1頁 初日から、緊急指名依頼受諾
「薬草五個、回復薬三個、ポーション二個ください」
「はい、2150yになります」
薬草は一つ50yでHPを30ポイント回復、回復薬は一つ300yでHPの30%回復、ポーションは一つ500yでMPを30ポイント回復。全てがE品質の回復アイテムであり、最初の町であるここ、マシロの町で現在の時点で買える回復アイテムの全てでもあります。
旅人であるプレイヤーの方達が来ると同時に品薄になることが予測確定されていた為、大量に作成してストックされていますが、どうも、足りないようです。
ゲーム内を散策し日記をつけるべく動いていた私もゲームマスターにメールで呼び出され、ここに来ました。薬師組合の組合長はNPC用に作られたAIたる私の同僚であり同時期にプログラミングされた年の近い兄弟姉妹のようなものですから、放っては置けません。
「薬草十個で」
「はい、500yになります」
と言うか、考えている側から本当に飛ぶように売れていきます。会計係りが支払いを纏め、品出し係りの子達が競歩で注文されたアイテムを出すべく店内とアイテム棚を行ったり来たり。あ、一人が目を回して棚に掴まってます。……ふむ、これは、ちょっと、予想以上です。予測演算が得意なAIばかりなのですが、その予測を上回る人間の方々にはやはり驚かされます。
ああ、私が居るのは裏方の調剤室ですね。ドアに嵌め込まれた人の頭くらいの大きさのマジックミラーになっている小窓から店内を覗いていますが、売り子さん達の前には少なくない人数の行列が出来ています。
「このペースだと明日には品切れ確実だわ〜……【治草】も足りない、【癒草】も足りない、【元気草】も足りない、【ハチミツ】も足りない、【湧水】も足りない、ないない尽くしで笑えないわ〜」
薬草は材料の葉を紐で縛って纏めるだけなのですが、その紐をいじくりまわして薬草の作成が一つも進んでいない手元。半分いじけながら半分笑いながら机に突っ伏しているのが、薬師組合長です。マジックミラーになっているからと油断してダラダラにだらけています。売り子をやっている後輩AIやプレイヤーの方々には絶対に見せられない姿ですね。こんなのが組合長だなんて、と残念な目で見られることは目に見えています。
「口を動かす前に手を動かしてください。組合長なんですから、ほら、起きて」
「は〜い……でも、薬草はこの一束で材料無くなっちゃったし」
起き上がりながら手を動かし始めたのを確認して、材料が保管されている棚を見ますが、大分見窄らしい状態です。調剤レシピが無く調剤に使えない希少な材料が少しずつと、回復アイテムの材料が少しずつ。
調合材料が足りないことは事実なようですね。
「冒険者組合に依頼は出したんですか?」
「勿論、既に。だけど、この五種類はスキルの【鑑定】と【採取】がレベル10くらいにならないと難しいからねぇ……チラッ、チラッ」
わざとらしい視線を感じます。そうですね、今日始めたばかりのプレイヤーたる異邦人の方々が開始小一時間でそこまでスキルレベルが上がるはずもありません。攻略組の方々が突出し、採取系の方々がゆっくりのんびりまったりと進んでいくことも予測演算の結果で出ていますし。
あまり使いたくなかった手段を、初日から使わなくてはいけないことに、溜息しか出ません。
「野外活動に行けと、そう言うことですよね」
「え、野外活動行ってくれるの?本当に?わぁ〜い、ありがとうっ!!」
わざとらしく諸手を上げて喜ぶのは、乳鉢で擂り粉にされた薬草が舞うので止めて欲しいです。ああ、言わんこっちゃ無いですね、くしゃみを連発してます。
「白々しいのは嫌いです。行きたくなくなって来ましたね」
「ごめんなさい、お願いします、私フィールド用スキル皆無なの〜!ワイルドラットの体当たりで死に戻るの〜!」
《薬師組合長からの緊急指名依頼【私の代わりに野外活動】が発生しました》
《依頼を受けますか?》
《→はい》
《 いいえ》
本当は、異邦人さん向けの依頼です。が、開始暫くは店のストックや都市間の物流にプレイヤーの方々が気づかないと言うことも予測演算の結果で出ています。普通のゲームならお金さえあればカバンの容量も気にせずにいくらでも買い込めますからね。
ここでは、当然、出来ません。カバンには限界容量が存在しますし、今時点での一人当たりが買い込み可能な数は一回の買い物につきそれぞれ十個までです。何度も並んで買えばいいじゃない、と考えられるでしょうが、時を置かずに何度も買うと、まず店の異常客リストに載ります。そして、転売値を規定値以上に釣り上げると、晴れてブラックリスト入りです。ブラックリスト入りした際は、その組合加盟店ではお気をつけくださいね。
ちなみに、ここではNPCである私達も死に戻ります。死に戻りによるバッドステータスもプレイヤーの方々と同じです。
ああ、話がずれてしまいましたね。取り敢えず、依頼に対して《はい》を選択しましょう。
「それでは、行ってきます……が、帰ってくるまでに調合出来ないまで作られていない場合は、推して知るべし、ですからね」
「努力しま〜す」
これは、しませんね。目を合わせようともしません。しょうがありません、飴でも用意しましょうか。
「フライングクックでも一緒に狩ってこようかと思ったのですけどね……組合長は不要なようですね。唐揚げ、手羽先、串焼き、独り占めですね」
「誠心誠意、粉骨砕身努力します!」
敬礼は要りませんが、瞳に光が宿りましたね、これで大丈夫でしょう。
それでは、採取用にカバンを借りて、一度仮住いの宿に戻って、装備を変えて、回復アイテムを確認できたら……野外活動と洒落込みましょうかね。