17頁 初日から、少年に軟派されました
滑り込みセーフでした。
お肉屋さんの女将さんが、看板を持ち上げようとしていたところでした。
雛のことを話したら、快諾してくれました。ありがたやありがたや。売れ残りの魔物肉がやっぱりあって、全ての種類を適度に買えました。これでしばらくは雛の食事に事欠かないでしょう。そして、クックも捌いて貰えました。勿論、支払いには色をつけましたよ。閉店ギリギリだったところに、時間のかかる解体を頼んだんですから。本当に、ありがたかったです。
さて、南から東の宿に戻るのに近道をしようかどうしようか迷ってしまいますね。あの人ゴミの中に戻りたくはないのですが、この南の大通りから東の大通りに向かう裏路地、このマシロの町の南東は…………その……色町街なんですよね、女性向けの。男性向けは北東の奥にあります。さっき屋根を走って来た裏路地のさらに奥ですね。
男性向けなら、まだ歩けるんですよ。まぁ、酔っ払いを回避すれば良いだけですから。ですが、女性向けは……私も一応女ですからね、客引きに捕まる率が高くなるわけです。そして、さらなる問題は、その町が、男性向けに比べて異常に広いと言うことです。女性向けの色町を担当したGMが、男性向けの色町を担当したGMよりもガチで力をいれまくった結果らしいです。男性向けの方は裏路地を二本入ったところで辿り着くような辺りにはありませんが、女性向けの方は、二本入るともうぶち当たります。カッコいいお兄さんが接客する食堂とか、可愛い男の子が接客するアクセサリーショップとか、渋いおじさまが接客する喫茶店とか、そんなレベルですけどね。
知らずに入った時のあの居たたまれなさは、異常です。キラキラしたお兄さんに、お帰りなさいませと言われた時は……好きな人には申し訳ないんですが、ゾワっとしました。回れ右して退散しましたけどね。そう思うと渋いおじさまの喫茶店の方がまだ行けます……あの感じは落ち着きます。コーヒーも美味しかったですし値段も普通ですし、ずっと入り浸れます。また行こうかな、なんて思ってしまう私は、深い沼に片足突っ込んでる感じが否めません。……無駄な出費は避けるべきです。コーヒーは捨て難いですが……。
「やっぱり、凄い人ゴミですね……」
帰ってきました、環状広場。真白の塔は相変わらず聳え立っています。塔の周りは噴水がぐるりと囲んでいて、塔への橋などはありません。ちょうど18時になった噴水が始まりました。ちょっと見ていきましょうか。人ゴミを泳いで噴水まで歩み寄ります。噴水は朝の7時から夜の21時まで、一日15回一時間に一回吹き出します。やっぱり、何度見ても綺麗ですね。夕焼けに染まる水しぶきが、次々と上がります。噴水を囲む街灯が点灯して行く様と相まって、夜が来るのだと教えてくれます。
『ピピィイ……』
「貴方も綺麗だと思いますか?」
『ピッ!』
「……やっぱり、私の言葉、わかってますよね?」
『ピ、ピィッ……?』
「可愛く鳴いても、もう誤魔化されませんからね。宿に戻ったら、きっちりかっちり話し合いましょうね」
『ピ……』
落ち込む様は、人間味があり過ぎです。鳥用のAIではなく別のAIが入ってたりしませんかね。
あ、噴水が終わってしまいました。残念ですが、帰りましょう。露店から美味しそうな匂いが漂って来るせいか、酷くお腹が減ってきました。
夕日があっち、と言うことは、東はあっちですね。さぁ、宿屋に帰りましょう。
「お姉さん、僕のお店でアクセサリー買っていかない?」
少年と言うには大きく、青年と言うには若すぎる男の子に見える存在が、目の前に立ちはだかります。白銀のサラサラストレートショートヘアに灰銀の瞳の美しい男の子です。身長は、私の胸辺りでしょうか。
「……アクセサリーは間に合ってます」
「ん? なんだ、ミシャか〜……いつもと装備が違うから異邦人の子かと思ったよ」
ミシャ、と言うのは私のあだ名みたいなものです。アルテミシアが長いから嫌だとか言って……全ての女の子にあだ名をつけていそうな軽薄さだったことしか覚えていませんよ、えぇ。
私とわかった途端に、男の子のよそ行きの笑顔が気の抜けたそれに早変わりしまふ。ですが、この容姿に惑わされてはいけません、えぇ、手痛い経験済みですよ。これこそ天使の罠と言って過言では無いでしょう。
「女と見ると見境無く呼び止めるのは、どうにかならないんですか?」
「そう言うアルバイトだからね。仕事なんだから、仕方ないでしょう?」
先程挙げた、色町の入り口辺りにあるアクセサリーショップの店員です。そして、少年とも青年とも言えない年齢に見えますが、このヒトは列記とした成人男性……と、言って良いのかわかりません。
「因みに、先程18時の噴水が終わりましたが、時間外手当は出るんですか?」
「なんだ、今日のアルバイト終わり〜!」
背伸びをしたかと思うと私の腕に絡んできます。セクハラコールは、鳴りませんね……いや、今鳴られたら、私の方が疑わしい感じになってしまうんですかね……くそぅ。
「……店に戻らないんですか?」
「僕は現地解散です。信頼って大事だよね。と言うわけで、ご飯行こう!」
「私が青少年誘拐の疑いで通報されてしまいますので、遠慮します」
どこからどう見ても見目麗しい男の子を侍らせる怪しい大女にしか見えません。全力で遠慮させて頂きたいと思います。腕を引き抜くべく、少年の腕に手をかけます。
「じゃあ、これで良い?」
一陣の風が沸き起こり、目を開けていられず閉じてしまいます。風が収まり、目を開けると、そこには私よりも長身の男性しかいませんでした。
ゆるく編まれた白銀色の三つ編みは左肩から前に垂れ美しい透かし彫りの金細工でとめられていて、見下ろして来るのは灰銀の瞳。美しい顔は、完全なる左右対称で。布を帯で止めただけの簡単な構造でありながら不思議と品良く見える衣を纏い、手には装飾の見事な竪琴が見えます。
「いつもの宿屋でしょう? 僕が弾きに行ったら、有り難がられると思うんだけどな」
「…………」
「ミシャ?」
……まさか、天下の往来ですよ、ここ。公衆の面前で、何してくれてるんですか、このヒトは。いえ、それよりも、人ってあまりにも驚くと、言葉も発せず体も固まるんですね、知りませんでした。
目の前でひらひらと振られる男の手に、やっと我に帰ると恐る恐る辺りを見渡して見ます。プレイヤーたる異邦人の方々が目を丸くしながら、私に絡む男性を見つめています。さらによく見るとその手は忙しなくブラインドタッチしています。……これは、嫌な予感しかしませんよ? 私だって掲示板は閲覧するんですからね?
「三十六計逃げるに如かず、ですっ!」
「うぉあっ!?」
後ろから変な声がしましたが、構ってられません。腕は掴まれたままです。引きずってでも、逃げますよ。
取り敢えず、宿屋に逃げましょう。
それ以外、今の私には思い付きません!
略名の記述をあだ名に変更し、他の略名を削除しました。