ヒロインもつらいよ。
本作品は『悪役令嬢は王子の本性を知らない』の悪友のお話です。
読んでいないと分かりづらい内容なので、読んでおくことをお勧めします。
ヒロイン。
それは女の子ならば誰でも夢を見るポジションである。イケメンな男達に囲まれ、愛し愛される存在。明るく優しく、美しい少女。
そんな完璧人間がどこに居るのだと叫びたくもなるだろう。分かるぞ。私もゲームのヒロインは胡散臭くて嫌いだった時期がある。
しかし、居るのだ。ヒロインは確かに存在する。桃色の珍しい髪色に黄金色の輝く大きな瞳、雪のように白い肌に映える赤い唇。まさにお姫様。なんと愛らしく可愛らしいのだろう。
貴女、可愛いですね。どちら様ですか?
そう言おうとして止めた。
鏡代わりの湖の水面には桃色の少女が映っている。無論、ここには私しかいない。
風が吹き、水面が揺らめく。脳がガンガンと振り回されている感覚に陥った。流れてくる大量の情報に目眩がする。水面に映る美少女も苦痛に顔を歪めた。止めて、止めてくれ……。
現実を直視出来ずに蹲る。なんということだ。私は……私は………。
「ヒロインってマジかよ……」
深いため息と共に汚い言葉を吐いた。
どうやらヒロインに転生したらしい。
私が前世を思い出した瞬間にこの世界のヒロインは消失した、と思う。なぜならヒロインとは、明るく、優しく、おしとやかでなければならないからだ。私のヒロインのバイブルに書かれてあるのだから間違いない。
しかし、残念なことに、私はおしとやかの"お"の字もない。もっと言えば、優しさも人並みにしかない。
私のせいでこの世界が狂ってしまう!とか思わなかったわけでもないが、転生してしまったものはしょうがない。私が故意でやった訳じゃないし、そういう運命だったんだろう。こういうのは潔く諦めた方が得策だ。断じて途中から思考を放棄した訳ではない。
この性格は前世からのものである。前世の名前は忘れてしまったが、確か武家の一族で家訓は『己の信じた道を貫き通せ』だったと思う。武家の一族っていうのが本当かどうかは知らないけど、血の気の多い家族だった。なんと迷惑な。
その家の長女である私も大層気が強かった。決して自分を曲げたくない。さらに融通が利かない。よく言えば芯がある、悪く言えば頑固。取り敢えず友達は少なかった。いや、はっきり言おう。いなかった。
ただ一人を除いては。
その親友の名前も思い出せないが、とにかくいい奴だった。聞き上手な彼女は私の心の拠り所でもあった。
完全に周りから孤立した私を最後まで面倒みてくれたし、相談に乗ってくれた。別に一人なら一人で構わないんだけど、何かと気遣ってくれたのだ。今なら迷惑かけたなぁ、と思える。
彼女には絶対に言わないが、私は彼女をかなり尊敬していた。お互いに悪態をつきあって腐れ縁だの悪友だのと笑うくらいの距離が程よくて好きだった。踏み込みすぎず、自分も踏み込まない。あっさりした関係だったが、これが本当の親友だと言えるほどお互いのことはよく知っていた。
そんな親友が失恋したとか言い出すので、爆笑しながら勧めたゲームが『君と奏でる交声曲』略して『キミ奏』
いわゆる乙女ゲームである。
舞台は中世のヨーロッパを意識した異世界。貴族制度とか、王族とかあるんだけどやはり乙女ゲームには夢が必要なので独裁政治とか道端で用を足すとかはない。
正直ものすごく面白かった。あまり頭を使わなくて良かったし、何より絵が綺麗だった。評判がよく、売れたゲームだったのでなんとなくやってみたのだが、マジでハマってしまった。
ついでに親友も引きずり込んだ。
攻略対象者は全部で四人。少ない分、ストーリーが豊富だったので物足りなさは感じない。
腹黒メガネの策士に幼馴染のイケメン騎士、ワンコ系チャラ男くん。
そして愛すべき我が嫁。ヤンデレ第2王子、ディラン・ヴェルメリオ。
多分一番過激で、内容が重たいのがこの王子。そして一番バッドエンドに落ちにくい。ヤンデレだからすぐにバッドエンド堕ちすると思うだろう。
甘い、甘いな。
この王子は凄く頭がいい。腹黒メガネの策士を越える程の策士である。外堀を埋められ、気が付いたらあら、不思議。ヒロインも王子を好きになっちゃってハッピーエンド一直線。
プレイヤー達は悩んだ。どういうことだ。攻略しているのではなく攻略されているだと!?
ヤンデレ代表なのにヤンデレてくれない。え、ヒロインがチョロすぎるの?とか思ったけど違う。なんか選択肢が減ってる。エンディングに近づけば近づくほど王子の言った通りにしか動けない。どうなってるんだ!
後々知ることになったのだが、この王子のストーリーは分岐点が多く存在し、分岐後の話も練りに練られている。
そしてヤンデレ化してくれるのはその内のたった3通り。選択を間違えず進むしかない。
無理だろう。そんなの無理だ。
何周もした。正直爽やかな王子さまはもうお腹一杯だ。見たい!王子よ、覚醒してくれ!
その一心でネットを漁った。ここで答えを見てしまえば負けた気がして凄く悔しいけど背に腹は代えられぬ。
なんとかして見つけた3通りの攻略法。何を思ったのか、私は一番重たいヤンデレを選択してしまったのだ。
ぶっちゃけ後悔した。怖すぎた。あれはこの世のものではない。バッドエンドでもさらにバッドな終わり方。監禁されて、犯される。あれは年齢指定するべきものだ。流石に直接描写はされていないので主にホラーの方で。途中で悲鳴を発しながら電源をぶち切った私は悪くない。
私は半分トラウマになってしまって、ハッピーエンドがいかにハッピーだったかと思い知らされた。二度とバッドエンドなんて望まない。
推しである王子を外すのは非常に残念だが、彼は攻略する気になれない。なんというか、手の上で転がされている感が凄いのだ。
誰も攻略しない、という手もあるが念のため誰のルートに入るかは決めておこう。一応ヒロインだし、もしかしたらもしかするかもしれない。誰かのルートに入ってしまえば他のルートとは全く干渉しないのがこのゲームの良いところでもある。
王子は当然の如く却下。あんなのに近づく方が間違っている。続いて、王子の側近である腹黒メガネ。コイツも却下だな。絶対に馬が合わない。お互い頑固だから。
ワンコ系チャラ男くんも嫌だなぁ……。チャラい男は嫌いなのだ。ヒロインに恋して一途になるものの、前科ありのヤリチンなので無理。
……となれば、残るは一人。親友の推しである、幼馴染のイケメン騎士様、アスワド・クリルヴェル。
ふむ、我が悪友殿は中々見る目があるようだ。四人のなかで一番まともで誠実なのが彼なのである。将来も全て考えてた上で選ぶとしたら彼が一番現実的な人物だ。
私は今年で5歳になる。アスワドに出会うのはもうすぐだな。
そんな風にのんびりしていたのが半年前。もう、半年も経ったのだ。信じられない。5歳の誕生日はとっくに終わったし、そろそろアスワドと知り合いになってもいいと思う。
なんだ、やっぱり中身もヒロインじゃないとダメなのか。王子ルートが潰れるならそれでもいいんだけど。
ため息を溢しながらいつもの森の湖に向かう。私の心が休まる場所はそこしかない。前世を思い出したのもそこだし、愛着がある。
なにより、私の両親は既に他界していて今は父親の弟の家に厄介になっているのだが、ひどく居心地が悪い。あからさまな悪意を向けられる訳ではないが、どうやら父は反対を押し切って母と結婚をしたらしいく、母の血を色濃く受け継ぐこの髪色は忌避されているようだった。
「私はこの髪色気に入ってるのに」
くるくると髪を弄りながら、そこら辺にある雑草を引っこ抜いて草舟を浮かべたり、草笛を吹いてみたりする。確かヒロインは音楽が得意だったなぁ、なんて思いながら上手くもない草笛をなんとなく吹いていた。
「………めんどくさい」
ヒロインなんて楽しくない。
この半年染々思ったことだ。当たり前だがヒロインには沢山の壁が立ちはだかる。今も勿論楽しくないけど、学園に入れば悪役令嬢とかもいる。私が不憫な令嬢を演じれる訳がない。口よりも先に手が出ちゃいそう。
仰向けに寝転がって太陽の眩しさに目を細めていると、森の方からガサッと草の揺れる音がした。
慌てて飛び起きて、周りを確認すると草むらの辺りに黒い髪が見えた。
「誰?覗き見は感心しないね」
私の安らぎを邪魔するな。
そんな意味を込めて黒髪を睨み付けると、おずおずと私の前に姿を現した。出てきた人物に目を見開く。
黒髪に、青い瞳の同い年くらいの少年。もじもじと恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「君……は」
まさか、ここで出会えるとは。
「ご、ごめんなさい……」
弱々しく泣きそうな顔をして謝る少年は到底将来騎士になるようには見えない。
これは千載一遇のチャンスだ。
「私はアリア。君は?」
じっと少年を見ると、驚いたように肩を震わせた後、オドオドと口を開く。
「ぼ、僕はアスワド。アスワド・クリルヴェル……」
消え入りそうな声を何とか拾った。やっぱりそうだ。イケメン騎士様。幼くなっても面影がある。流石、攻略対象なだけあって美形だな。
ぼんやり見つめあって、はっとした。呆けている場合ではない!ここでアスワドと関係を築かなければ。ヒロインはなんて言ってたっけ?
「あー、えーっとアスワド……くんは一人なの?」
若干コミュ症なのは見逃して頂きたい。これでも前世も今世も基本ボッチだった身である。
「えっと……うん……」
歯切れの悪い返答をするアスワド少年。なんと彼もボッチ、コミュ症持ちらしい。
数分も経たず重たい沈黙が訪れた。コミュ症にこの沈黙は辛い。しかしここで諦める訳にはいかないのだ。これを逃せば、アスワドとの接触はほとんどない。つまり、アスワドルートは閉ざされる。
私は腹を括った。
「アスワドくん、私も一人でいつもつまらないの。私と友達にならない?」
にっこり笑顔だったはずだ。ヒロインの顔面を駆使して作り上げた天使のスマイル。おい、なんか反応しろ。
勇気を振り絞ったのに、流れたのは沈黙。罰ゲームかなにかなのでは?と内心首を捻ったのは言うまでもない。
「……友達……いないの?」
その言葉、そのままそっくり返してやろうか。
「いないよ」
ぷいっと興味ないようにそっぽを向いた。君はきっと紳士だから私の意図を汲んで、なにも聞かず友達になってくれるだろう。なんせ将来の騎士様だ。
「なんで?」
………こいつは本当に騎士様だろうか。それとも5歳児はこんなにデリカシーがないだけか。後者だな。うん、中々精神が抉られる。
「髪の毛が、気持ち悪いって」
これは嘘じゃない。村の人達は皆気持ち悪いと言う。母はこの村の外の人らしいから余計に嫌われていたようだ。
「僕は、綺麗だと思う」
気付いたら隣にアスワドか座っていた。声が思ったより近くてビックリする。
「僕も、友達になりたい」
恥ずかしそうに笑うアスワドは天使だった。破壊力が凄い。デリカシーないのに。
こうして無事に、アスワドルートに突入することが出来たのだった。
☆☆☆☆☆☆
「アズは騎士になりたいの?」
ここに二人で集まるのも両手で数えられない程になり、お互いを愛称で呼べるほど仲良くなった。
家から持ってきたであろう、絵本を膝の上に広げてドラゴンと戦う勇者をじっと見つめる。
「格好いいと思わない?」
「うん、格好いいね」
私は素直に頷いた。確かにドラゴンを倒す勇者(騎士)は格好いい。男の子なら誰でも一度は夢をみるだろう。女の子がお姫様になりたいのと同じように。
「変だと思わないの?」
「え?なんで?」
なんで変だと思うんだろう。というか結果的に将来騎士になるんだし、なにも不自然なことはない。
「僕はこれでも貴族だし……」
なるほど、とそこまで言われて納得した。アズはこの領地を治める地方貴族である。騎士になれば準貴族に位が落ちるけど、そこはアズの意見を尊重すべきだろう。
余談だが、一度庶民の私と頻繁に会っていいのか聞いたことがある。曰く、お忍びらしい。私は結構アズと友好的な関係を築けているとみた。
「貴族でもいいんじゃない?アズがなりたいんだったら」
貴族の事情はよく知らない。けれど、今くらい夢見てもバチは当たらないだろう。
「………ありがとう」
アズは嬉しそうに微笑んだ。
「守りたい人がいるんだ」
「守りたい人?」
てっきり絵本の勇者に憧れたからなりたいのだと思っていた。意外としっかりした理由があったことに驚く。
アズは本を抱き締めて恥ずかしそうに顔を足に埋めた。誰だと問い詰めても何も言わない。
にっこり笑って内緒、と言われたらそれ以上聞くことが出来なかった。
☆☆☆☆☆☆
それから、何年経ったのだろう。
私は幼馴染と胸を張っていえるほどアズと仲良くなれていた。
アズは本気で騎士になりたいらしく、あれから湖で剣を振るようになった。家でやると目立つのでここが最適らしい。
小さかった身長もぐんぐん伸びて、幼かった顔つきも凛々しい。
大人になるんだなぁ、と片手で剣を振るアズをぼーっと見つめる。
「アズはもうすぐ学園に入学だね」
まだ何年か先の話だけど、あっという間に来るだろうな。というか、私学園に行けなかったらどうしよう。
ヒロインは音楽の才能を認められて、プラータ家の養子になり学園に入ることが出来るのだ。今のとこ楽器なんて無理だし。アズからプレゼントされたオカリナをピーピー吹けるくらいである。
「そんなの、まだ先だろ」
素っ気なく返すアズになんとなく悲しくなる。大きくなっちゃって……。
「それに、別に行かなくてもいいかなって思ってる」
「はぁ!?なんで?」
剣を振るのを止めて汗を拭いながら言ったアズに、信じられないと声を荒げた。
しかし、アズは不愉快そうに顔をしかめる。
「だって、お前を置いていけないだろ」
真っ直ぐに私を見つめるアズの瞳にグラッとくる。私の幼馴染はなんて優しいのだろうか。いや、ただの天然人たらしかもしれない。
「心配しなくても大丈夫。何とか生きていけるよ」
わははっと顔に似合わない豪快な笑い方をして草の上に寝そべる。風が気持ちいい。
「それに……俺は騎士になるし」
アズも私の隣に腰を下ろした。
「騎士だってなんだって貴族は行かなきゃ駄目でしょ」
「準貴族なら行かなくてもいいんじゃないか?」
「無理だよ。聖騎士団に入団できるのは18からだし。どっちにしろ間に合わない」
正論を返すとアズに睨まれた。察せよ、と言われてるみたいな目に再び頬が緩む。
「分かってるって。心配してくれてるんでしょ?でももう大丈夫だよ。変なことも言われないし」
歳を重ねるごとに、村での悪口等も減っていった。代わりに上から下まで舐めるような視線を感じるけど、うん、まぁ可愛いからなあ。外見は。
「そういうことじゃない……」
「ならどういうことよ?」
「分かんないならいい」
呆れたような、馬鹿にされたような言い方にイラッとした。アズは時々こんなふうに私を見下す、というか子供扱いする。
「お前は黙って守られてればいーの」
「はあ!?子供扱いしないでよ!」
頭を撫でながらそう言うアズにキーッと顔を真っ赤にして怒る。妹みたいな存在とか言い出した日にはぶっ飛ばす。
アズには、はいはいと適当にあしらわれてさらに腹が立った。あの失礼な親友を彷彿とさせるな。
「それに、準貴族にもいいことあるし」
確か、アズは将来その強さを認められて騎士団長に任命されるはず。その過程で爵位貰っちゃうから結局貴族に戻るんだけど。
「いいこと?」
「うん、政略結婚をしなくていい」
あぁ、と一つ頷く。
「なんだよ、その間抜けな返事は」
「貴族でも恋愛は出来るわ」
「そういう意味じゃなくて……その、庶民とも結婚できるし……」
「心配しなくても私も多分学園に行けるし」
ぽろっとそう言うと、アズは勢いよくこっちを振り向いた。
「えっ、なんで!?」
「なんでも」
可能性はなくはない。
「なんだよ……」
ガッカリしたのと嬉しいのが混ざったような顔でため息をつく。どこまで私を心配してくれるんだ。無意識に頬が緩んでしまう。
なにかと面倒見のいい彼は私の自慢の幼馴染。私を恋愛対象として見てくれているのかは未だ謎だけど。
私をプラータ家へ導いてくれたのはなんとあのオカリナだった。アズの稽古と一緒に練習していたから上手くなったのか……。
偶然プラータ家の当主がクリルヴェル家を訪れ、この領地を廻っていた時に何時ものようにピロピロ吹いていたのだ。この村は小さいが、そこそこ産物がある。それを見に来ていたのだろう。
音楽好きの当主様はこのオカリナの音が大層気に入ったようで、私を養子にすると言い出した。え?これで?と思ったのは私だけではない。案内をしていたアズもとても驚いていた。
しかし、心配は無用だったらしい。
いきなりバイオリンみたいなのを握らされて、これが弾けたらね?とにっこり笑われた。このバイオリンみたいな楽器は当主様が一番好きな楽器らしい。意外と抜け目がない。
顔には一切出さなかったけれど、内心めっちゃ焦った。バイオリンなんて弾いたことないのに。
アズも困ったように私を見ていたけど、こうなったら仕方ない。やる時はやりますよ。
結論、ヒロインはすごかった。
体が勝手に動くってこういうことを言うんだなと身をもって知った。知らない曲が弾けたし、当主様は感動するし。アズにいつ練習したんだって聞かれたけどこっちが知りたいくらいだった。
私は無事に、学園へ入学できることになった。アズと3年間も一緒である。なんて素晴らしいことだろう。
また一緒にいられるね、なんて言うとそうだな、と素っ気ない。照れているんだなきっと。
しかし、学園の入学式の日、事件は起きた。
「ということでアズ、いい話と悪い話、どっちが聞きたい?」
「どう言うことか知らないけど俺はなんでアリアが俺の部屋にいるのかが聞きたい」
ふふふ、ヒロインに出来ないことはないのだよ!たとえ、男子寮に忍び込むことさえも!
どや顔の私を見て、またいつぞやのようにやれやれと呆れたように首を振った。
「はあ、帰れよ。男子寮に忍び込むなんて襲ってくれと言ってるようなもんだぞ」
「大丈夫だって。いざとなったら蹴り上げるから!」
アズの剣呑な視線はこの際気にしない。
「で、いい話か悪い話だっけ?」
「うん。どっちから聞きたい?」
なんだかんだ私の話を聞こうとしてくれるアズは本当に優しい。
「いい話から」
「親友に再会できた」
アズは親友?と首を傾げたが、昼間のことを思い出したようで納得したように相槌を打った。
「ベルのことか」
「そう。ベルティーア・タイバス」
「様つけろよ。というか、タイバス家の令嬢と親友になんかなれるのか?」
普通はなれない。前世どうこうなんて言ってもアズには分からないだろうし。適当に濁しておいた。
ベルティーアが親友で本当に良かった。ついでに前世も思い出していて尚更安心した。
「じゃあ、次は悪い話ね」
「いい話は随分とあっさりしてるんだな」
「こっちはとても重要なことだから。そのためにアズの部屋に来たと言っても過言ではないわ」
「へぇ」
興味があるのか、アズが少し目を見開いた。
「アズ、ベルと友達になったところ悪いけど、彼女には近づかない方がいい」
私の発言にアズは驚いたように更に目を見開く。どこか嬉しそう気がするんだけど。
「アリアがそんなこと言うなんて珍しいな。なんで?」
「殺されるから」
真顔で言うと、今度は少し不服そうなガッカリしたような表情をされた。
「殺す?俺を?あのか弱い令嬢が?」
「殺すのは、彼女の婚約者である第2王子よ。あの王子はヤバイわ。狂ってる」
そう、今日私は自分の推しである王子に会い……絶望した。彼の婚約者であるベルが私の前世の親友だったのは良かったんだけど……。
どう接したらああなるのか私でも分からないけどあのヤンデレは最終形態である。つまり一番重たいヤンデレ。私が恐怖した3通りのうちの監禁エンドのやつだ。その一歩手前だよ!
ヤンデレ堕ちした王子は怖い。普通に人を殺す。本来の悪役令嬢も殺すし、必要があれば攻略対象者も殺す。影では死神と呼ばれていた。
そいつに、アズが、目をつけられた!
理由は分かる。なんで王子がヤンデレ堕ちしたか。それはベルが全く王子に関心を見せなかったからだ。
最も難しい一番重たいヤンデレ化をするためには、好感度が一番上がる選択と全く上がらない選択を交互に選択していかなければならない。
恐らくベルは、王子の好感度をガッツリ上げつつ、素っ気ない態度を貫いていたのではないだろうか。少々王子が不憫だが流石親友である。ドライなところは変わってない。
親友の推しはアスワドである。きっとアズと恋仲になろう、ぐへへとか考えていたに違いない。はっきり言おう。ヤンデレ化した王子には近付きたくない。というかアズは近付けさせないぞ。生命の危機を感じる。
「王子が俺を殺すって?流石にそれは……」
「あるの!」
今日殺される可能性だって無きにしもあらず。本当に怖いんだって。
「だから、今日はここにいる」
「は?」
「ここに泊まる。アズも私も一人部屋だし気付かれないわよ」
知らない間にアズが殺されていたらどうする。後悔してもしきれないだろう。非力だけど、顔面使ってどうにかなるかもしれないし。色気とかないけど、なんとかなる。
意気込んでいると、はぁーっという盛大なため息が聞こえた。
「なんでこんな馬鹿に育ってしまったんだ」
「なっ、馬鹿ってなに!?何もなかったらもう泊まりになんかこないわよ!」
何時ものようにキーキー喚いていると、ぐっと手首を握られた。アズの顔が至近距離にあり、驚いて息を飲む。
「ねぇ、分かってる?俺は、男なの」
アズが珍しくイライラした口調で話している。思春期の男子にお泊まりはやっぱり不味かったかもしれない、と反省した。
「……ごめんなさい」
「なにが」
「迂闊でした」
「こんなこと他の男にしてみろ。嫁に行けない身体にしてやるからな」
「なによ、それ!」
「なに?聞きたい?」
にやにやと勝ち誇ったようにアズが笑った。
なんて破廉恥な。お前、ムッツリだったのか?こいつこそ育て方間違ってるよ。
何時もの口論が始まろうとした時、コンコンと軽いノックの音が響いた。
お互いに顔を見合う。誰だ?
「こんにちは。二年のディラン・ヴェルメリオです。ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」
なんということだ!堂々と王子から近付いてくるだと!?
甘かった!死角からの攻撃。後輩だし、王子なので話があると言われれば扉は必ず開けなければならない。居留守なんてもっての他。私達一年は入学式後なので絶対に部屋に居る。
アズもまじで?なんて呟いてるし、私もスマホのバイブレーション並みに震えていた。
「と、とにかく開けるしかないな。アリアは隠れてろ」
「え、いや、だめよ!いざとなったら(この顔面を駆使して)アズを守るつもりでいるのに!」
「女を盾にするクソ野郎がどこにいるんだよ……」
アズと言い合っていると、扉の方からガチャリと音がした。二人して錆びかけのオモチャみたいに扉の方を振り替える。
そこには満面の笑みを浮かべる王子が立っていた。王子の手には鍵を持っていてクルクル回している。
「中々返事がないから開けちゃった」
屈託ないその微笑みが恐ろしく感じます。
ガタガタと震えている私をアズがサッと背中に隠してくれた。
アズがよそ行きの笑顔で愛想よく笑う。
「どうされました?第2王子であるディラン様がわざわざこちらにお越しになるなんて」
「ふふふ、ちょっと君達に話があってね?」
殺される……。
遠い目をして灰になりそうな私を更に隠すようにアズが前へ出た。
「私……"達"ですか?」
「ほらそこにいるじゃない。ねぇ?アリア嬢」
アズの体からひょっこり顔を出して王子を見ると微笑まれた。かなり不敬にあたる態度だけど学園だし。身分とかないし、うん。
「君達がそんなに深い仲だとは知らなかったなあ。なら都合がいいや」
クスクス笑う王子はこの世のものとは思えないほど美しかった。生でみると意識しなくても顔が赤くなる。
「……なに赤くなってんの?」
「いや、だって格好いいじゃん」
咎めるように睨むけど、私の推しは王子だからね?いちファンとしては興奮しますよ。
「誉め言葉と受け取っておこうかな。ところで君達にお願いがあるんだけど」
「お願いですか?」
来た……。殺害予告か?
というか、アズの視線が鋭くなってない?王子を睨んだらやばいと思うんだけど。
「君達には私の婚約者……。ベルと仲良くして欲しいんだ」
「え?」
すっとんきょんな声を出したのは私である。お願いが予想外すぎてビックリした。殺すまでは言わなくても、近付くなくらいは言われると思ってた。
アズは元々王子に殺されることを半信半疑だったらしく、ほらな、と言うように肩を竦めた。
「やだなぁ、私がベルに近付くなとでもいうと思った?」
思いました。
「うん、まぁ忠告はしておこうか……」
そう呟いて腕を組んだ王子の雰囲気がガラリと変わる。これはなんだろう。あれか、俗にいう殺気とかいうやつ?はは、震えが止まらない。
「俺のベルに手を出したら消すから」
一人称変わってる!しかも俺のベルって。どんだけ独占欲強いんだ。
俺とベルの邪魔してみろ、ぶっ殺すぞって顔に書いてある。怖すぎる。消すなんて笑顔で言うもんじゃない。
不意にアズを見上げて、ギョッとした。彼も凄い顔してた。王子を射殺さんばかりの鋭すぎる視線。警戒心剥き出しの狼みたいになってる。
正直王子に負けずこっちも怖い。
近付きたくねー……。
引きぎみに半歩後ろへ下がろうとしたが、アズに腕を捕まれて下がれなかった。
「私には好きな人がいるのでベルティーア様に手を出したりしません」
好きな人いるの!?と叫びそうになったところをすんでで飲み込み、勢いよくアズを見上げるにとどめた。
「だろうね。まぁ、念には念をだ」
「俺は、自分の命に代えてもそいつを守ります。たとえ王子でも……」
アズはひとつ息を吐いたあと、ギッと王子を睨んだ。
「たとえ王子でもあいつに手を出したら赦しません」
ついに、脳みそまで筋肉になってしまったのだろうか。王子が怒ったらどうする。ヤンデレでも一国の王子だ。身分差のない学園といえ、やはり暗黙のルールというものが存在するだろう。
そんなにその子が好きなのか……。
「肝に命じておくよ」
話はそれだけだから、と怒った様子もなく面白そうに笑った王子は扉に向かった。
なんとか、乗り越えられたっぽい。良かった。
「それから、アリア嬢」
思い出したように話しかけてきた王子に心臓が縮む。
「は、はい!」
「今日はもう部屋に帰ったほうがいい」
こちらを見据えてにっこり微笑む王子が怖い。もうこの人恐怖対象だよ。
「狼に食べられちゃうかもしれないからね」
「……はあ?」
狼?アズのこと?まぁ、年齢を考えればそうか。思春期の男の理性は脆いからな。
王子が出ていき、パタンと扉が閉まった瞬間、体の力が抜けた。
「あああ、怖かったー!」
「そうか?」
ソファーに座り込む私とは対照的にアズは腰に手を当てて立っている。
「あの王子はもう俺を殺したりしないさ」
「なんで分かるの?」
「男にしか分からないこともあるの」
うーん、そういうものか?いや、それよりも……
「好きな人とか知らなかったんだけど!」
「言ってないし」
「私達の仲でしょ!教えてよー」
ぶーぶー文句を言う私にアズはあの日のように、指を口に当てて内緒、とにっこり笑った。
☆☆☆☆☆☆
俺の趣味、というか、楽しみみたいなものが子供の頃あった。領地にある森の湖で、綺麗な女の子を見ること。変態だと言われたら返す言葉もないが、初めて彼女を見たとき目を奪われた。
こんなに美しい子がいるのかと。
時々屋敷を抜け出しては、湖へ行って彼女を見ていた。まるで、絵本の天使みたい。
木漏れ日を受けてキラキラ輝く桃色の髪が俺は好きだった。
そんなことを続けていたある日、彼女に見つかってなんと友達になることが出来たのだ。
少女の名はアリア。
顔に似合わない荒い言葉遣いに男みたいな仕草。どれも女の子にはかけ離れているのにやっぱり綺麗な人だと思った。
そんな彼女が一度だけ、悲しそうな顔をしたことがある。友達が出来ない理由。それがこの髪色だと、告げた時だ。
これは母親から受け継いだ色なのに受け入れて貰えない。ちょっと気持ち悪いかもね、と寂しそうに笑った彼女が忘れられない。
その時思ったのだ。
守ろう。彼女を守ろう。
思えば俺はずっと彼女に惹かれていた。強くあろうとする姿。弱みを見せたくない頑固さ。俺を頼ってくれてもいいのに、ともどかしく感じたこともある。けれどやっぱり芯の強いところが魅力的に感じた。
君は人を頼るのが下手だね、と言ったことがある。彼女は少しムッとしたように眉を潜めたあと、だって、と呟いた。
━━━だって私は人を頼るほど弱くないわ
人を頼れないのは弱味でもあることに彼女は気付いてない。人は一人では生きていけないと知っているはずなのに、どこまで頑固なんだ。頑固で真っ直ぐな彼女は中々手厳しい。
誰も頼ろうとしない彼女を守るために、今日も剣を振る。
君が弱くないって言うなら俺が君よりも強くなろう。君よりも強くなって、君の唯一頼れる人になろう。
君が孤独じゃないように。
君が笑って過ごせるように。
君を守れる男になるから。
もう少し待っていて欲しい。
いつか好きだと言えるまで。