていないのだ。

 シュートからこぼれだしたビン類が破損することもある。この局では卵やビン類などはすべて機械区分にかけられる。機械区分にかけないでくださいと書かれた紙がはられた荷物さえも平気で流れてくるのだ。シュートに荷物があふれるとシュートに入り切らなかった荷物がセンサーに引っかかり警報がなる。警報がなるとモニター前の担当がすかさず「荷物を引いてくださーい。お願いしまーすー」と言うのだ。警報音は実に不快で彼にとっての最大のストレスになっていた。さらに入ったばかりの新人の彼にベテラン気取りのおっさんが「さっさと引けよこらー」と暴言を吐くのだった。

 休憩に入り、トイレに立ち寄った彼の前には幾人もの短期アルバイトの姿があった。

 洗面台の前のおっさんは疲労困憊で、「元々公務員だったから、楽だと思って募集したけど、なめてたわ」と呟いた。長期アルバイトとして入った彼はその姿をみて将来を悲観せずにはいられなかった。こんな歳になってまでこのような場所に来なければいけなかったおっさんに自分の未来を重ねずにはいられなかったのだ。

 そっと彼は個室に入った。腹の調子がおかしくて仕方なかった。

 休憩後のシュートはどこも騒然としていた。

 「5番シュートの方一人6番に行ってください。よろしくお願いしますー」

 だが、5番シュートの誰も動かない。みんな、荷物をさばくことに夢中でスピーカーからの声が聞こえていないのだ。再度同じアナウンスが繰り返されたが誰も動かない。彼は隣のシュートにいながらアナウンスが段々怒りを帯びてきているのを感じた。だが、それこそ人間だと、彼は思うのだった。

 しばらくして長期アルバイトの一人が気づいて動いた。20秒に満たない時間だった。

 その後のアナウンスの「ありがとうございます」その言葉は建前でない本音だったと彼はほっと胸をなでおろすのだった。

 そこに夜明けがあった。午前7時の寒くない夏の深夜勤を終えた朝に彼は充実感を感じていた。周りには疲れ果てた人々の姿が早朝の電車に乗るべく20分もの時間をかけて駅まで歩いていくのだ。近所から来ている自転車組や彼のような隣の街から来ている原付き組は早めの安息の地にたどり着けるだろう。

今日は晴れている。それだけが救いだった。だけど、今日の22時には新たな戦いが待っている。深夜勤の宿命である。

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