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黒き林檎の物語り  作者: 三傘
第一章『小さな鼓動』
6/12

編集中


 石造りの小屋の隅に浴槽が置かれており、外から伸びているパイプがその浴槽に温かいお湯を流し込んでいた。川のせせらぎのような音を立てながら、浴槽を満たし続けている。


「はぁ……気持ちいい」


 アルトが浴槽に身体を深く沈めると、行き場の無い湯水が浴槽から溢れて小さな滝の音を響かせた。


 簡素な造りではあるが、浴槽なんて自分の田舎では見た事が無かった。その為、温かいお湯に体を浸すという入浴行為も初めてで、田舎の蒸気風呂とはまた違った趣きがある。さらには、湯に浮かんでいるオレンジがとても爽やかな香りを放ち、心と体が解きほぐされてこのまま溶けてしまうんじゃないかと、そんな錯覚さえ覚える程に心地良かった。


「はふぅ……」


 入浴という行為に耽って、気付けば身体の所々が浅紅色に染まり、髪は湯気で濡れそぼっていた。

 のぼせてきたのでそろそろ出ようと立ち上がると、外に人の気配を感じた。


「気のせい……かな? 次の順番にはまだ時間はあるはずだけど……」


 慣れてない入浴ですぐにのぼせた事もあって、自分の持ち時間はまだ半分も残っている。もしかしたら、次の人が時間を間違えたのかもしれない。

 それでも、脱衣所には鍵が付いているので『裸のまま誰かと鉢合わせ』なんて事にはならないはず。だが……。


「急ごう……」


 人間には本能的に危険を察知する能力がある。その本能がこの小屋から出た方が良いと警笛を鳴らしている。足早にドアノブを引いて脱衣所に出た。


「んぐっ!?」


 突然何かと衝突し、反動で体が仰け反った。石壁にでも頭を打ったのかと思ったが、そのような硬さはでは無く、寧ろ柔らかいものと衝突したようで痛みは無かった。


「はぁ〜い」


 気の抜けた声がして見上げると、全身の白い肌を露わにさせて、白銀色の長い髪を束ねたリーベルがそこにいた。嫌な予感が目の前で現実となってしまった。


「なんでリーベルがここにいるの!?」


 アルトは驚きの表情でリーベルを見た。反射的に手で体の下を隠す。


「入りたかったから!」アルトの質問にリーベルは快活に答えた。


「ちょっ!? リーベルは先に済ましたはずだよね!?」

「だって、誘っても一緒に入ってくれないから、油断した所を狙ってみたの」

「ええ〜!? か、鍵はどうやって開けたのっ!?」

「私が先に入った時に仕掛けをちょいと」リーベルは人差し指で空を掻いてみせた。


 アルトは膝から崩れ落て瓦解、地面に両手を付いてがくりと項垂れた。


「さ、入りましょう。色々話したい事あるし」


 リーベルは崩れたアルトの腕を掴み浴槽まで引っ張った。アルトも抵抗するだけ無駄だと悟ったのか、大人しくリーベルに引きずられていった──


「……ねぇ、リーベル」

「なぁに?」


 浴槽に張った湯に体を委ねたリーベルと、そのリーベルに背中を預けたアルトが機嫌悪そうに口を開いた。

 リーベルはそんなアルトの背中を自分の胸に押し付け抱き締めた。アルトの顔が一層険しくなる。


「僕の胸にあるこの模様って何?」

 アルトは自分の胸の傷に刻まれた不思議な模様を指でなぞった。痛みは無かった。


「それは罪の紋章よ」

 リーベルの言葉に、アルトの体がビクリとした。


「それを刻印された者は、罪を償うまで自由を許されることは無い……」

 リーベルのその言葉に、アルトは黙ったまま俯いた。


「なんてね。そんな重く捉えなくていいわよ? 昔しの人が作った刑律というだけで、アルト君は基本的に自由よ」


「僕の……罪……」


 思い詰めた顔をしているアルトを、リーベルは横からちらりと覗き込んだ。


「アルト君の罪はその紋章が知るのみで、私にはわからないけどね」


 アルトは再び沈黙した。目の前にはオレンジが浮かんでいる。


「どんな罪であれ、償う内容は私が決めるわ。君の場合は私と一緒に旅をする事、それだけ覚えていたらいいわ」


「……うん」


 アルトは何か考え込んでいる様子だった。

 それを見たリーベルはアルトの首筋に唇を当て、そして、その柔らかな肉にそっと優しく歯を立てた。

「ぁ」と小さな吐息がアルトの口から漏れる。


 リーベルの唇の感触と甘噛みされている感覚がアルトの首筋を侵食していく。

 恥ずかしさと、気持ちよさとが入り交じり、その小さな体に今まで感じたことが無い刺激が襲う。


「んんっ」


 アルトの全身の感覚は敏感になっていた。

 そんな無防備な状態のアルトに、リーベルは尚も小さな体を攻め、悶える獲物を逃すまいと腕にもぐっと力を込める。

 アルトは他人の接触と感触に不快と快感を覚え、堪らず藻掻いて逃げようと試みる。

 しかし、リーベルはその腕と脚を使って執拗にアルトと密着を保ち、それでも歯は優しくその幼い肌に突き立て続ける。


「ん……はぁ」


 さらには、リーベルの熱い吐息が甘噛みされた首筋に漏れ、真っ赤にさせた唇からは涎が滴り、それが感度の増した肌に伝わって、アルトのその小さな体はまるで雷に打たれたように仰け反った。


「んあぁっ!」


 狭い室内にアルトのあえぐ声が響く。

 のぼせ気味のアルトの顔はさらに赤くなり、その幼い顔と小さな体の反応を堪能したリーベルは満足気に目を細めて微笑んだ。


 ふと、リーベルは湯の中を見つめ、手を伸ばした。自分以外の体に興味が湧いて、アルトをその手で確かめてみたくなったのだ。


「リーベル! もうやめてよ!」


 アルトが声を荒げると、リーベルは手を止めた。


「えへへ。ごめん、ごめん。アルト君がつい可愛くて」


 リーベルは悪びれる様子も見せず、アルトへの束縛を解いた。

 アルトは自由になった途端に大きく息を吸って気持ちを落ち着かせ、背中にリーベルの胸が当たらない距離を保って再び体を湯に沈めた。


「リーベル……」

「なぁに?」


「この旅が終わったら──僕は死ぬの?」


 アルトのその言葉に、リーベルはハッとした。目の前のその小さな背中は、自分の命が尽きる事を悟っていたのだ。


「アルト君……気付いたのね」

「なんとなく、だけどね。死を止めただけって言ってたから、それって治らないという事だよね?」


 その言葉に、リーベルは顔を伏せて小さく溜息をつき、解いたばかりのアルトの体をぎゅっと抱き寄せた。

 出来る事ならば、本当の意味で助けてあげたかった。そんなリーベルの想いが、アルトの体に強く触れる。


 アルトの背中に挟まれたリーベルの胸がきつく押し潰される。強く、強く。出来るだけ心の距離を縮められるよう力一杯抱きしめた。


「痛いよ……リーベル」

 アルトは静かに、弱々しい声で言った。

 リーベルはアルトの細い首筋に顔を埋め、そっと呟いた。


「……ごめんね」


 リーベルのその言葉に、アルトは何も言わずに俯いた。

 謝ってほしかったわけじゃない。謝る理由だって無いのに。

 それなのに、せめて慰めの言葉でもあればと、アルトは期待してしまった。そして、そんな自分がとても嫌になった──


 罪を償った時、紋章の束縛が解かれ、アルトは贖罪の義務から解放される。そして、今まで通りの生活に戻る自由が与えられる。

 しかし、それはあくまでも存在する選択肢を選ぶ事が出来るという自由である。本来待ち受けている運命を享受出来るという、自由である。

 それは即ち、死の直前からアルトの時間が動き出す事を意味する。


 それが、この旅の先に待っているアルトの最期の自由だった──



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