0004話「初めての対戦の記憶」
もう少し筆が早ければ・・・
結局、山神の案内でコロッセウムに戻ってきた5人。しかし一般の入り口とは違う、裏口からの入館。警備員の詰め所の横から入り、そこから地下へ降りるエレベーターに乗る。
「どこに行くんですか?」
茜がかなり心配そうに聞く。お年頃の女の子としては、恋人と男性の親友がいるにしても、施設の地下などというものはあまり良い想像が出てこない。
「大丈夫よ。貴女が考えるような事はないから。と言っても実際に何考えてるかはわかんないけど、変な事にはならない事だけは保証してあげる。ただ、上のコロッセウムでアタシと勝負ってなったら、とてもじゃないけれど大変な事になるじゃない?それに例の記者さんはまだいるらしいから、追加のインタビューとか頼まれるかもよ?」
確かにそれはありがたくない。
しかし、だからと言って地下に何があるのだろう。
「地下にはテスト用のコロッセウムがあるの。そこに行くだけよ」
「・・・なるほど。わかりました」
と、いう会話が終了するのと同時にエレベーターが止まる。どうやら目的の階についたようだが、結構降りた感覚だ。
「ここは地下20階。どうしてこんなに深い場所にあるかは・・・アタシも知らないんだけどね」
前を歩きながら、山神が簡単に説明する。
「そういや僕、一度だけアンタに遭遇した事がある・・・な・・・それもゲームを始めてすぐ・・・」
「良く覚えていたわね。そう、プレイヤーNo.00000001。あの時、私以外の本当の最初のプレイヤーになる人に会ってみたかったのよね」
ちらっと後ろの幻人を見やり、少し微笑む。が、すぐに前を向いてそのまま話し始める。
「このゲームの開発にはかなりの時間をかけていたからね。アタシはあの時点ですでにかなりのレベルになってたのよね。でも、ほら、やっぱこのゲームの魅力ってこの呪文操作じゃない?敵のモンスターを蹴散らすものいいんだけど、やっぱり生身の人間との戦闘ってとてもリアルな感じがして面白いと思ったのよね。そう思ったら我慢できなくなって、最初のプレイヤーに会いに行っちゃったってわけ」
「まぁ、今はその気持ちは良く分かりますが・・・ゲームを初めて翌日に来られても・・・」
ゲームに習熟しておらず、呪文も初期レベル。挑まれてきた際、相手も初期レベルの魔法しか使ってこなかったが、威力がそもそも段違いだった。
しかも、かなり巧妙に呪文を駆使され、あっという間に敗北したのだ。
「あはは・・・あの時はほんとにゴメンね。あまりにも嬉しくてちょっと抑えが利かなかったのよ・・・」
ちょっと反省しているような雰囲気だ。よく見ると耳が真っ赤になっおり、右手で顔を扇いでいる。
この反応を見る限り、そんなに悪い人ではないようだ。
「まぁ、もう古い話ですし、それは良いですよ。それに、あの戦闘でくやしい思いをしたのと同時に、このゲームの可能性の一端を見せてもらった気がしてて・・・あれから一気にハマっちゃったんすよね・・・」
その日、いつものように茜と帰り、玄関で茜と別れて、着替えた茜が部屋に来るまでの間にちょっとだけスマホウをやってみようとスマホに手を伸ばす。
ゲーム起動し、遺跡から出て少し森の中を進むと茜のキャラクター以外のキャラクターが突然現れた。
『あなた・・・アタシと勝負してくれない?大丈夫。ちゃんと手加減してあげるから・・・』
突然スマホから相手の声が聞こえてきた。
『勝負!?っていうか、アンタは誰や?』
『アタシ?アタシは・・・「マジック」・・・あなたをこのゲームに誘った星神「マジック」とは違う、アタシはプレイヤーの星神「マジック」。よろしくね』
そして勝負が始まり、そして終わる。
『ありがとう。とても有意義だったわ。これからもよろしくね・・・えっと・・・黒々猫くん?』
最後にそう一言告げて、消えるように去っていった。
「でも、あの時の僕って・・・確かまだレベル2で、そろそろ3になるかなって所でしたからねぇ・・・全く勝負にならなかったハズですよ」
「いやまぁ、そうなんだけどぉ〜・・・アタシも本当はレベル5ぐらいになって、ある程度呪文にも慣れた頃にって思ってたんだけど・・・さっきも言ったけどどうしても抑えが効かなくってね・・・」
ここは地下で割とひんやりとしているのだが、山神はかなり暑いらしく、相変わらず右手で顔を仰ぎ、左手でシャツの襟をパタパタと開閉しているようだ。
前から見るときっとかなり扇情的な光景なんだろうな・・・と幻人は思わず考えてしまう。
スマホウは変わったゲームだ。ゲーム内の移動は画面をタップし進行方向を示してするのだが、それ以外の操作は基本的に「音声」で出来る。もちろん、画面をタップする事でも操作可能なのだが、慣れると音声での操作が早い事に気がつく。もっとも、それがある種の人間には不評な理由なのだが・・・。曰く「スマホに語りかけるのは変な奴だ!」・・・と。
「ゲーム開始」
「アイテムの確認」
「戦闘開始」
「○○と連絡を取りたい」
「○○は今どこ?」
「○○に回復薬を投与」
「足元の本を拾って」
「眼の前のドアを開けて」
「今日はゲーム終了」
かなり優秀なAIを開発したのだろう。ゲーム中に色んな行動を音声でやらせてみたが、ほとんど対応出来ていた。
「踊って」と言ったら本当にキャラクターが踊ったのには驚いたのと同時にびっくりした。
まぁ、その踊りはどちらかというと「舞」のような印象があったが。
どちらにしても街中のところどころで、スマホに向かって老若男女がブツブツとセリフや呪文を唱える光景は確かに今でもびっくりするだろう。
ゲームに全く興味がない人たちにとってはそれは確かに異常な光景と写っただろう。
しかし、このゲームの社会的に一番良いところは「移動しながらのゲームは絶対不可能」いわゆる、「歩きスマホ不可」という機能が最初から付いている事だ。
もちろん、部屋の中をウロウロするような、ちょっとの移動ぐらいであれば問題ない。というかそこまでスマホのGPS機能機能は良くない。
ただ、明らかに移動していると判断した場合、ゲームの途中でも強制的にメッセージを表示して終了してしまうのだ。
しかも、電車や新幹線、船などの公共移動手段でも有効で、とにかくスマホが移動していると判断した場合は即時にゲームが中断されてしまう。理由は簡単で、そういう人の多い場所でエキサイトして声が大きくなると周りに迷惑になる、というもの。
とにかく移動してのゲーム利用は不可なのである。さらにゲームの利用条件として必ずGPS機能が有効にしておかなくてはならない。
これにはある種の多数のゲーマーが開発会社に意見書を出して改善(改悪?)するように迫ったが、これには会社は一切応じず、今でも移動しながらのゲームは利用不可となっている。
そのため、多数のユーザーがゲームを離れていったが、それ以上にユーザーが増えることになる。
これによりこのゲームはいわゆる歩きスマホ問題から離脱。
結果、歩きスマホ問題がクローズアップされる度にテレビで紹介されるようになり、さらにユーザーを増やす事になる。
余談である。
「さぁ、ここが地下施設のコロッセウム。実質的なアタシの遊び場ね」
上のコロッセウムと同じようにガラス越しにコロッセウムのステージが見える。そして上のコロッセウムとは違い、かなり広いステージになっている。
「こっちから入ってね。参加方法は上のコロッセウムと同じだから」
大きめのドアを開け、5人に道を譲るように入り口の端に立つ。
智、鏡子、法子、茜の順にドアをくぐる。幻人が部屋に入ろうとする時、ドアの横にいた山神が声をかけてくる。
「あの時から大分経ったからね。あの時以上にアタシにとって有意義な時間にして欲しいわね」
そう言って幻人を見つめるその目に情熱的なものだ。だが色恋とは全く違う、好奇心と期待、そして自信に満ちたものだった。
「もちろん。僕もあの時の悔しさを覚えていますからね。最初から全力で挑ませてもらいますよ」
そう。あの時はまだ呪文も少なく、低レベルの呪文もちゃんと使えていない状態だったのだ。
そこにすでにかなりのレベル差の相手が挑戦してきたのだ。本当に勝負にはなっていなかった。
『我を守護せよ!シールド!!』
『・・・シールド・・・』
『穿て!!バレット!!』
『バレット・・・』
『くそっ・・・!あっちの方が早い!?』
『呪文はシンプルな方が早く発動するのよ・・・その分、威力は落ちるけどね・・・』
『ならば・・・ビーム!!』
『ぷっ!・・・なにそれ?呪文じゃないわよ?』
そんなやり取りがあったのを思い出し、少し笑ってしまう。
「?・・・どうしたの?いい作戦でも思いついた?」
自分の控室に向かおうとした山神が目ざとく幻人の笑顔を見て質問してくる。
「いや・・・あの時の勝負を思い出してしまって・・・」
「あぁ、あの時のね。って、あなた負けたでしょうに・・・って、あぁ、アレね?『あの呪文』を思い出したの?」
「あ・・・やっぱり覚えてました?」
今度はちょっと苦笑する。が、アレは確かに相手も覚えているだろうな。なんせ、しばらくはお互い呪文を唱えられなくなるほどに笑い転げていたのだから。
「そりゃぁもう!会社の研究室で『アレ!呪文にして!!』って言っちゃったぐらいなんだもん!!駄目って言われちゃったけどね」
「そりゃ駄目でしょうに・・・っていうか、ここの会社の人は『アレ』の話、知ってるんですね・・・」
ゲームを初めて2日目ではあったが、幻人にとって『アレ』はこのゲーム歴の中では最大の汚点だ。
それを開発側は知っているという事実は幻人を脱力させるに十分な情報だった。
「ごめんね。そもそも勝負は会社公認のものだったから。でも、今日はもっと衝撃的な事を期待しているわ」
そう言って改めて自分の控室に向かいながら、左手をひらひらと振る。幻人は恨めしそうな表情で見送るしかなかった。
気を取り直して部屋に入ると、すでに4人は準備を整えていた。
「どうしたん?連絡先の交換とかしてたん?」
智が笑いながらとんでもない事を聞いてくる。
「えぇ!?そんなんアカンで!鏡子と法子と智だけでも大変やのに!!」
「やめんか!そもそもお前の言う『大変』に智を入れるのヤメて!!」
「茜ちゃんと委員長と鏡子ちゃんは公認なんやね。やっぱこのチームって幻人のハーレムチームやん」
「んな訳ないわ!そもそも委員長を連れてきたのは智やったろ?」
「いやぁ、あれだけラブラブな眼差しを幻人に向けてたらなぁ・・・」
「私はそんな眼差しをしていた記憶はないのだが?」
「そうなん?幻人を見ている時は紫色のオーラが漂っていたけど?」
「それってどこの世紀末覇者?」
「そうか・・・私は覇者なのか・・・」
「そこ納得するとこ?」
「はいはい!そこ、私語(死語)は謹んで!!」
「お姉ちゃん・・・それ、どっちにも取れるね」
「アンタは黙ってなさい!まずは作戦考えなきゃ。直接戦ったのって幻人だけなんよね?」
「そうだけど、当時の僕はレベル2やったからなぁ・・・相手もそれに合わせて初期呪文しか使ってこなかったし・・・委員長、どうする?」
「よし。ではまず、先の試合と同じようにシールドを張る。最初の一撃はシールドと同じ現象を利用しての同レベルの呪文にして様子を見る」
「そうやな。前に対戦・・・っていうほどの事もなかったんやけど、あの時と同じできっと余裕かましてくると思うから、最初にある程度の攻撃をしておこうか」
いつものように軽口をはさみながら作戦を練っていく。
いつも何かと裏口も言われるチームだが、幻人にとっては最高の仲間たちだ。
今までにない最強の対戦相手だが、負ける気がしない。
作戦を決め、5人でステージに出る。
いつものステージよりかなり広く感じるこの地下コロッセウムは、なぜか自分にしっくりとくる感じがした。
対戦相手のステージを見ると、すでに山神は準備を整えていたようで腕組みをして立っていた。
「しっかりと作戦立ててきた?アタシは強いわよ?」
「もちろん。アンタ1人が相手だけどチーム全員がレイド戦のつもりで作戦を考えたよ」
それを聞いた山神はニヤリと笑い、満足そうにうなずく。
「それは光栄ね。アタシもあんた達チームと対戦できるのはとても楽しみなのよ」
「それはどうも。っと、そういえば、さっき思い出したんやけど、僕がアンタと勝負した所ってステージじゃなかったよな?」
本来、プレイヤーとの対戦はコロッセウムと「ステージ」と呼ばれる遺跡内の施設のみだ。
当初はそういう事は知らなかったが、今はスマホウの仕様やルールはすべて覚えている。
実は今さっき気がついたのだが、最初の対戦は遺跡から出たすぐの所だったのを思い出したのだ。
「そうよ。実はこのゲームにはいくつかの裏仕様があってね、昔あなたと対戦した時はそれを利用したのよ」
「そんな事が出来るんだ・・・それは今でも有効な裏仕様なんですか?」
鏡子が興味津々な様子で聞いてくる。
「そうよ。もっとも、そう簡単に出来ないようになっているし、アタシも教えてあげる気はないから。興味があるなら自分で探してみることね。そして、今回のこのステージでの勝負は、対戦データ記録はちゃんと残るんだけど、表向きには公表される事はないの。だから、あなた達は表向きはアタシとは勝負していない事になっちゃうんだけど、問題ないわよね?」
「それはもちろん構いませんが・・・ところで、すごい格好ですけど・・・」
ステージに入った時から気になっていたのだが、山神はさっき出会った時とは衣装が違っていたのだ。
「あぁ、ごめんね。ちょっとコスプレってやってみたかったのよ。それでちょっと準備に時間がかかっちゃった・・・似合う?」
そう言って、山神はまっすぐ右腕を伸ばし、手をピストルの形にして幻人を狙い定める。
魔道士の定番の黒マント姿なのだが、その中身はいわゆる「ゴシックロリータ」のファッションだ。
妙齢の女性がするには少し何があるファッションだが、大人びた雰囲気が妙にしっくりと合っている。
「はぁ・・・かなり似合っていると・・・思いますが?」
思わず顔を少し赤らめてしまう幻人。それを茜、鏡子、法子が少し幻人を睨み、智がくすくすと笑っている。
そんな事には一切気にせず、満面の笑顔を幻人に返す山神。
「ありがと!けど、勝負は別よ。覚悟しなさい」
構えていた右手をピストルを撃ったかのように跳ね上げ、軽くウィンクする。
更に幻人の顔が赤らみ、茜、鏡子、法子の機嫌が悪化する。そして智は後ろを向いて一生懸命に笑いをこらえている。
それを満足そうに見ていたが、外していた頭巾を目深に被り、左手伸ばし持っていたスマホを前にかざす。
その動作に反応し、コロッセウムのエフェクトが発動する。
山神を中心に青く光る渦巻状の魔力が表示され、山神を包み込む。
「じゃあ、始めましょうか?あなた達、アタシに有意義な時間をプレゼントしてね?」
頭巾越しに射抜くような眼光が山神の対戦相手チームブラックファンタジーに注がれる。
和気あいあいとした雰囲気を一気に払い、山神が宣戦布告をする。
同時にチーム「ブラックファンタジー」も戦闘体制にスイッチする。
『これより、チーム「ブラックファンタジー」と星神「マジック」との試合を始めます』
上のコロッセウムの機械音声でのアナウンスとは違う、肉声でのアナウンスにより試合開始の合図がなされた。
次回、戦闘開始です!




