13頁 初日から、鷲と……蓮?
遠かった……とりあえず、最終目的地である湧水の池まで辿り着きました。時間制限を感じると、慣れた道でも距離が違って感じられます。しかし、水を汲んで、ゆっくり帰れる時間の余裕はできました。
池は岩場と木々に囲まれた静かな場所にあります。獣や鳥の声はあまり聞こえません。どれほど静かかと言えば、池の底から湧き出る水の音が聞こえるくらい、と言えば通じるでしょうか。池は直径10メートルくらいの円形です。その池を占領しているのは、蓮です。
大きな白い蓮の花が繁る葉の中から突き出し、空に向かって何本も咲き誇っています。そう言えば……鑑定したこと、ありませんでしたね。
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【聖雲蓮】レアリティB
非常に綺麗な水でしか生息できない蓮。早春から晩春にかけて花を咲かせる。蓮の種類にしては珍しく花から神聖属性の魔力を含んだ蜜が大量に採取できる。
花の蜜ですか。種類によっては美味しいものもありますよね。ハチミツとは違ってサラサラでさっぱりした甘みが好きです。折角ですから、採取していきましょう。この池は水棲の魔物も居ませんし、深さも膝くらいまでですから。
鞄からベルトポーチに空の瓶を移して、身一つで入ってしまいます。流石、湧き水は冷たいです。瓶に水を採取しながら蓮が生える池の中央まで歩きます。
《指定アイテムが指定数を超えました》
《緊急指名依頼【私の代わりに野外活動】の目標を達成しました》
《緊急指名依頼【私の代わりに野外活動】の報告が可能になりました》
《達成期限までに依頼主に報告してください》
「……近くで見ると、大きいんですね」
花は私の顔くらいのサイズでした。幾重にも重なった花びらは純白と呼ぶに相応しい白で、魔力を帯びているのか微かに輝いています。葉の方は新緑と呼ぶにふさわしい濃くもなく薄くも無い緑。茎がしっかりしていますから、傘に出来そうですね。蓮を観察しながらも水の採取は続け、ようやく蓮の採取に入ります。
花の位置は私の頭より少し上。ポーチから採取用のナイフを取り出し、花をしっかり持って支えながら花の少し下の茎を切ります。色々な物を切ったり削ったりしてきたナイフです。その度に洗ったり研いだり手入れしていますが、水に浸して何かあっても困りますからね。ちなみに装備は洗浄済みです。湧水が血で汚れてしまっては採取できませんから。
「けっこう、重い」
茎の支えを失った花の重さが手に伝わります。花の重さと言うよりは、蜜の重さです。頭上から降ろして覗き込むとそこには透明な大量の液体が今にもこぼれ落ちそうなほどに揺れています。少し粘性があるようで、揺れ方が穏やかです。花の中心には種を実らせるであろう花芯がありますが、まだ種はできていないみたいですね。
取り敢えず、零さないように注意しながら岸に戻ります。花の蜜を入れる分の瓶まではポーチに入れていません。ポーチがそこまで大きくありませんからね、鞄から出さないと。
木陰に置いておいた鞄の傍に腰かけて蜜を瓶に詰めていきます。一体何本分になるんでしょうか。……五本詰めた時点でまだ花の中でタプタプ言ってます。先は長そうです。
『キョ、キョッキョッキョッ』
空から甲高い鳴き声が降ってきます。これは、今一番聞きたく無かった声です。遭遇しないために、鞄を素早く背負って花とともに茂みの中に身を潜めます。スキル【隠蔽】と【気配遮断】が、効いてくれると嬉しいんですが、どうでしょうか。
『ッキョ、キョッキョッ』
警戒の声ではありません。普通の鳴き声のままです。声が先程よりも大きく聞こえます。とりあえず、このまましばらく気配を殺しておきましょう。死にたくはありません。
時をおかずに、鳥の羽撃きが聞こえてきました。フライングクックの羽撃きとは異なり、非常に静かです。無駄なく羽撃いている証拠です。茂みの葉の隙間から、空を見上げれは、鳥が一羽、円を描くように飛び回っています。かと思えば翼を畳んで一気に滑空して来ました。典型的な猛禽類の狩猟動作です。しかし、狙いは私ではないようです。池、ですね。池には魚もいないのですが。
攫って行かれたのは、まだ咲いていない青い蕾でした。肉食の猛禽類が、何故、花……。
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【聖雲鷲】★★★★★★★
微かに輝く美しい純白の羽を持つ鳥型肉食系魔物。雲に紛れて超高高度の空を飛び、重力と気流を利用して一気に滑空し獲物を的確に捕らえる特攻機であり、風嵐・氷雪・雷電の魔法を雲に紛れたまま降らせて来る爆撃機。聖光魔法で戦闘中の魔物を辻ヒールする。青雲鷲の稀少種。
青雲鷲は星五つでしたから、星が二つも違いますね……稀少種、だからですかね。聖雲鷲に聖雲蓮、両方ともに神聖属性持ちと、関連を疑わずにはいられませんね。これも要検証でしょうか。花が、何かのキーになっていそうではありますが……とりあえず、あんな恐ろしい存在が現れる場所に長居は無用です。戦闘なんてもってのほかです。飛行系とは相性が悪すぎます。私の弓のスキルはそこまで高くありません。そして、ここまで多く採取したのに死に戻りなんて勿体無いことはできません。蜜を詰め終えたらずらかりましょう。逃げるが勝ちです。何事も、命あっての物種ですからね。気付かれてはいませんし、戦闘になる可能性は低そうですが。
「こんな時こそ、帰還石ですね」
アイテム【帰還石(白)】はその名の通り、帰還するための石です。この世界の町や村は全て何かしらの色がその名に入っています。その色は被ることなく使われていますから、色でどの町や村か判断できるわけです。この石は白ですから、マシロの町へ帰れる帰還石になります。石と呼んでいますが、正確には魔石と言うか……魔導具の類になりますかね。大きな町なら魔導具組合で大抵売っています。結構高い上に一回こっきりの使い捨てですから、そう頻繁には使えませんが、緊急退避用として一個持っていれば心に余裕が出来るアイテムです。
使い方は簡単です。足元近くに叩きつけるだけです。叩きつけた場所を中心にアイテムの名にある色の光で魔法陣が展開、その魔法陣内に入っていれば帰還地点まで帰ることができます。ちなみに、使用者本人にしか効果はありませんから、人が発生させた魔法陣に入っても意味はありません。
「さぁ、あの人の悔しがる顔を見に帰りましょう」
弓矢と採取用鞄を背負い、胸元の雛の無事を装備越しに確認して。……はい、忘れ物は無いようです。
さぁ、帰りましょう。
マシロの町へ。