第一章 第八話「お得意の」 ※挿絵有
そして旅立ちの日を迎える。
手首に描かれている詩歌も解読してもらい、とりあえず正式に時属性最上級魔法の使い手となった陽太。
他の最上級魔法や、この世界のことを知るために王都へと向かうのだ。
王都へはこの街から南へ、徒歩で崖のある場所まで下り、そこからアメリア父が翼で飛んで運んでくれるそうな。
子供ぐらい抱いたままでも、軽く運べるからねと。
「ここ数か月、本当に良くしてくださって、ありがとうございました。御恩は一生忘れません」
「なんですかそんな。今生の別れではないんですよ。あなたはもう私たちの息子同然、いつでも帰ってきてください」
アメリアのお母さんが優しい言葉をくれ、少し泣きそうになる。
第二の実家が出来たって感じだ。
お世話になった街の人たちにも別れを告げる。
たった数か月、されど数か月。
普通じゃ味わえない生活、共に過ごした日々を忘れない。
そして誰より、アメリアに対して感謝を告げたい。
――彼女がいたから俺はここにいる。
――彼女がいたから俺は旅立つことができる。
――彼女のおかげで、強くなりたいって思えることができたんだ。
「アメリア……本当に、ありがとう……」
「いーえっ。とんでもないですよっ。こちらこそです」
「君を守れる強さを、身につけてくるよ……」
瞳に涙を溜めながらアメリアと握手を交わす。
涙を零すまいと、必死で空を見上げる陽太。
出逢った時のような、抜けるような青空だ。
「ずっと……忘れないから」
アメリアもつられて涙ぐむ。
――君に教えてもらった言葉や、作ってくれた料理の味、その屈託のない笑顔と優しさ……ずっと忘れない。
「はいっ。これからも一緒に学校でいっぱい勉強しましょうねっ」
「うんうん……これからも一緒に………………一緒に学校?」
「では、お母様。お体に気を付けて」
母親に別れを告げるアメリア。
「ちょ」
「ええ、あなたも。しっかり陽太様を守ってあげるのよ」
抱き合う母と娘。
「は?」
「では陽太君。次帰ってきたら、お父さんと呼んでもらおうか。なんてな」
目を潤ませながら笑い、陽太に握手を求める父。
「……って、アメリアも行くの!?」
「あれ? 言ってなかったかい? ちょうどこの春からアメリアもそこの中等部に入学するんだ」
「聞いてないっすー!! 俺はもう会えなくなるかと思って、昨日は眠れぬ夜を過ごしたのに!!」
「陽太様ったら……そんなに私のことを……えへへ」
「返して! 俺の涙を返してー!」
こうして二人は【ハーリオン】の街を旅立ったのだった。
陽太とアメリア、そしてアメリアの父は、一路帝都を目指す。
南の崖とやらまで徒歩だ。
といっても、緩やかな下り坂がずっと続いているだけなので、少し大きめの荷物を背負ったピクニック気分って感じである。
――小一時間ほど歩いただろうか。
「ほら、もうすぐ崖が見えてくるよ」
と、アメリア父が言った矢先に、あたりは白いモヤに包まれ出した。
陽太たちの体が湿ってくる。
「すごい霧ですね……」
「ああ、これは雲だよ」
「は?」
雲?
雲というと、あのお空に浮かんでいる……
いやいや、おかしいでしょ。
地面に出てるんだから、霧でしょう。
すると、アメリアが何かを見つけたのか、急に走り出した。
「陽太様っ、ほら、帝都が見えますよっ」
「あっ、待って」
「おいおい、崖になってるから危ないぞ。二人とも手を繋いでなさい」
父の言葉に、アメリアはしぶしぶと戻ってくる。
「はーいっ。でも下界に降りるのは初めてなので、すごく楽しみなんですっ」
「……ちょっ、今、なんて言った? 下界に降りるだって!?」
「あれ? 言ってなかったかい?」
出たよ、天族お得意のスキル【天然ボケ】が。
ある意味最上級だよ。
「ここハーリオンはね、空に浮かぶ島なのだ」
「またまた聞いてないっす!!」
――天空に近いところに住んでるって、そう言う意味だったのか。
「天族が住んでいる島は、他にも世界中に点在しておるぞ」
「マジっすか! 俺は異世界に来て、まだ地上にすら立ってなかったんだ……」
ガクンと脱力する陽太。
世界は広い。
驚きの連続だ。
「陽太様っ、こっちです、こっちですっ!」
「ちょ」
アメリアに手を引かれ、島の端っこに立つ二人。
すると……目下には、海、山、遠く広がる大地。
そして気まぐれに流れる雲。
「素敵な眺め……ですっ」
――どおりで街では毎日、雲ひとつない晴天続きだったわけだ。
何せ雲より上にいた訳だから……
見渡すと地平線に水平線、それがこの星の丸さを感じさせる。
吹き上げてくる風に煽られ、なびくアメリアの髪。
緊張と期待で胸のドキドキが高まる陽太。
「す、すげえ……」
ほんと、世界は広い。
感動の連続だ。
天から地上を見下ろす景色、その壮大さに陽太は、ただただ圧倒されていた――