14頁 初日から、緊急指名依頼報告
見覚えの無い部屋です……と言うのは冗談です。
帰還石を使って帰還した際に現れる先である、魔導具組合にある帰還室です。マシロの町の場合は、真っ白な石造りの部屋です。偶然ではなく、わざと同じ色の壁にしています。帰った先がどこか直ぐに分かりますからね。足元には帰還石を発動させた時に発現する魔法陣と同じものが、受け口と言うか吐き口として常時稼働しています。無事に、マシロの町に到着したわけです。
原理としては、体を原子レベルくらいまで分解し、別の場所で再構築する、みたいな感じです。大雑把なニュアンスのみでお送りしております。プログラムデータである存在としては気持ち悪いことこの上ありません。基本が生物であるプレイヤーの方々がどう感じるかはわかりませんがね。
さて、魔導具組合は組合が軒を連ねる北の大通に面しています。薬師組合とは道を隔てたお向かいさんです。時間はまだ17時を少し過ぎたくらいです。これなら楽勝ですね。
この部屋は地下にあります。扉は無く、直ぐに上昇階段が見える入口があるのみです。
その入り口の直ぐそばに魔法陣維持の為に組合員がいるのですが……完全に寝てますね。穏やかな寝顔で天を仰いでいます。あ、ヨダレ。大物ですね。魔導具組合の制服であるローブの胸元には組合のマークと名前が刺繍されています。顔もバッチリ覚えました。魔導具組合長に報告しておきますね。来月の給与をお楽しみに。
ロウソクの灯りしかない暗い階段を上がって、上がりきった先の木の扉を開けると、暗闇に慣れた目には眩しすぎる光が溢れます。少し赤みを帯びているのは、夕刻だからですね。
帰還石は各色一つずつしか持てないので、今買い直しておきましょう。売り場は混んでいません、と言うか誰も並んでいません。……まぁ、値段が平均的に高い魔導具を初日から買う強者は早々いないでしょう。
「帰還石を一個お願いします」
「はい、3000yになります」
「一括引き落としでお願いします」
「組合員証の提示をお願いします」
胸元から組合員証を取り出します。証と言っても所謂ドッグタグです。組合員になると口座が作れるんです。現金もありますが、現金で払うにはメニューパネル操作をしなければなりません。それをせずに済む口座引き落としの方が断然楽です。
取り出した組合員証に、売り子さんが読み取り機を触れさせます。バーコードの読み取りと言うよりはICチップを読み取る様な感じです。甲高い電子音が一回『ピッ』と鳴って、決済完了の文字が読み取り機の上に現れます。これで終わりです。
「こちらが帰還石です。使用方ほ」
「使用経験済みです、ありがとう」
差し出された白い帰還石を受け取ると、説明をしようとする売り子さんの言葉を遮って踵を返す様に大通へ続く扉に向かいます。私が帰還室から出て来たのを見てなかったんですかね。もう少し臨機応変な思考回路を持たないとダメですね。冷たい対応に見えるかもしれません。事実、冷たく対応していますからね。プレイヤーの方々には確実にもっと冷たい方もいるでしょう。売り子ならば、慣れなければなりませんからね。ですが、まぁ、一言返す辺りまだ冷たくなりきれていないでしょうかね。難しいですね、人間って。
そんなことを考えている内に魔導具組合を背に大通りを渡り、戻って来ました薬師組合。時間は、もう直ぐ17時半と言ったところでしょうか。結構余裕でしたかね。
売り場に列はありません。プレイヤーの爆買いは落ち着いたみたいですね。それとも、薬が売り切れてしまったんでしょうか。しかし完売なら表に看板が下がるはずですから、それは無いでしょう。
「組合長に取り次ぎをお願いします。アルテミシアが戻ったと伝えてもらえれば通じます。
もしも逃げようとしたら首根っこひっ捕まえて、絶対に逃さないでください」
「畏まりました」
売り子の中で一番しっかりしていそうな一人に取り次ぎを依頼して……さて、今日は使っていませんが、念のため私も薬をいくつか買い足しておきましょうか。別の売り子の前に向かいます。と言っても隣ですからたったの二歩ですが。
「薬草と回復薬とポーションはまだありますか?」
「はい、ございます」
「薬草を五個と、回復薬とポーションを……そうですね……それぞれ十個ずつお願いします」
「薬草を五個と回復薬とポーションを十個ずつですね。合計で8250yになります」
「一括引き落としで」
「組合員証の提示を……失礼して、読み取らせて頂きますね」
装備の内側に戻していなかった組合員証を見つけたのか、胸元に読み取り機を近づけて来ます。まぁ、女同士ですし、あんまり気にしません。
『ピッ』
今、読み取り完了の電子音が何かダブって聞こえたような……。
『ピィピィッ』
組合員証を出した際に寛げたままになっていた装備の胸元から、雛が顔を出して来ました。完全に乾ききった産毛が真っ白ふわもこです。見上げてくる顔がどこか不服げに見えるのは、私の気のせいでしょうか。取り敢えず頭を撫で……突かれました。そのままはむはむと咥えられてしまいました。かじかじされています。痛く無いですけどね。不機嫌そうなのに、可愛い。
「薬草、回復薬、ポーションになります」
「ありがとう」
品出し係が戻って来て、目の前のテーブルに品物が置かれます。薬草は五個、回復薬とポーションはきちんと十本ずつあります。片手は雛にかじられたままなので、もう片方の手だけで自分の鞄に詰め込みます。薬草は重ねて。液体の方は全て試験管に入ってしっかりとコルク栓がされていますから、横にしても漏れたりしません。ちなみに、回復薬が薄い緑、ポーションは薄い青です。色が濃くなるにつれて効果は上がっていきます。それに比例して味は不味くなっていきます。かけても飲んでも効果は同じですが……あんまり飲みたくはありませんね。ですが、瓶は再利用可能ですし下取りも出来るので……いつも苦渋の選択です。
「残業はいやだぁ!!」
調合室から悲鳴が漏れ聞こえて来ました。自分で時間指定しておいて何言ってるんですかね、あの人は。って言うか、後輩AIの前で何してるんですかね。同期として恥ずかしいんですが。
「アルテミシア様、どうぞお入りください」
取り次ぎを頼んだ売り子さんがカウンターの一部を開けてくれました。あ、ここ開くんですね。いつもは裏口を使ってましたから知りませんでした。
と言うか、戻って来た売り子さんがすごい嬉しそうな笑顔です。何かしましたかね。
「依頼達成ありがとうございました。組合長の仕事が何も無かったので……とても困っていたんです」
「あー……どういたしまして?」
あのダラッダラな組合長に、売り子はさせられませんね。かと言って品出しは……瓶とか落として割りそうです。書類の決済とかは、月末じゃありませんから多くは無いでしょうし……調合以外、本当に用無しですね。
取り敢えず、依頼達成報告と参りましょう。
……指かじかじは、まだ続くみたいです。