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黒き林檎の物語り  作者: 三傘
第一章『小さな鼓動』
7/12

編集中


 浴槽から出た二人の身体は、まるで調理された海老のように真っ赤に茹で上がっていた。


「あははは! アルト君、美味しそうに茹で上がってるよ」


 リーベルは赤くなったアルトを指さして笑った。そういうリーベルもアルトに負けず劣らず、メインディッシュに乗せても良いぐらいに美味しそうに茹で上がっていた。


「誰のせいでこうなったんだよ! もうっ」

 アルトは不貞腐れながら自分の服をむんずと掴んだ。


「アルト君、体拭かないと風邪ひいちゃうよ」

 リーベルは大きめのタオルを手にとってアルトに駆け寄り、屈み込んで小さな体に伝う雫を丁寧に拭き取った。


「変な事しないでね」

「しない、しない」


 リーベルは苦笑いを浮かべながらアルトの体を拭いた。下は自分で拭くと言うので、大きなタオルを広げて二人で使った。

 リーベルは自分の胸に伝う雫を拭い、アルトはやや内股で体を拭いた。


 体を拭き終わったリーベルは、真っ白な一枚布の服を掴み頭を押し挿れた。腕を通して、腰で止まって捲れた服を直すと、するりと落ちて膝を覆った。

 赤い紐で結ってあった髪を解き、そのまま腰に巻いてお腹の辺りで結び目を作る。リーベルが支度を終えてアルトを見ると、すでに着替えは終わっているようで目が合った。


「リーベル……下は?」

「置いて来たー!」


 リーベルは無邪気に答えた。自分とは違って羞耻心の無さに、アルトは深い溜息をつきながら外へと出た。

 浴槽のある小屋とホテルは併設されているものの中では繋がっていない。そのため、一度外に出る必要があった。外に出た途端に冷たい風に煽られ、あまりの寒さにリーベルの顔は凍りつき「寒いー!」と叫びながらアルトに抱き付いた。アルトは面倒くさそうに悪態をついた。


──二人は部屋へと戻って街に出かける準備に入った。

 外は夕暮れ時で、リーベルが言うには今から夕飯を食べに行くらしい。

 リーベルが街へと服を買いに行った時、とても美味しそうな料理を出すお店を見つけたと、部屋に戻るなりアルトに嬉しそうに告げたのだ。


「ねぇ、リーベル。僕、そんなにお腹空いてないから寝ててもいい? リーベル一人で食べに行きなよ」


「駄目!」

 リーベルは下着を履きながらアルトに振り向き、その申し出を却下した。片足立ちで下着を履く少女に断られ、アルトは目を細めた。


 リーベルはいそいそと服を重ねていった。長めの皮靴を履き、フード着きのポンチョコートを羽織って、肩がけのポーチを肩に通す。お洒落な街娘が出来上がった。

 リーベルがアルトの様子を見ると、ポンチョを羽織っている所だった。紐で止めるタイプだったので、リーベルが綺麗に結んだ。結び目のワンポイントが、とても可愛らしい──リーベルが言うには貴族から卸された衣服らしく、上品な造りだったが、アルトの顔立ちと合わさってボーイッシュな女の子にも見えた──


「アルト君、似合ってる! 可愛いよ!」

「可愛いとか言わないでよ」アルトは不平を漏らす。

「じゃあ、これならどう?」

 リーベルはナイフを取り出して、アルトの腰に紐で結び始めた。


「リーベル、それは?」

「ただの売れ残りのナイフ。刃は錆びて使い物にならないけど、威嚇には使えるかもしれないじゃない? 取り敢えずぶら下げて置くだけでも様になるし」


「……わぁ」アルトは声を漏らすように喜んだ。

 なんだか自分が強く慣れたような、憧れに似た感情が込み上げてきた。

 リーベルもアルトが珍しく見せてくれた表情に顔が緩む。


「あと、マフラーも巻いてね」

 リーベルは毛糸で編まれたマフラーをアルトの首に巻きつけ、そのまま手を引いて部屋を後にした。


──港の景色を背中に、静かな路地を重なった二つの影が歩いていた。


 海鳥の鳴き声を遠くに聞きながら、アルトとリーベルは手を繋いでいた──といっても、リーベルが強引に繋いでいるだけで、アルトは必至に抵抗しているのだが──


「こうしていると仲の良い姉妹みたいだね」

 リーベルは嬉しそうに顔を綻ばせた。それとは対照的なアルト。


「僕は男ですけど」

 アルトはムッとした顔でリーベルに訂正を求めた。


「アルト君、女の子みたいな顔してるんだもん。髪も男の子にしては少し長いし」

 アルトは目に掛かる前髪を煩わしそうに引っ張った。

「以前は短かったんだよ。髪を切る自由なんて無かったし……」

「ひらひらの服、着てみる? 絶対似合うと思うな!」


 リーベルはアルトの足下から頭へと、まるで品定めをするように眺めた。

 リーベルの想像力で、アルトの姿が次々とおめかしされた可愛い女の子に移り変わっているのであろう、度々「ふふ」「うへへ」と怪しい声が漏れている。


「もーー!! リーベル!!」


 アルトはリーベルが良からぬ事を考えているとわかって、妄想を掻き消すように掴みかかった。


──街の中央区に着く頃には、夕暮れの空に青みがかかり、所々に街灯りが点けられていた。寒さも増して風の冷たさに拍車が掛かる。

 繁華街に出ると人通りが増え、急に騒がしくなった。


『いらっしゃい! 今日港に入った品ばかりだよ!』

『あら、可愛い子ね。安くしてあげるからどうだい?』


 店先から次々と声をかけられ、二人は笑顔で返して歩き続けた。


 様々な店が並んでおり、ここなら食材も衣類も、旅に必要な物も難なく揃いそうだった。


「すごい、人の数だね」

 田舎暮らしで都会に慣れていないアルトは人の多さに畏縮し、思わずリーベルの手を強く握った。リーベルが「ふふ」と微笑んだ。


「さっきね、美味しそうなサーモン焼きのお店見つけたの! まずはそこでご飯を食べようっ」


「僕、食欲無いってば……」


「アルト君のその胸の傷はまだ治りきってないんだよ? 良く食べて、良く寝て、私とたくさん気持イイ事して早く治そうよ」


「ちょっと待ってリーベル。最後に言ったのは要らないよね!?」


 アルトはリーベルがさりげなく言った『気持イイ事』に恐怖を感じた。どんな内容なのかまではアルトの想像力では思い描く事は出来なかったが、それでも『私と』という言葉には他人と接触する不愉快な意味がある事だけはすぐに分かった。


「気持イイ事?」

「いらないよねそれっ!?」

「なんで?」

「こっちのセリフだよ!」

「あ、そっか。まだ説明してなかったね、ごめんね」


 アルトは怪訝な顔でリーベルの言葉を待った。


「アルト君の体は今、人間としての生命維持能力が半減しているの」

 アルトは聞き慣れない単語に戸惑ったがとりあえず「う、うん」と答えた。


「こうなると、治癒能力にも影響が出て来る。死に近い状態のアルト君はこのままだと体が腐って生きながら朽ちてしまう事になる」

「ええ!?」


「残念だけど、紋章の力では及ばない範囲でどうする事も出来ないの」

「え〜っと?」


 すでにアルトの脳内は疑問符で飽和状態だった。


「アルト君に寄生している子も、本来は心臓を動かす為にあるわけじゃないの。心臓を動かすのに丁度いい能力があったからに過ぎなくて……」


「うぅん……」

 停止したアルトの思考回路では唸る事しか出来なかった。


「そこで、特殊な血液を持つ私の出番。私の血液には細胞を活性化させる力がある。そのおかげで、体温と体液にも少しだけど治癒能力が備わっているわけ」


「ごめん、リーベル。良く分からなくて胸が痛いんだけど」


 アルトは混乱していた。分かるような、サッパリ分からないような、聞いたことの無い言葉が出て来るとまるで駄目だった。

 そんなアルトを見て、リーベルは「すぅ」と大きく息を吸った。


「要するにっ! 私と毎晩一緒に寝てっ! 肌と肌をくっつけないとっ! 体が駄目になるよって事ー!!」


 リーベルが大きな声を上げた為、周囲の人達が二人を見た。ヒソヒソとこちらを見ながら話しをしている人もいた。恐らくリーベルが大声で言った内容を怪しんでいるようだ。

 一斉に注目を浴びてしまった二人は逃げる様にその場から離れていった──


「もうっ、リーベルが変な事言うから!」

「変な事じゃないもんっ」


 リーベルが口を尖らせてそっぽを向いて拗ねて見せた。アルトは顔を真っ赤にさせている。余程恥ずかしかったようだった。


「はあ。もういいよ。だから拗ねないでよ、リーベル。その……言いたい事はわかったよ。……納得はしてないけど」


 リーベルはちらりとアルトを一瞥していつもの表情に戻った。実はそれほど気にしてないように見えた。


「ふふ、よろしい。これも君の為だと思ってくれると嬉しいな」

「ご主人様の仰せのままに……はぁ」


 アルトは自身の前途多難っぷりに悲観するように項垂れた。

 これから毎晩、裸待機のリーベルと寝ないといけない。人との距離を置きたい自分にとってこれ程の拷問があるだろうか。

 しかし──リーベルが言うように、体を治すのは優先すべき事だとは思う。せっかく生き返る機会を得たのに、また体が駄目になってしまっては意味が無い。自分には目的がある。それを果たすまではまだ死ねない──


 アルトは今、自分が置かれている状況を冷静に、客観的に考えていた。その幼い顔に宿る純粋さとは裏腹に、しっかりとこの先を見据えていた。今、自分が出来る事は、リーベルの言う事に従う事だ。


「よーしっ、これから毎晩えっちな事するぞーー!」

「ちょっとまってーーー!!?」


 アルトは全力で心の中で言ったことを全撤回した。

 両手を振り上げ、小さく飛び跳ねたリーベルは気合充分といった様子だった。

 それを見たアルトは、リーベルがとても恐ろしい存在に見えた。不安が募り、ふと込み上げるものを感じて胸を押さえた。


「リーベル、やっぱり僕食欲が……」

「だーめ。さっき言った通り、良く食べて、良く寝て、私と一緒に治療して行かないとっ」


 そう言ってリーベルは繁華街の奥へとアルトの手を引いて歩いていった。どの店も列をなしていて賑わいを見せていた。

 二人が通りを歩いていると、向かい側で木にもたれ掛かっている若い男が目についた。見るからに柄の悪い男だったが、額に汗を浮かべて明らかに様子がおかしかった。二人が見ていると男の顔がみるみると青くなり──


『お”お”お”お”お”お”お”お”ぇぇっ!!!』


 吐いた。

 その様を見ていたアルトは「うっ」と口を両手で押さえ、貰いそうになった物を胃に送り返した。リーベルがアルトの背中を押してその濁流を眺めつつ歩き進めた。


『ぎ、ぎもちわるい……クソ、酷いもん見ちまった……う、オェッ!!』


 男は機嫌も悪そうでぶつぶつと呟いていた。二人はその男と目を合わせないよう注意しつつ、歩いていった。


「……ねぇ、リーベル」

 しばらく歩いた後、アルトがリーベルを見上げて声をかけた。


「どうしたの? アルト君」

「さっきの具合悪そうなお兄さん……普通とは違った」

「そう? 私にはお酒の飲み過ぎた柄の悪いお兄さんってぐらいにしか見えなかったけど」

「両腕が……何ていうか普通じゃなかった」


「どういう事?」リーベルは屈んでアルトの声に耳を傾けた。アルトは小声で周りには聞こえないようにリーベルに答えた。

「まるで……影の様に黒くて、人間の腕には見えなかった」

「……そっか。視えたんだね」

「何が……起こったの? なんで僕だけ見えたの?」

「詳しい事はホテルに戻ってから話すわ。それに私、ベットの上で言ったじゃない……」


──ちょっと不思議な事が起きると思うけどね──って



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