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黒き林檎の物語り  作者: 三傘
第一章『小さな鼓動』
10/12

編集中


 アルトは部屋にリーベルを置いて入浴小屋に来ていた。

 慎重に辺りを確かめ、人の気配が無い事を確認。扉を開けて、直ぐ様施錠し、何か仕掛けが無いか入念に確かめた。問題はなさそうだ。


「よし、大丈夫」


 服を脱ぎ、浴室のドアノブに手をかけた時、アルトの手が止まった。

 ふと、嫌な予感がしたのだ。そう、人間には本能的に危険を察知する能力がある。アルトは浴室の中に誰かいるのではないかと疑った。誰か、なんて、彼女以外考えられないけども……。

 恐る恐る、アルトはドアノブを押していくが──


「──ふぅ。よかった、誰もいない」


 浴槽に誰か待機している様子もなく、ましてや頭にお湯をかける為の壺の中に彼女が潜んでいる筈も無く、アルトは安堵の胸を撫で下ろした……その時だった。


 ぴたぁ──と、アルトの背中に生暖かい何かが張り付き、同時に背後から二本の影が伸びてきた。

 驚いたアルトが動き出すよりも早くに『ガシッ』と二本の白い腕が少年の体の自由を奪う。

 突然の襲撃に、アルトは恐怖で声も出なかった。

 あれだけ念入りに確認したのに、彼女がここにいるわけがない。何かの間違いだ。しかし、それだと背後にいるのは誰になるのかと、否定も肯定も出来ない心境にアルトは混乱さえしていた。


 背後に潜むその人物が追い打ちをかけるように『ふぅ』とアルトの耳元に吐息をかけてきた。小さな体がびくりとする。

 白銀色の髪の毛がサラサラと、アルトの体を撫でるように垂れてきた。白い腕と白銀色の髪の毛──間違い無く、彼女だ。

 彼女の白い手が幼い少年の体を這い、胸に触れては優しく包む。そして、白い指先が浅紅色の突起を啄き──


「ア、ル、ト、君」


──彼女は艶かしく耳元で囁いた。


 アルトは耳の先まで真っ赤にさせながら思った。これが罪人の運命なのか、と。贖罪の旅とはこういう意味だったのか、と……。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


──そして、アルトは白き魔の手によって地獄へ引きずりこまれていった。そこでは、まるで業火のような熱を帯びた彼女の体に焼かれる運命が待っている。

 嘆き、恐怖、羞耻、不快、それらが満ちたアルトの魂の叫び声が、狭い浴室に響き渡った──



********



 部屋に戻ったアルトとリーベルはベットの上で肩を並べて座っていた。


「ふぅ、気持ち良かったね」

「……うぅ……うぅ」


 リーベルは目を閉じてひと息つき、入浴の心地良さの余韻に浸っていた。その顔はほんのり赤く、緩んでいる。

 一方のアルトは、両手で顔を覆いながら項垂れ、肩を震わせている。その耳は真っ赤になっていた。


「まぁ、ほら。犬に噛まれたと思って……」

 リーベルは少しバツの悪そうな顔をしながらそう言った。


「犬じゃなくてリーベルに噛まれたんだよっ!」

 アルトは涙目になりながら怒った。その首筋にはしっかりと噛み跡が残っている。


「ごめん! なんかこう、ふわぁっとして、ぶるぶるっと来て、頭が真っ白になっちゃって、気付いたら力いっぱい噛んでたみたい」


「色々と意味がわからないけど……もういいよっ」

 そう言い捨てて、アルトは毛布を頭から被って不貞寝した。


「ごめん、もう噛まないからっ」


 リーベルはアルトの損ねた機嫌をなんとかしようと試みる。だが「普通噛まないよっ」と毛布の中のアルトに反論され、リーベルは思わず苦笑い。

 確かに普通は噛まないよね、とリーベルは我ながら変な性格をしていると思った。


「──少し、お話ししましょうか」


 リーベルは、毛布にくるまって不機嫌さを訴えているアルトに呼びかけた。

 その呼びかけに、アルトはゆっくりと毛布からムスッとした顔を覗かせる。目の前に、ほんのりと赤く色付いた肌を晒しているリーベルがいた。


「リーベル……なんで裸なの?」

「ん? 一緒にベットに横になりながら話しでもしようかと思って」

「……話しだけなら裸じゃなくてもいいよね?」

「どうせこのまま寝るんだし、いいじゃない」


「うぅぅ」アルトは納得いかないとばかりに眉をひそめた。リーベルが裸で寝る事に、いまだ理解出来ない。


「それに、アルト君の治療もしないとねっ」

 リーベルは腰に手を当ててアルトの顔を覗き込んだ。アルトの瞳にはまだ、苦悩にも似た迷いの色が伺える。

 アルトの体は治療が必要だ。それはアルト自身も理解している事だろう。それでも、人と触れ合う事に嫌悪感を抱くアルトにとっては、簡単な事では無いらしい。


 リーベルはベットに腰かけて、そのまま仰向けに倒れた。床板の軋む音が響く。

 そして「今日は目覚めてから、色々あったね」そう呟くように言った。

 リーベルは入浴で茹だった体を冷ますように、両手を広げて熱を帯びた肌を天井に晒した。


「うん……」アルトは小さく頷いた。


 そうだ。今日は色んな事があった。死んで、生き返って、目が覚めて、裸の少女が難しい事言ってて、奇妙な人間がいて、料理が美味しくて、変態に襲われて、助けられて。思えば今日だけで、こんなにも出来事があった。


「色々、ありすぎだよ……」

「大丈夫?」リーベルは心配そうな声で聞いた。

「リーベルこそ……体、大丈夫?」

「私は……くしゅんっ」


 リーベルはくしゃみをして体を縮こませた。まだ寒いこの季節に、室内とはいえ裸のままいたら湯冷めもする。


「裸でいたら風邪ひくよ?」

 アルトは毛布の中へリーベルを招いた。


「んじゃ、アルト君に暖めてもらおうっと」

 そう言ってリーベルは毛布に潜り込み、アルトの横に移動した。


「あったかぁい」とリーベルはニコニコと微笑みながら言った。

 そして二人はベットに横になりながら、見つめ合う形になった。


「……私は大丈夫よ。なんなら確かめてみる?」

 リーベルがそう言うと、アルトは「やだよ」と言って嫌な顔をした。


「ねぇ、リーベル。街の中で見かけた影について、教えてくれるって言ってたよね?」

「あぁ、あの柄の悪い人の事ね」

「うん。僕にしか見えてなかったようだけど、なんでだろ?」

「罪の紋章が持つ、裁きの特性……かしらね。その特性である『偽りを正す力』が、アルト君にそんな姿を見せたんだと思うわ」

「どういう事?」

「つまりは、彼の腕は偽物か、もしくは何らかの力が働いていて自然な状態では無いから、注意した方がいいって事ね」

「へぇ……僕のこの目は、そんな人の正体が分かるという事?」

「そういう事」


「……それにしても、不思議な人間がいるんだね」

 アルトはそう言ってリーベルを見た。目の前にいる彼女もまた、普通の人間ではない。だが、アルトの目には普通の女の子と同じ様にしか映らなかった。


「私はどんな風に見えるのかな?」

 リーベルが、アルトの瞳の中を覗き込むように聞いた。


「普通だよ」アルトは少しはにかみながら間近に顔を寄せるリーベルにそう答えた。


「……そう言えば、僕達を助けてくれたサギリナっていう人は何も見えなかった。あの人は普通の人間なのかな?」


 普通とは明らかに違う雰囲気を、あの麗人は纏っていた。だからといって異質とも違う。勘繰ったところで、本当にただの傭兵なのかもしれないけど──


「どうかしらね。油断は出来ないわよ? 普通の人間でも悪い事は平気でするんだから」

 言われてみればそうだと、アルトは思った。瀕死のアルトを見捨てたのも、リーベルを襲った男も普通の人間だった。人間は、人間に酷い事が出来るのだ。


「そう……だね」

「さ、今日はもう寝ましょうか」

 そう言ったリーベルが目の前から消えて、毛布の中に潜り込んで行った。アルトがリーベルの不可解な行動を不思議に思っていると、突如服が掴まれた。


「ちょ、ちょ、ちょ!?」

 アルトは剥がされそうになる自分の服を押さえつけて抵抗した。


「ほらぁ、脱いだ脱いだ!」「やめてー!」

 二人は毛布の中で取っ組み合うようにして暴れた。ベットの足が床板を激しく叩き、軋む音が部屋に響く。


「うっふっふ。観念するのだぁ!」

「リーベル、目が危ないよ!?」

「今夜は寝かせないぞぉ〜」

「さっきと言ってる事違うー!」

「大丈夫、すぐ終わるから」

「いやーーー!」


 しばらくアルトの貞操をかけた二人の戦いが続いたのち──


「──もうっ、わかったわよ」


 埒が明かないと判断したリーベルは手を止めた。

「そのままでいいから、こっちに来て」

「うぅ〜」アルトは警戒しつつもリーベルにゆっくりと近づいた。

 そんなアルトの頭を、リーベルは強引に掴み、自分の胸に押しつけて抱きしめた。アルトは小さく「ん」と声を漏らした。

 アルトは抵抗しようと思ったが、不思議と体が動かなかった。あれだけ人肌に抵抗があったのに、そんな事今はどうでもいいとさえ思えた。

 暖かくて、柔らかくて、リーベルの甘い香りに、アルトの意識はすでに溶かされていた。

 アルトは、そのまま闇の中へ、深く、深く落ちていった──


「お疲れ様、アルト君。それと……ごめんね」


 リーベルはアルトの頭を優しく撫でた。

 静かに時を刻むように、アルトの安らかな寝息が聞こえた。



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