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黒き林檎の物語り  作者: 三傘
第一章『小さな鼓動』
4/12

編集中


 髪止めの赤いリングを膝の裏でゆらゆらと揺らし、長い黒髪をぶら下げた女は、黒紫の瞳で眼鏡越しに天空を見上げていた。

 夜であれば、澄んだ寒空に星が無数に煌めき、美しく幻想的な景色が広がっていただろう。


 ミコは眼鏡をはずして目尻に溜まった涙の滴を拭い、重そうな瞼で雲一つない青空を睨んだ。

この街に着いたのが先日の夕刻。ホテルの一室を借りて仮眠を取り、その後に頃合を見て星の観測をする予定だったはずが──


「うあぁ。朝だぁ……」


 夜には起きて目的地に向かう予定がすっかりと寝入ってしまい、完全に夜が明けていた。ミコは瞼をこすり、再び眼鏡をかけた。


「長旅だったからなぁ。仕方ないかなぁ」

「お嬢。長旅とか関係無しにいつも寝坊してると思うのですが俺の気のせいっスかね」


 黒髪の少女の言葉に、嫌味を効かせて男が言い返した。

 その男は、眠そうなミコの後ろを不満げに歩いている。

 派手な模様の入った黒いシャツに、白いネクタイ、ボトムスの裾を足首が見える程に上げて折り畳み、そして短髪赤毛に目つきの悪さが揃い、白を基調とした清楚な服装のミコとは対照的に柄の悪い青年だった。


「リックは何が言いたいのかなぁ。私にはわかんない……なっ、ふぁぁぁぁ」


 ミコは口に手を当てて大きな欠伸をした。目尻にはまた涙を溜めている。そんなミコの姿を見ながら、リックは「はぁ」と溜め息をこぼして足を止め、ネクタイを緩めた。


「では、お嬢が分かるように説明させてもらいますけど『夜に起こしてね』と俺に言っておきながら部屋の鍵閉めるのは何故なのかと問いかけても答えは『忘れていた』というのはお決まりの事で今更どうもしませんしおかげさまで鍵開ける術は身に着いたのでいいんスけど……」


 ミコは手を後ろに組みながら「うん」と言ってリックを眺めた。リックは大きく息を吸って吐いた。


「ふぅ……しかし! 今回は防犯トラップまで仕掛けるとは一体どういう神経しているのかと! マジで理解に苦しむ自分ですがこれまたきっと『安全、大事かなって』とでも言うつもりでしょうからその点もまぁこの際いいんスけど危うくトラップに殺されそうになったから本当はよくないんスけど時間がもったいないので次行きますけど、肝心の起こす対象者ががっつり耳栓してる姿見つけて改めてお嬢の気品あるお人柄といいますか気品ある無神経さといいますか気品ある馬鹿といいますか……」


「あ、今アホって言ったー!」

「馬鹿って言ったんスよ!!」

「え? ひどーい」ミコは抑揚のない声で答えた。

 リックは額に手を当ててもう一度大きく息を吸った。


「……はぁぁぁ。起きる気最初から無いですよね、お嬢」

「あーそれね、うん。星の観測はしないといけないけど、でも寝る事も大事って感じ、かな?」

「……。お嬢の乙女的な言い分、良くわかりました。つまりは勤勉な振りだけして体面を見せておいて実の所睡眠が本命でした、って所っスね」

「うん!」

「うん!じゃねぇよ!すっごい笑顔でうん!じゃねえよっ!!」

「起きたらそこは涎の銀河だったの! おとめ座ストリームって感じですごかった!」

「笑顔で何言ってんだよお嬢!!」


 ミコが恍惚な表情で意味不明な事を言っている。こんな上司の相手は厄介だな、とリックは溜息混じりに思った。

 しかし、その幸せそうな顔を見るに、お嬢は寝るのが余程好きなのだろう、そう仕方なしにリックは平常心を取り戻そうと努めた。


「わたしが寝ている間、リックも寝ていたの?」

「俺はお嬢の状況確認の後、憂さ晴らしにホテル周辺を散歩してました。まぁ、特に異変は無かったのですぐ部屋戻って寝ましたけど」

「……そうですか、お疲れ様です」

「ええ、お疲れ様でしたよ」リックは頭を掻きながら溜め息をついた。


「しっかし、夜が明けたらこの有様。何が起きたって言うんスかね」

 リックは港の方を眺めた。船の残骸を前に、大勢の人間が右往左往しているのが見える。


「お嬢、これも消えた星の影響ですかい?」

「さぁ、どうかな? 嫌な空気は感じるけど、それが原因だとまでは私もわからないわ」


『フルベリー様ぁぁぁん』


 突如、気の抜けた声を出しながら街の方から女が走ってきた。リックには聞き覚えがあるのか、その声を聴いた途端に大きな溜息を洩らして露骨に嫌な顔をした。


「遅ぇぞソニア、何やってたんだよ」

「いやぁ、昨日寝るの遅かったから寝坊しちゃって……」

「そんなの言い訳にならねーよっ」

 リックはソニアという女に辛辣な態度を取り、そして態とらしくミコにも聞こえるように大きめの声で言った。


「遅いですよ、ソニアさん」

 リックの意図に気付く様子もなく、ミコはソニアを優しく叱った。

「も、申し訳ございませんっ、フルベリー様! 寝坊しちゃいました!!」


 ソニアは勢いよく頭を下げた。ウェーブがかった金髪を収めていた制帽が落ちそうになり、慌てて両手で押さえ、そのまま視線を足元に落とした。カーネリアンのように輝く瞳は涙目になっている。


「ソニアさん、そんなだらしない体たらくでどうするのです。私達は大事な任務を任されている身ですよ?」

「は、はひぃぃ………」

 ミコがソニアに追い打ちをかけると、ソニアはみるみると小さくなっていった。


「お嬢……あんたって人は……」

 リックは頭を掻きながら呆れた表情でミコを見た。

「お嬢がもうちっとしっかりしてくれりゃ、部下も手本になると思いますけどねぇ」

 と、リックが嫌味をミコに言い放つ。


「リック、何が言いたいのか私にはわからないわぁ」

 しかしリックの挑発には乗らず、ミコは素知らぬ顔で流した。


「リック! フルベリー様に失礼ですよ、言動を弁えなさい!!」

 ソニアはリックのミコに対する無礼な態度に怒り始めた。


 リックなりにソニアのフォローをしたつもりが、どういうわけかソニアの横槍がリックに向けられた。


「んぁあ!? なんでそうなるんだよ、ソニア!!」

「それとリック! ちゃんとお仕事の制服着ないと駄目じゃない!」

「ああん!? バッジだけ付けてりゃ問題ねぇだろうがよ!」


 威勢良く言い返したリックは、ネクタイに付けた自分の瞳と同じ金色に輝くバッジを、これでもかと態とらしくソニアの鼻先に突き付けた。


「そういう問題じゃないでしょ!身なりを整えて職務に就いてと言ってるのよ!」


 せっかくのリックのフォローも、敬愛するミコ・フルベリーの面目を必死で守る、ある種盲目とも言えるソニアには逆効果だった。


「そう言うおめぇこそ制服乱れてんぞっ。胸デカすぎてボタン飛んでるじゃねぇか!」

 リックの言葉に、すぐさま反応したソニアは自分の胸元を確認した。第一ボタンはしっかりと留めていたが、第二ボタンからすべてはずれていた。


「きゃぁっ!?リックの変態!!」ソニアは両腕で自分の胸を隠してリックを睨んだ。

「その姿で走り回っているおめぇの方が変態だろうが!!」

「うるさいっ、死ね! あほ!! 死ね!!!」


 ソニアとリックは街中に響く程に声を上げて言い合い、ミコはやれやれといった表情で二人が落ち着くのを待った。

「……ほんと、仲の良い二人ですねぇ。見てて飽きません」


 ミコが遠目に二人のやり取りを眺めていると、一人の男が声をかけてきた。


「失礼します、私はこの街の治安部隊副団長をしておりますゲールと申します。本日早朝、港で事件があり、この近辺での目撃情報を探しております。些細な事でも結構です、何か心あたりございませんでしょうか?」


 ゲールと名乗った男は、物腰の低い話し方ではあるが、体格は服装の上からでもわかる程に厚みがあり、副団長と自ら言うだけあって鍛えているのが見てわかった。


「生憎と私達は今ホテルから出てきて、港の騒がしさに気付いた所です。港で何の事件があったのですか?」

ミコが事件の内容を聞いた途端、ゲールは落胆の色を見せた。


「とても信じられない事なのですが、一時搬送に使う小屋に停泊中の船が乗り上げたようで、船は大破し船員らしき者は皆亡くなりました……」


「そいつあまた、穏やかじゃないねぇ」

 リックはミコの隣りで腕を組んで二人の話しに参加した。


「そうですよー、ここサタ厶ヴォスタは治安の良い街だと聞いてましたよ?」

 今度はソニアがミコとリックの間を割って入って来た。リックは舌打ちをしてソニアを睨んだ。


「ソニア、そのボタンはどっから持ってきたんだ?」

 制服のボタンが新しく付けられている事に気づいたリックはソニアに聞いた。するとソニアはニヤリとしながら制服のスカートのポケットに手を入れた。


「へへ~。こんな事もあろうかと、予備のボタンを用意してありますっ!」

 ソニアの手のひら一杯に、ボタンがじゃらじゃらと積み上げられていた。


「どんだけ飛ばしてんだよ!」

 リックは思わず声を大にして叫んだ。


「仕方無いじゃない! 一番大きいサイズの制服はこれ以上無いって教官に言われて……」

「コホンっ」ミコが他愛も無い二人の会話に割って入るように咳払いをした。


 気付いたリックとソニアが押し黙り、ミコはゲールに向き直った。二人はミコに見えない所で睨み合った。


「……私も、五年前からこの街に居ますがこんな事は初めてです。街の治安部隊で対処にあたっておりますが、それでも人手は足りていません」

「この街の近衛兵にも呼びかけてみたらどうですか?」


 ミコはこの街に入る時、門に数人の近衛兵がいるのを思い出していた。兵営の施設もあるぐらい、それなりの人数がいるはずだと考えていた。


「もちろん、私と団長とで掛け合ってみたのですが、公爵不在で取り合ってもらえませんでした……」

「チッ。これだから貴族どもは嫌いなんだ」

「リック、その態度! ゲールさん、私達がお手伝いしますよ」

 ソニアはリックを窘めつつ、ゲールに申し出た。


「いえ、さすがに一般の方、それも外の人間でもある方にはお願いするわけにもいきません。遺体はすべて安置所に運びはしましたが、現場は今だ凄惨な状況です」

「心配には及びませんよ?」

 ミコは笑顔で答え、ソニアをちらりと見た。


「ゲールさん、私達はこういう者です!」

 ソニアは自分の制帽に付けてある金色のバッジを指差した。ゲールはソニアが示したバッジを前屈みに覗き込んだ。


「それは、天秤の紋章……なるほど、調律機関の方でしたか」

「はいっ! 申し遅れましたが、私は調律機関フェム部隊隊員のソニア・ミルクロンドと申します。そして隣りにおられる『美しくも可愛い、オーラ半端ない』方が隊長のミコ・フルベリー様です! あと、そこの芋臭い男は下っ端のリック・なんとかです」


「芋臭いなんとかってなんだゴラぁっ!!」リックは額に青筋を立て怒号を上げた。


「リック・ニャンとかでしたね」

「てめぇっ! わざとやってんだろうが牛ゴリラ!!」

「う、う、うう牛ゴリラってなによーっ!?」


「二人とも、いい加減に……」


 ミコは二人を静かに窘める。

「ごめんなさい! フルベリー様!」ソニアは素直に謝ったが、リックは腕を組んで不満げな表情をソニアに向けていた。


「私達は禍を防ぐ為の部隊です。禍に居合わせたのなら、私達は天命を全うするだけです」

 ミコは胸に手を当てゲールにお辞儀をした。


「あなた達に会えた幸運に感謝致します。それでは、港まで案内させて頂きます」


──ミコ達はゲールの案内のもと、港へ歩き始めた。街の門には衛兵が居たが、治安部隊のゲールの姿をチラと見て、特に検問も無く通る事が出来た。


「街に入る時は流石に検問は厳しかったですよね」

 ソニアがミコと並びながら歩いている。

 その二人の後ろをリックが歩いていた。

 道中、ソニアはミコにべったりで、まるで母親と一緒に買い物にでも行くかのようにはしゃいでいた。


「三陸大戦が終わって七年が経ち、人々は平穏を取り戻しつつある中、こんな物騒な事件が起こってしまったのは本当に残念でなりません」

ゲールが歩きながら話し始めた。


「ええ、私もそう思います。もう二度と会ってはならない悲劇です」

ミコは静かに頷いた。その隣では、先程まではしゃいでいたソニアの表情が一変して険しくなり、押し黙ってしまった。

「……ちっ」リックはそんなソニアを見て舌打ちをした。


──程無く、ミコ達は海鳥が飛び回る港に到着した。到着するや、ソニアが独り走り始めた。


「海だーっ!」一面に広がる海の景色に、ソニアは両手を広げてくるくると回ってはしゃいだ。子供のように、無邪気にはしゃいでいた。


 しかし、その時だった。

 内側からの圧に耐えきれず、制服のボタンが嫌な音を立て爆散したのだ。

 凄まじい勢いで四方にボタンが飛んで行った。自分でも驚いたソニアは、慌てて散り散りのボタンを拾い集めていった。


「兵器か何かか、あいつは」リックは目を細め、ぼそりと呟いた。


 ミコは海に面して並んでいる木造の小屋へと歩いた。辺り一帯に散らばる木片が、船の一部なのか小屋の一部なのか判別し難い程に散らかっていた。


「これでも、だいぶと片付けた所なんですよ」


 ゲールがそう言って小屋の一つを指差した。

 示しす先には、まるで船首が小屋を枕にして寝ているかのように深く埋もれていた。


「たしかに、乗り上げてますね」


 ミコは眼鏡の真ん中を指で押し当てながら、じっくりと現場一帯を見渡した。

 リックも真似して目を凝らしてみた。しかし、睨みを効かせている悪者の顔にしか見えない。


「乗り上げた衝撃で真中からポッキリ、ってやつっスね」

「見た所そんな風に見えるのですが……この小屋のエリアは海水がかなり低く、この高さで乗り上げるのは不可能なんですよ」

「じゃあこの船はどうやって?」

「生憎と見当が付きません……」


ゲールも小屋を押し潰している船首を見上げ、額に手を当てた。険しい顔をしている。

 小屋の上では、他の隊員が複数人でロープを使って船首を引きずり下ろそうとしていた。


「お嬢、アレは何スかね?」

 リックは残骸に紛れて隅に置かれている大きな箱を見つけ指差した。


「棺桶かしら? しかも派手な装飾ね」

「はい、恐らくこの船内にあったのでしょう。残念ながら中には何も入っていませんでしたが……」

 そう言ってゲールは首を横に振った。手掛かりにならなかったのだろう。


「なんかお偉いさんの棺桶って感じですね」

 ソニアがミコの背後から顔だけ覗かせてそう言った。


「他に手掛かりになりそうなものはありますか?」

 ミコがゲールに話しかける。険しい顔がより増してゲールは考え込んだ。


「そうですねぇ……。手掛かりというか……気になる点なら。実は、この船には船員の他に奴隷が数人居たのですが、全員無事なのです」


「船員が全員死亡しているのに、奴隷達だけは生き残った。何か裏がある可能性がある、そうお考えですか?」


「はい……奴隷達を疑うのは酷な話しかも知れませんが、だからと言って看過するには事が大き過ぎるのです」


「まっ、そりゃそうだわな」リックが頭を掻いて呟いた。


「でもっ! その方達に何が出来たって言うんです? 疑うのは可哀想ですよ……」

対して、ソニアはリックとは温度差のある意見を返す。


 ミコは眼鏡を人差し指で押さえながら、ゲールに一歩踏み込んだ。

「ゲールさん、それだけですか? まだ何かあるのでは無いですか?」


「……わかりました。実は船の入港当時の事を衛兵に聞くことが出来たのですが、船の管理者から船員は七人、奴隷達は九人だと聞かされたそうです。その後、奴隷達が船の管理者と入れ替るように門まで貨物を運んで来ました。そして、港から街の門までの貨物搬送が終わって、衛兵が貨物と奴隷達のチェックをしました。船の管理者の報告通り九人居たそうです」


 リックはゲールの言った事を頭の中で思い描いた。

「船員は七人、奴隷が九人か……。管理者も船員の数に入ってるわけで?」


「はい、管理者含めて七人だそうです」

 ゲールがリックの質問に答えた。


「う〜んと。……整理すると、この時港には管理者含む船員全員が居て、奴隷達は港から離れた街に全員居た、と」

 ソニアが人差し指を顎に当てながら、状況を説明した。


「お嬢! まさかのソニアが状況を把握してますぜ!?」

 驚いたリックは真剣な顔でミコを見た。その顔は──寝坊はするわ、乳はデカいわのあのソニアが話に着いて来てますけど──と言いたげな含みを持ってミコに目で訴えた。


「どういう意味よ!?」リックの意味有りげな態度に、ソニアは怒って殴りかかった。

リックとソニアがいつものように喧嘩を始めたが、ゲールも慣れてきたのか苦笑いもせず話しを続けた。


「……その後に船の事件が発生し、気付いた衛兵が港へ確認をしようとした時です。その隙を狙って奴隷達は皆逃げたそうです」


「ま、俺でも奴隷だったらこの機を逃しゃしねえっスよ」

 リックは左頬を擦りながら相槌を打った。


「衛兵はすぐに八人までは捕まえたのですが、残りの一人は捕まえることが出来ず……未だ行方が知れません」


「う~ん。ここまで来ると、逆に疑わない方が難しい……ですね」

ソニアは肩を落とし、残念そうな素振りを見せた。


「なるほど。……しかし、まだ不明な点がいくつかあります。リック、遺体安置所へ行って下さい」


「えええぇっ!?まじっスかお嬢っ!?」

リックは物凄く嫌そうな顔をしてミコに抗議した。


「まじです。ソニアさんは衛兵に話しを伺ってきて下さい。出来れば、奴隷達の今後についても……」


「承知致しました!ソニア、喜んで行って参ります!」

これまた、二人のリアクションには随分と差があった。牛歩の様に歩くリックの襟を掴みながら、ソニアは街へと消えていった。


「ゲールさん、団長は今どちらに居られるのですか? 出来ればお話ししたいのですが」


「えっ?団長は……その……体調が悪いらしく、休まれているそうです……」

団長の話しになった途端に、ゲールの顔に動揺の色が伺えた。

 それを見逃さなかったミコは、ゲールに詰め寄った。


「こんな一大事に、頼りない団長さんでいらっしゃいますね。では、私からお伺い致しますので案内をして頂けますか?」


「あ、いえ、何と言うか……」

「どうされました?」

「あーっと、今はまだ、なんと言いますか……」


ゲールは何とも歯切れの悪い返事をした。何かを隠しているのは明らかだった。嘘は付けないタイプなのだろう、そうミコは察しながらも、さらに一歩前に出て詰め寄ろとした──その刹那だった。


突然ミコの眼前に鉄の塊が現れた。乱された空気に煽られ、鼻先で黒髪が舞う。あと一歩前に出ていたら間違い無く、ミコの頭部は鉄の塊によって割られていたことだろう。


『ガアアアアアアアアアアアッッ!!!!』


 間髪入れずに大きな咆哮が港に響いた。

 凄まじい衝撃波が辺り一帯に迸り、空気を伝いその場に居た者全ての体を麻痺させた。

 凄まじい威圧に、ミコは地に伏せる。

 辛うじて顔を上げることが出来たが、その視線の先に異常な闘気を纏う姿を見つけ青ざめた。


──鬼の獣


 その姿を見た途端、まるで体中の血が凍り付いたような感覚に襲われ、ミコは声を発することも動く事も出来ずに、ただ静かに固唾を呑んだ。



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