22頁 初日から、カミングアウト ②
男が竪琴を爪弾いた途端に、近い席から波紋でも広げたように酒場の喧騒はそれまでのそれが嘘のように静まり返っていきます。……毎回こうなるのだから、もう流石としか言いようがないです。悔しいですが、それだけの腕前であるということなのでしょう。
「 風は招かん
彼方より旅人を
行けや、駈けろや
大地の果てへ
風は誘わん
彼方への旅路を
征けや、駆けろや
海原の果てへ
風は問わん
彼方から此方へ
往けや、翔けろや
天空の果てへ」
隣で口を開き詩を乗せれば、男に集まっていた視線が肌を撫でるように私の方に移ります。けれど、この感覚が嫌いになれない辺り、私にも注目されたい願望があるのかもしれませんね。……なんて冷静に分析できるのは、私の頭部をすっぽり覆っているベールのお陰でもあったりします。
「 大地の果てには何ぞ在る
海原の果てには何ぞ在る
天空の果てには何ぞ在る 」
【叢雲のベール】レアリティA カスタム
雲が幾重にも刺繍された純白のベール。装備者を様々なものから守り、隠す。
物理守備力+95
魔法守備力+130
髪留カスタム:幻霧龍の珠角
カスタム効果:鑑定阻害(確率超極大)
この装備自体が既に鑑定阻害アイテムなのですが……カスタムによる効果でさらに凶悪になってますから、鑑定による個人特定はほぼ不可能です。アイテム自体に対する鑑定は出来ますから、そこは少し注意が必要ですかね。ちなみに同じものを男も装備しています。ベールとアイテム名についてる時点で女性専用装備っぽい感じもしますが、そこは明記されていませんから、男でも装備できてしまうわけです。……どこからどう見てもペアルックですが、この際、致し方ありません。
開け放たれた店の扉。外から一人、また一人と空席も無いのに客がふらりと入ってくるのがベール越しに見えます。
それらを呼んだ一因となっていることに快感を覚えてしまってからは、この歌を披露することが、どうにも止められません。愉しさを覚えてしまったんですね。
「 招かれし旅人よ
未だ見ぬ獣道を歩め
誘われし旅人よ
未だ見ぬ波間を進め
問われし旅人よ
未だ見ぬ風雲を渡れ 」
掻き鳴らされる竪琴に乗った私の声が酒場を満たし、外へ溢れていく。気持ち良いと言う以外言葉がありません。
スキル【歌唱】……ここまで育てるのには本当に苦労しました。体を動かす系統は簡単に覚えられる傾向にあるんですがね……声帯も筋肉とか言われましたけど、なんて言うか全然違うんですよね。腹筋とかも必要でしたけど、本当に使い方が違うんですよ。
レベル1の頃なんてフクシキコキュウ、ナニソレオイシイノ状態でしたからね。あぁ、懐かしい。
そんなことを考えている間に竪琴の旋律は佳境、歌も終わりです。
「 嗚呼 嗚呼
不汚の命に
大いなる風の祝福を
嗚呼 嗚呼
不浄の命に
大いなる風の災厄を 」
まぁ、今考えると当たり障りのない内容でした。この内容で、風の精霊王が街中にいるなんて気付くような考えに行きたく人はいないでしょう。逆に思考回路を覗かせて頂きたいですね。
最後の小節が終わります。静かに、けれど余韻を残すように。
静まり帰った酒場で、最初に音を発したのは女将さんの拍手でした。つられるようにあちらこちらから拍手が起こり、足元に置かれた箱にお捻りが飛んで来ます。飛ばしているのは、まぁ、殆どがNPCですね。おや、異邦人の方も飛ばしてくれたようです。ふむ、飛ばし方がわからなかったみたいですね。
取り敢えず、女将さんからのミッションはコンプリートしましたから、お辞儀をして素早く退散しましょう。後はこの男……王だけでもどうにかなるはずです。ってか、私よりも【歌唱】のレベルは高いはずなんです。私なんかが歌うよりもお捻りが沢山飛んでくるとこでしょう。
職業【吟遊詩人】は、スキル【演奏】【歌唱】を持たないとなれません。さらにそこに【会話術】とか【情報収集】とかが付随してようやく組合内でのランクが上がって行くはずなんです。が、この王様は……やめておきましょう。何だか考えてるだけで自分が惨めになってきました。
一礼してそのまま後退り、酒場のフロアに比べて暗くなっている階段の方へと退散します。えぇ、一曲の約束でしたもの。女将さんの残念そうな顔がチラと見えてしまいましたが、約束は約束です。部屋に残している雛が心配ですしね。
「 風の王を探せ
愛し子を捜せ 」
アンコールが起こったフロアに、王が再び歌いだします。
って、いや、待って、王様、自分で自分の首締めてどうするんですか。自分のこと探せって自分で歌うなん……あれ?
「 鍵となりしは風の王
錠となりしは王の愛し子 」
……ちょっと、それ、私も含まれてませんかね。今までと歌詞が大分違うんですが? 隠してたってことですか? 私にも?
「 目覚むるは
白亜の巨塔
目醒むるは
真白き女王 」
あ、ダメだこりゃ。数人しかいなかった異邦人さんの指がテーブルの上でブラインドタッチを始めてます。あれはチャットか掲示板に書き込んでますね。
「 不汚なる者よ
ただ仰ぎ見よ
風の王の祝福やあれ
真白き女王の福音やあれ」
広過ぎず狭過ぎない酒場の中を風が巡りだしています。風精霊が王の歌声に釣られて集まってしまってます。まだそよ風程度ですから、不審がられてはいないようですが……
「 汚浄なる者よ
ただ恐れ見よ
風の王の災厄やあれ
真白き女王の呪言やあれ」
何人かいた異邦人の一人が精霊から小さく攻撃を受けています。風に乗ったものがぶつかっています。葉っぱとか、砂とか。地味に痛そうです。あ、砂が目に入っちゃったみたいです。
「 全ての因は
風が云う侭伝う侭
全ての果は
女王が聞く侭思う侭 」
犯罪に当たる何かをしたんでしょう。風精霊に見られず聞かれない場所などあり得ないのですから。犯罪をするしないも、この世界は《自由》ですが、それに対する報復が無いとは誰も言っていないのです。
「 風を仰げよ
風を恐れよ
全ては
風が言う侭語る侭
女王が聴く侭憶う侭 」
この街、AIの知り合いが多くて結構気に入っていたんですがね……。
致し方ありません。明日にでも、次の街に行きましょうか。
ですが……その前に何件か仕事が溜まっている筈です。こなしてしまいましょう、そうしましょう。




