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第四章 第八話「せっちん」

 気がつけば、十日という時が流れていた。

 初めて魚を捕ったあの日から比べ、陽太は格段に成長していた。

 サバイバーとして。

 不死鳥の背にまたがり、森をも駆け回っていた。

 見たことのあるような木の実や果物がなっており、魚以外でも糖分や栄養源の確保を可能にした。

 ちなみに木のモンスター以外にも獣がいたが、殺生できる勇気はなかった。

 優しいからではない、それは陽太自身も理解している。

 肉はスーパーで買う、そんな生活しかしたことがなかったから、生きるための食物連鎖を頭では理解していても、やはり抵抗があった。


 ――殺れるようにならなきゃな。


 不死鳥も羽がしっかりしてきて、少しだけ飛べるようになっている。

 普通の鳥なら巣立ちまで二ヶ月ぐらいかかるのだが、さすがは幻獣、常識はずれな成長速度。


「明日こそ、狩りに行くか……」

「ぴよー!」


 キノコ岩で空を見上げながら、そんな決心をしていた時――


 大きな不死鳥に乗って、魔女が戻ってきた。


「よし、ピッピたん。わっちゃあここで降りんす」


 陽太の【三叉の激流】で殺しちゃったかと思っていた魔女の不死鳥、復活してるではないか。

 さすが不死鳥。

 ピッピたん、死んでなかったよ。


「姐さん、酷いです! か弱い俺を置いてきぼりなんて……」


 まだ血も完全回復していなかった陽太は、必死になんとか生き延びたが、実際バテバテだった。

 竹の実をくれたあの日以来、放置されること十日間。

 やっと人の姿を目にした陽太は、安堵の気持ちと怒りがこみ上げてくる。


「街ごと転移させるような無茶な使い方をするからじゃ。自分だけ転移するぐらいならそんなに血は必要でない」


 まあ、そう言われると自業自得なぶん、何も言い返せない。

 それだけでなく、自分のせいで大勢の人に迷惑をかけてしまってるかもしれない事実を思い出し、不安になる陽太。


「帝都を……俺が転移させてしまった街を、元に戻させてください!」

「うむ、そろそろ二週間経ちんす。使える頃じゃ」

「アメリア……」


 二週間、アメリアは無事であろうか。

 叔母さんがいるだろうから心強いが、最後まで自分を心配して駆けつけてくれたのに迷惑をかけてしまって申し訳なく思う。

 早く会いたい。


「けれど、帝都を元に戻すことは止めときなんし」

「ど、どうして!? 俺だって言われた通り頑張ってサバイバルしたじゃないですか! もう【世界の穴隙】が使えるなら俺行きます! なんと言われようと!」


 幸い不死鳥も少しなら飛べるようになっている。

 この孤島から脱出できる日も近いと考えていたところだ。


「違いんす。かの地はもう、幽世の瘴気しょうきにやられておりんすえ。戻せば大陸全土がけがれんす」

「穢れる……? だったらそれこそ助けなきゃ! アメリアがいるんだ! 俺はやりますから!」

「落ち着きなんし。誰も助からぬとは言っておらん」

「じゃあ、どうすれば!」

「国民だけを戻せばよいのじゃ。幽世の瘴気で土地がやられんしとも、まだ生物には影響しておらんじゃろう。全員を集めて現世に送ればよかろうが」

「そんな、何千人って人を俺が?」

「何を言っておるのじゃ。その何千人に加えて、土地や建物まで転移させてしまったのはどこの誰でありんすか」

「あ、そうか、じゃあ前よりは血も少なくていけるってわけか。でも住居を捨てて転移に応じてくれるかな。城や学校やお店もあるのに……」

「助けたくば、武力でもってしても言うことを聞かせなんし。面倒であれば全てを燃やし尽くせばよござんしょう」

「また無茶な話を……!」


 ――武力で、か……助けるためだから仕方ないのかな。

 力で言うことを聞かせる、それはヘタレだった陽太にとって、あまり好ましくないやり方である。


「まあ、まずは話してみるよ」



    §



 幽世に転移してしまった帝都へと向かう二人。

 幽世はこの世界の裏にある世界だと言われている。


 今陽太たちがいる孤島も、ハリルの国も、現世に存在する。

 その一部であった帝都を、陽太の魔法で転移させてしまった。

 陽太の血も回復したので、まずは幽世へ行きアメリアたちと合流する。

 そしてそこにいる人々を現世へと戻すのだ。

 もともとは陽太がしでかしたことだから当然である。


 帝都のあった場所は、今や枯れ木林と形を変えている。

 ハリルやルナディと、ゴブリンから必死で逃げた場所だ。

 陽太と魔女は、学校付属の闘技場があった場所へと向かう。

 転移させてしまった中心となる場所。

 気がついたら倒れていた場所だ。

 不死鳥はまだそこまで飛べないので、陽太だけ魔女の鎌に乗せてもらい移動する。


「落ちそうなんで姐さんの体に捕まらせてもらっていいですか?」

「仕方ないのう……」

「では、遠慮なく」

「このうつけ! 誰が胸に触っていいと!」

「好きです姐さん! 性的な意味で」

「お逝きなんし」

「うわあああああ!!」


 とまあ、クズ太は電撃を喰らい、落ちそうになりながら。


 空から見下ろすと、帝都のあった辺りが円状にすっぽり紫色になっていた。

 幽世と入れ替わっている部分である。

 一部、ルナディが唱えた【水妖の一涙】により、水浸しの跡もある。


「あの辺りかや」


 すっと空中を移動し、学校があったと思われる場所に降り立ち、付属の闘技場があった場所へと向かう。


「だいたいこの辺だったと思います」

「では唱えんす――闇へと誘う深淵の穿孔、匆匆たる烏兎の交錯、いざ開かん……」

「【世界の穴隙】!!」


 帝都のあった場所で二人は闇属性最上級魔法を唱えると、足元に魔法陣が出現し空間が捻じれだす。

 前回は自分ではなく、帝都一帯を転移させてしまった陽太。

 魔女にやり方を教えてもらい、今回は自分だけを転移できるように唱えた。

 赤黒く輝き、眩い光を放つ魔法陣。

 プツンという音とともに陽太は崩れ落ち、意識を失う。



 気が付いた時にはまた、帝都の闘技場内にいた。


「成功したけど、誰もいない……か」

「普通の生物が生活するには難儀な環境でありんすにえ」


 ――そりゃ授業なんかやってるわけないか。


 見渡すと闘技場内の地面や壁は、茶色くくすんでいた。


「これが瘴気による穢れですか……?」

「あい、あと数日もすれば全てが黒くなりんしょう」


 その時、闘技場の入り口から気配がした。


「ぐるるる……」

「……猫?」


 振り返った陽太が見たのは、臨戦態勢をとる子猫。

 そしてその後ろには、誰よりも心配していた大切な存在、まさにその子がいた。


「……陽太さ……ま……っ!?」

「アメリアか!」


 駆け寄る二人。


「陽太様ーっ!!」

「アメリア……ごめんね。 怖かっただろ」


 陽太はアメリアを抱きしめる。

 彼女の汚れた服が苦労を物語る。

 そんな感動の再会。

 陽太のほうがだいぶ小っちゃいので、アメリアが抱き込む形になるのが少し滑稽だが。


「ご無事でなによりですっ……」

「アメリアこそ。こんな酷い世界でよく頑張ったね……」

「いえ、とんでもないです……ただただ、愛しの陽太様にずっと会いたかった」


 そこへ魔女が口を挟む。


「そさまも物好きでありんすな」

「ま、魔女……!」


 守るように陽太の前に立つアメリア。


「大丈夫、アメリア。今は敵じゃない」

「こんな変態のどこが良いのや」

「陽太様が変態さんなら私も変態さんを目指しますよっ! それぐらいの愛ですっ!」

「アメリア……ともに変態の道を歩んでくれるのか」

「はぁ……こはばからしゅうありんす。ほんに、お前が異性から好かれるなんて、まったく酷い世界。むしろモンスターと間違われておらんだけでもじゅうぶんな待遇でありんしょうに」

「そうっすね!」


 相変わらずの罵倒っぷりである。


「では、終わったらまたここへ戻って来なんし。わっちゃ、ここで待っていんすにえ」

「え? 姐さんも手伝ってくれないの?」

「ほんに、とんちきな奴よ。わっちが出て行ったら大騒ぎになりんしょう」

「それもそうか……」


 魔女によって担任が殺された。

 帝都の人たちにとっては、悪者としか認識されていないだろう。

 ――いったい姐さんは何者なんだ。

 陽太でさえ理由を聞かされていない状況だから。


「陽太様! 私のことはお姉ちゃんって呼んでくれないのに、なんでこの人がお姐さんなんですかーっ!」

「いや、いろいろあったんだよ、いろいろ」

「そさま、そりゃ野暮なこと。男と女の夜伽よとぎでありんすえ、おしげりなんすと」


 ふふふといたずらな笑みを浮かべる魔女。


「な、な、な、な、なんですってー!?」

「冗談じゃ。こんな、雪隠(せっちん)みたいな顔、わっちが好きになるわけなかろうが」

「雪隠って何?」

「トイレ」

「ちょ、トイレ顔ってどんな最上級罵倒だよ!!」

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