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黒き林檎の物語り  作者: 三傘
第一章『小さな鼓動』
12/12

編集中

ミコ編が数話続きます


 ミコはホテルの部屋の窓から外の景色を見ていた。

 朝日は街を照らし、行き交う人々は急ぐ事もなく、のんびりとした様子で歩いていた。


 窓から見える庭園では、周辺に住まう人達が集まっていた。

 此処、『レイカ・ホテル』がある南区には、港がある以外は殆ど住宅しかない。その為だろうか、この庭園は憩いの場と化しているようだ。

 まだ花を咲かすには寒い中、陽気に談笑している婦人達が見られる。その周りでは子供達が無邪気に走り回っていた。

 これがこの街の何時も通りの日常なのだろう。昨日の船の事件など、そんな日常には何一つ影響を与えることはないのだ。


 あれほど凄惨な事件であったにも関わらず、街を歩いても噂をする人は誰も居なかった。それ故ミコは現場以外に手掛かりを得る事が出来ずにいた。

 中央区にあるギルドに足を運び、ゲールに当時の現場の状況を今一度聞きに行ったが、進展するような情報は無かった。


 昨日はそれ以上の詮索は諦めホテルへと戻った。諦めたのは手掛かりが無かったという理由だけではない。目だ。何者かがミコの行動を監視していたのだ。

 その数十……いや、それ以上はあっただろう。まさかこんな大きな街で、獲物を狙う獣のような殺気を浴びる羽目になるとは想定外だった。


「……この街にも、禍の影が……」


 ミコは一人呟き、眼鏡を外してテーブルに置いた。伏し目がちなその瞳に、光が小さく揺れていた。

 椅子に座ろうとした時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 ミコが「はぁい」と声をかけると「フルベリー様、ソニアです」と返ってきた。


 ドアを開けると、制帽と制服を脱いで簡素な格好をしたソニアと、変わらずの風貌でネクタイだけ無造作に緩めたリックが立っていた。


 ソニアは職務中いつも制帽と制服着用の義務を忠実に守っているので、脱ぐと印象がガラリと変わる。

 胸にかかるぐらいのウェーブがかった金髪に、カーネリアンの宝石のように輝く橙色の瞳は高貴な貴族を思わせる程だ。

 そこにスタイルの良さが目立ち──特に豊満な胸はミコの嫉妬の的でもある──ソニアの容姿に釘付けになる男は少なくない。


 対してリックは、鋭い目付きに短く刈った赤髪と、まるで狐を思わせるような野性味のある顔に、誰彼構わず睨みを利かせる癖のおかげで──ただ視力が悪いだけなのだが──誰も彼に寄りつこうとはしない。

 この二人が並ぶとそのアンバランスさが際立つ。


「いらっしゃい二人共。あら、リックは顔色が悪いわね?」

「何でもないですぜ、お嬢。ちと上の客がバタバタうるさくて機嫌悪いだけでさ」

「リックは死体を見て未だに気分悪いらしいです、フルベリー様」

「ソニアてめぇっ、んなこたぁ言わなくていいんだよ!」

 薄ら笑いを浮かべているソニアに、リックは掴みかかる勢いで声を荒げた。


「おやぁ? リック、見かけによらないのね?」

 ミコが目を細めてリックを見る。

「チッ」と舌打ちをしてリックは目を逸らした。


 ミコは二人を部屋の中へと招き、テーブルの椅子に座らせ、自分はベッドの上に腰掛けた。

 リックはブツブツと文句を言いながら、椅子に背中を預け、テーブルの上に足を投げ出す。その振動でテーブルに置いてあったミコの眼鏡がカタンと音を立てた。


「リック! テーブルの上に足なんて乗せて行儀が悪いわよ!」

「んだよ、ソニア。てめぇだってデカ乳をテーブルに乗せてるじゃねぇかっ」

「なっ!?」


 リックの予想外の反撃に、ソニアは理由が分からず自分の体に視線を移した。

 視線の先には、くたぁ──と、テーブルの上でだらしなく緩みきっている自分の胸があった。ソニアの息遣いも相まって、得体の知れない丸い生き物がテーブルの上で静かに寝ている。

 ソニアはリックを睨んだ。粗相を犯すリックの足と自分の胸がまさか同じだと言いたいのか、と、今にも怒りが爆発しそうである。


 そこでミコが口を開き、「まぁまぁ。肉団子だと思えばいいじゃない」と、ワナワナと震えるソニアを宥めた。


「……ありがとうございます。フルベリー様」

 ミコの温情に免じてこの場はリックへの殺意を抑え、ソニアは大人しくした。テーブルの上で肉団子が寝ている。


「その言い方っ。肉団子とか言われてんぞ……」

 リックはソニアの胸を見て憐れむように言った。


 ソニアは、なるべくテーブルに胸が掛からないように背筋を伸ばした。許可も出て自分に非はないはずなのに、リックに言われた事に未だ気にしている様子だった。

 しかし、生憎とソニアのそれは大きすぎた。息遣いに合わせて肉団子が二つ、テーブルの上で歪んだり戻ったりを繰り返している。

 やべぇ、目の毒だ。リックはそう思い、咳払いをして静かに足を下ろした。


「昨日は色々あったねぇ。……ふわぁぁ」

 ミコは欠伸をして目を擦った。


「はい。まさか任務中にこんな事に巻き込まれるとは思ってもみませんでした」

「ソニア、そんな呑気な事を言ってるのはお前だけだぜ? 他の部隊は反乱軍と戦っているっていうのに」

 リックは頬杖をつき、呆れ顔でソニアを見た。


「非戦闘員の私達は調査だけが目的なんだから別にいいじゃないっ」

 ソニアは身を乗り出し、リックに息巻いて抗議した。その気迫に、心做しか肉団子も怒っているように見えたリックは、天井を見上げ「まぁ、そうかもな……」と冷静な素振りで木目を数える作業に入った。


「さてさてさて。では昨日の船の件について話しましょうか」

 ミコはそんな二人に構うことなく、本題へと話しを進めた。


「話しの前にちといいっスか? なんでお嬢の部屋なんスか。ロビーでもいいと思うんスけど」

 リックは再び頬杖をつき、気怠そうにミコに質問した。


「もうっ、リックは馬鹿なの? ねぇ馬鹿なの? 人に聞かれていい話しではないでしょっ?」

「ああん!? んだよ、ソニアには聞いてねぇよ!」

「リックは文句が多いのよ!」


 相変わらず、二人の仲良しっぷりは痴話喧嘩同等に他愛も無く微笑ましい。おかげでなかなか話しが進まず、ミコは溜息をついた。


「はいはい」と、ミコは面倒くさそうに二人を宥め、腰掛けていたベッドから立ち上がった。


「……私は貴族達が何か企んでいると見ているわ。だからおいそれと人前で話すのは避けようと思っただけ」

「流石です! フルベリー様可愛い!」


 目を輝かせて頭を縦にブンブンと振るソニアに、リックはボソリと「可愛いは関係ねぇだろうが」と呟いた。聞こえていたソニアは「なによ」と、リックを睨む。


「今日は貴族達の、延いては公爵家の調査が必要になるでしょうね」

 ミコは上唇を舐めてそう言った。黒紫の瞳が怪しく輝く。


「貴族なんてまともな奴はいねぇだろうさ。叩けばホコリがわんさか出てきそうじゃねぇか」

「フルベリー様、貴族達もそうですが、奴隷達の証言も気になります」

「ああ、ソニアにさっき聞いたが奴隷達も全員知らんぷりってのは解せねぇな」


 リックは隣りの部屋に居たソニアと合流し、ミコの部屋に行く際に互いの情報を話していた──と言っても、リックからソニアに伝えた事は「気持ち悪かった」とだけで、情報というより感想だったが……。


「それについては検討はついているわ」

 ミコは腕を組み、二人を見下ろした。


「流石フルベリー様!」

 ソニアは、まるで神を崇めるかのように恍惚とした表情で見上げた。その様子に、リックは眉をひそめた。


「たぶん、奴隷達は衛兵に口止めされていたんじゃないかな?」


「……ああ、そう言う事か」

 リックはミコが言わんとする事に気付いたようだ。


「え!? どういう事ですか!?」

「一人は逃げて今も行方不明……それなのに探そうともしないなんて、おかしい話しじゃない?」

「確かに、それは気になっていました。あの衛兵は何かを隠してると思います」

「探し回る気配が無い……つまり、探す必要が無いんじゃない?」

「なるほど、面倒臭いですもんね」

 ソニアが真顔で答える。


「おいおいっ、そうじゃねぇよソニアっ」

 リックがソニアに人差し指を突き立てる。

 ソニアは「ほえ?」と首を傾げた。


「つまりだ。行方不明のそいつはもうこの世にはいねぇって事だよ!」

 リックは語気を強めてソニアに言い放つ。

 途端にソニアの表情が固まった。


「え……? ええっ!? そ、それって……」

 ソニアは目を見開き、愕然とした様子で言葉を詰まらせた。


「そう。きっと殺されてしまったと私は思うの」

「ひ……酷い。なんてことをっ!」

 ソニアは拳をぎゅっと握り、込み上げる怒りで声を荒らげた。


 そんなソニアとは反対に、リックは頬杖をついたまま静かに冷めた口調で話し始めた。

「まぁ、逃げた奴隷を全員捕まえるより、一人捕まえてそれを餌に他の奴らの動きを止めた方が、確かに効率がいいわな」

 リックは淡々と、鼻を穿りつつ言った。


「ええ。他の奴隷達を黙らせる意味でその一人が犠牲になった可能性が高い」

「人の命を……なんだと……」

 余りにも残酷な話しの展開に、ソニアは虚脱し肩を落とした。


「お嬢。それにしても、船員はなんで殺されなきゃいけなかったんスかね?」

 リックは穿った末の産物を、意気消沈といった様子のソニアめがけて指で弾いた。

 すると、寝息を立てている肉団子に当たり、跳ね返ってテーブル下に消えていった……。

 幸い、ソニアは気付いていない。


「確証は無いけど、棺桶が関係しているのかもしれないね」

「え? でも、ゲールさんは何も入って無かったって……」

 ソニアは虚ろな目でミコを見上げて言った。


「いや、そうとも限らねぇだろうよ」

「……でも、もし何か入っていたとしても、それがなんだったのかなんてわからないと思うけど?」


 眉をひそめて考え込むソニアの顔を、ミコはテーブルに上半身を預けて頬杖をつき、覗き込んだ。


「入っていたとすれば、棺桶なんだし人が入ってたんじゃない?」そう言ってミコは小首を傾げ「それも大物が」と怪しく微笑みながら言葉を繋いだ。


「……え? まさかっ!?」

 ソニアが上体を上げて驚いた。ソニアが動く度にテーブルの上では肉団子が自由奔放に形を変えていく。

 リックは極力見ないように、やや上の、ソニアの眉毛辺りに視線を定めた。


「勿論、棺桶に人が潜んでいたと想定した場合、次にその人物は何処へ行ったのかが問題になるわけだけど……」

「そうですよ! 何処へ行ったと言うんですか?」

「そりゃあ、街中に逃げるだろうよ。検問無しでこの街を出るのは簡単には行かねえ」


「そうだとわかってるなら、衛兵が街中を探せばいいじゃないっ」

 ソニアがリックに食って掛かる。


「普段から巡回すらしてなさそうな体たらくの衛兵どもが、珍しくウロウロしようものなら街の人が不審に思うだろ? そこから噂でも立って騒々しくなれば、逃げている奴にわざわざ教えてやっている様なもんだ。こんだけ広い街じゃ、さらに見つけるのが難しくなる」


「だからってそんな重要な人物を放っておくわけにはいかないし……。あ! すでに衛兵に捕まっている可能性が……」


「いいや。それはねぇな」

 リックはソニアの予想をキッパリと否定した。

 途端にソニアの顔が膨れて、「何でそんな事言い切れるのよっ!」と詰め寄る。

「いちいち突っかかるんじゃねぇよ……ったく」

 リックは面倒臭そうにして頭を掻いた。


 ミコはテーブルから離れ、腕を後ろ手に組んで部屋の中を歩き始めた。ミコの長い黒髪が、赤い髪留めと共に揺れ動く。


「ソニアさん、昨日食事をしに繁華街へ行った時、気付かなかった? 衛兵とも治安部隊とも違う人達に……」


「え……? す、すみません。パイ包み美味しかったなぁ……ぐらいしか……」ソニアが俯き、チラリと上目で申し訳無さそうにミコを覗き見た。


「くくっ」とリックは嬉しそうに笑った。

 ソニアがそんな優越に浸るリックに「ウギギ……」と、錆びついた機械のような怪音を鳴らして睨んだ。とても悔しそうだ。

 ミコはソニアに向き、真剣な顔付きで答えた。


「それは、傭兵よ」

「傭兵っ!?」

 ソニアは思わず大きな声を上げた。


「この街は、中立の立場を守り続けているだけでなく治安も良い。それは貴族の権威の元に兵が居るだけでなく、民による治安部隊が居るからに他ならない。そんな強固に守られた街に、何故傭兵がいるのか?」


「お嬢の言う通り、傭兵があちこちに潜んでいたぜ。それが、例の人物がまだ捕まっていないとする根拠だ」


「私……気付きませんでした。そうなると……とんでもない事実に繋がりませんか?」

「お、やっとソニアも気付いたか」

「ソニアさんの言うとおり、この事実はある事実と繋がっている。隣り街でさえ馬車を走らせて半日とかかるのに、船の事件が発生してからの傭兵の準備が早すぎる事……」


「……まるで、船の入港に合わせたかのようですね」

 ソニアはミコの言葉尻に続き、もう一つの真実を示すようにその言葉を口にした。


「はじめから仕組まれてたって事だなっ。ほんっとに胸くそ悪い奴らだぜ」

 リックが苛立ちながら悪態をつく。


「そして、衛兵の検問を抜けて街の中へと入っている事からも、貴族の手引きがあったのは確実でしょう……」


「話しが見えてきたな。どうやら棺桶に入っていたのは貴族どもが動き出す程の重要人物って事だ。そして、棺桶を運んで来た船員達は、その場で何者かに葬られたって所だろうよ」


 ソニアは俯いて「はぁ……」と深く息を吐いた。

 こんなに平和そうな街でも、人が殺されているのだ。人を殺す為の人が存在するのだ。

 その事実に、遣り切れない思いが募る。


「どうして……こんな事を」

 橙色の瞳が冷たく輝き、ソニアは唇を噛んだ。


「貴族の考える事なんざたかが知れてるさ。奴らは平和なんぞより自分の事しか考えてねぇ」


「この街の貴族にとってその重要人物は、自分の立場を脅かす危険な存在なのでしょう」


「ああ。だから殺すのも厭わない」


「そんな……」

 ソニアは言葉を詰まらせた。リックとミコは冷静に事を分析している。それなのに自分は感情に流されてばかりで、どうしたらいいのか考えが纏まらないのだ。


「この街の領主、トリオス公爵は正義感の強く、悪に屈しない強靭な体と精神を持っていたと、ホテルに置いてあった史書で読んだわ。彼が今回の件に絡んでいたとすれば、遺憾な事ね……」


「戦争では英雄だった奴らが、今や争いの火種を各国で巻いている。反乱軍の頭も、元は貴族だという噂だ。この街の領主たる貴族さんも、例外では無かったって事だろうよ──」


 リックが話し終える前に、ソニアはテーブルを叩き声を荒げた。

「すべては保身の為なの!? そんなの、勝手すぎるよ!!」

 ソニアの悲痛な叫びが部屋に響く。


「……そうね」

 ソニアの真っ直ぐな激情を、ミコは静かに受け止める。

 やり場のない怒りに、ソニアは口を固く引き結び俯いた。


 そして、部屋には不穏な空気が漂い、暫しの沈黙の時が流れた。

 そんな重苦しい空気に耐えかねたリックは、自分の頭を乱暴に掻き、唸った。


「あぁっ! だりぃ!」

 リックはテーブルに足を乗せ、椅子に背中を預けて怠そうに体勢を崩した。


「リック……だから行儀が悪いって……」

 ソニアが横目で睨んだ。


 リックはお構い無しにと、後ろ手に腕を組んで天井を見上げた。

「いいかソニア。戦争が終わったからといって、平和が訪れるなんて思うな。この世界に、お前が描く平等なんてあると思うな」


 ソニアは無言のまま、俯いている。


「……だけどよ、何とかしたいっていうお前の気持ちは、今も、そしてこれからも絶対に必要だ。塞ぎ込んでたって何も解決にならねぇ。前を向いて自分に出来る事をするしかねぇだろ。違うか?」


 リックのその言葉は、静かに、淡々としていたが、どこか力強く、ソニアの心に真っ直ぐに語りかけているようだった。


「……だから」ソニアが静かに口を開く。


「あん?」


「テーブルに足を乗せるなって言ってるでしょーっ!!?」


「人の話し聞けよ!! せっかく人が良い事言ってるってのによーっ!?」


「行儀の悪い人の言う事なんて聞くわけないでしょーっ!?」


 また二人の喧嘩が始まり、「やれやれ……」といった表情でミコは部屋のドアに手を掛けた。


「……少しだけ席を外すわ」

 そういってミコが部屋のドアを開ける。


「ん? お嬢、どこいくんスか?」

 リックがソニアとの言い合いを中断して呼び止めると「お祈りをしに行くだけ」と、ミコは振り向く事なく一言だけ返して部屋を出て行った。


「行ってらっしゃいませ、フルベリー様」

 ソニアはミコの背中に手を振る。

 そして、部屋にはリックとソニアだけが残った。


「ったく、祈るってなんだよ? 今から教会にでも行ってくるってのかよ?」

 リックは苛立ちの様子を見せた。ソニアとの言い合いで機嫌が悪そうだ。


 するとソニアが勢い良く立ち上がり、リックを睨みつけて吼えた。


「トイレに行ったのよっ!!!」


 ソニアの一喝で、リックは椅子から崩れるように落ちていった……。


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