2頁 初日から、野外活動
私には今現在、ホームと呼べる家がこのゲーム内にありません。マザー・ガイア内にはあります。しかしそれはAIとしてのプログラムが保存されたデータフォルダであり、ゲーム内でのNPCとしてのホームではありません。
我々NPC用AIは、AIのプログラム領域からゲーム領域にダイブインする形でゲーム内に存在します。現実世界からダイブインされるプレイヤーの方々と同じ方式を取っているわけです。ただ、生身ではありませんから、プレイヤーの方々とは違ってダイブ時間制限と言うものが存在しません。真っ黒な企業も真っ青の、二十四時間三百六十五日勤務も可能と言うわけです。実際、動物のAIは年中無休ダイブインです。虫は、季節によって無休ダイブインした後、それと同じくらいの期間ダイブアウトしますけどね。
また話がずれてしまいました。
まぁ、何はともあれ、仮住いの宿屋でそれまで着ていた自分の姿が属する民族の衣装から採集専用のフィールド探索用防具に着替え、カバンを背負い、その上から武器を背負って部屋を出ます。戦闘用防具は別にあります。それぞれに都合の良い補正効果がありますから、目的が決まっている場合は効果に応じて変更するのが吉ですね。
出掛けに宿屋の女将さんに鍵を預けます。
NPCのモラルレベルは日本基準ですから、部屋に置いた荷物を漁られる、と言うことはイベントやクエストなどの特別なことが無い限り、まず有り得ません。
ちなみに女将さんは先輩AIです。接客に重きを置いてプログラムされています。どんなクレーマーや酔っ払いが来ても任せて安心と思わせてくれる上に事実その通りな肝っ玉お母さんです。γテストで実際にありましたからね。実証済みですね。
「お弁当に何か持って行くかい?腹が減っちゃあ何もできないだろ」
「ふむ……もし可能ならば、サンドイッチなどの手軽に食べられるものを頂けますか?」
「採取回数に補正がつく【たまごハムサンド】なんかどうだい?その装備ってことは、採集に行くんだろ?」
「はい、依頼を受けまして、可能な限り多く採集しなければならないので、願ったり叶ったりです」
「大変だねぇ……あんたに採集を頼むってことは、薬師の組合長さんだろぅ?」
「はい、回復アイテムが不足する前に材料から補充しに行きます」
話している間も女将さんの手はサンドイッチを作っていきます。少し太めで、丸みを帯びている手なのですが、スキル【料理】の補正で素早く、丁寧な仕事をする指先は、まるで魔法のようだと思います。
そうこうしてある間に、【青ササの葉】で綺麗に包まれたものが目の前に差し出されます。
「ほいさ、出来たよ【フライングクックの親子サンド】だ。食事効果は採取回数増加と素早さ増加・小だね。お代は長期滞在のおまけにしとくよ」
「ありがとうございます、行ってきます」
「はいな、行ってらっしゃい」
サンドされたたまごは言わずもがなハムは鶏胸肉を使った鶏ハムで、その両方がフライングクックのものであるために、ただのたまごハムサンドではなくオリジナルレシピになっています。そのためか食事効果が増えていますね。手軽に食べられる食事としてはとてもいい部類に入る食事効果ですし、女将さんの料理は全部が全部美味しいので純粋に嬉しいです。
サンドイッチの包みを受け取り、女将さんに見送られながら宿屋を出ると、真正面に白亜の塔とその真上に浮かぶ大きな乳白色の結晶が見えます。マシロの町のシンボルである【真白の結晶塔】です。塔と名がついていますが、今は中には入れません。乳白色の結晶は、町へのモンスターの侵入を防ぐ結界を永続的に張り続ける魔導装置でもあります。所謂超古代遺物であるため、その仕組みは解明されていません……と言う設定になっています。
まぁ、何を言いたいかというと、その塔から真東の方角にこの宿屋があると言うことなのです。
私が行くべきフィールドは、このマシロの町の東側に広がる森林フィールド【ミロクの森】です。というわけで、塔に背を向け、宿にも背を向けて、塔と東門を繋ぐ東大通を、町を囲む石造りの外壁へ向けて歩きます。
町の東は宿屋街です。ピンからキリまでの宿屋が集まっています。また、表通りから数本奥に入ると、きれいなお姉さんやかっこいいお兄さんがいっぱいいますから、入り浸るプレイヤーの方も出そうですね、と言うか統計でβ、γともに入り浸っていた人が若干名いたことがわかっています。
また話がずれてしまいました。
そんなことを言っている間に東門に着いてしまいました。
マシロの町は結界塔を中心としたほぼ正円形です。塔から東西南北方向に四本の大通が、東門、西門、南門、北門へそれぞれ繋がっています。
フィールドの難易度としては西の草原フィールド【ツキミの丘】が一番低く、次いで第二の町への街道がある南の荒野フィールド【ネッフーサの荒地】、次にモンスターの強さは西とほぼ同じですが見通しの悪さから私がこれから行く東の森林フィールド【ミロクの森】、そして隔絶した難易度の北は絶壁と言っても過言では無い山岳フィールド【フトウの山脈】です。
門の解放や通行者を管理する門番AIに狩人組合の証明タグを見せ、観音開きの大扉の右扉にある人の出入り用小扉を開けてもらいます。扉を潜ると同時に結晶塔が作る結界をすり抜ける感覚は、風に頬を撫でられるような、少しだけくすぐったい感覚です。
後ろで小扉が閉まる音を聞くと同時に視線を目の前に向ければ三十メートル四方程の草原の広場、その先には鬱蒼と生い茂る森が広がります。結界で遮断された街中の音は全く聞こえません。代わって鼓膜を揺らすのは鳥の声、獣の声、風が木々を揺らす音。体が期待で粟立つのがわかります。
さて、採取にいそしみましょうか。