11頁 初日から、うっかりミス注意報
「さすがに冷たいですね」
『ガウ』
『ガマン スル
チマミレ ヨクナイ』
インナー姿でともえさんと水浴びです。私のインナーは白地に緑のペイズリー柄の刺繍が施されたチューブトップと、同じ柄のボクサーパンツの組み合わせです。水着に見えるような物を選んでいます。断っておきますが、露出狂ではありませんからね。
しかし寒いです。この世界ガイアには四季があります。今は春。平地の雪が融け消えて間も無い時期です。フトウの山脈はまだ雪を被ったままで、ミロクの森深域にはその雪で冷やされた風が吹き下ろします。スキル【耐寒】を持っていても非常に寒いです。ですが、ともえさんの毛並に触れられるわけですから、頑張ります。
水を頭から豪快に被るともえさんの毛を手で梳きます。固まった血はけっこう落としにくいのです。ここまでリアルにしなくても良いと思うのですがね。仕様ですから、仕方ありませんね。
「こんな感じどうでしょうか」
『ウン キレイ』
樹精霊の彼から合格のお言葉を頂きましたので、次は自分です。……戦闘用の装備なら目深に被るフードがついていますからそれで血を避けられるのですが、今日は採取用の装備でしたからね……髪が大変なことになってしまっています。血でガチガチです。ちなみに私は背中の中程辺りまである白髪です。銀色とか白金色とか灰色などではありません。色素が全く無い、老人と同じ白髪です。何が言いたいかと言えば、色がつくと非常に落ちにくいんです。
肌についた血はともえさんとの水浴びで落とせましたので、取り敢えず岸に上がって髪だけ洗い続けます。卵と雛は畳んだ装備の中、その隣にはフライングクックが積まれています。たまに振り返って確認しないと食べられ……
「ともえさん……食べないでくださいね」
『ウゥ?』
「そんな顔しても、ダメです」
可愛らしく首を傾げられても、ダメなものはダメです。
振り返った瞬間に私の視界に映ったのは、鼻先を雌の方に近付けて口を開け、今にもかぶりつこうとしていたともえさんでした。非常に危ないところでした。もう間一髪でした。
まだ完全に洗い終えていませんが、ともえさんが油断なりません。やめましょう。そうしましょう。
脱ぎ置いていた装備の元に戻り、着直していきます。布で包んでいた卵と雛も無事のようです。再び装備の胸元へ埋め込みます。雛は変わらず擦り寄ってきます。そろそろ目が開いても良い頃合いなんですがね。まだ開いてないみたいですね。そして、フライングクックを食べ損ねたともえさんの視線が痛いです。
「卵と雌は上げられません。雄の方なら、羽根を毟ったあとで差し上げますが?」
『……グルル』
雄の方は要らないようです。そっぽを向いて樹精霊の彼の元に戻って行きました。……食べるのも嫌なくらい硬い肉だってことなんですかね。ちょっと気になりますが、触らぬ何かに何とやらです、気にしないことにしましょう。
さて、あと、依頼達成に必要なのは……何でしたっけ。そう言えば、依頼の達成条件を見ていませんでした。これはうっかり。今更ですが、確認して見ましょう。多分、あの時に薬師組合長が言っていた素材だけだと思うんですが……
緊急指名依頼【私の代わりに野外活動】
達成条件:【癒草】【治草】【元気草】【湧水】【ハチミツ】品質C以上をそれぞれ30以上、依頼主に渡す。
達成期限:薬師組合長の勤務終了時間(18時00分)まで
勤務終了時間まで、ですか……間に合わなかったら直帰するつもりですね。もしかしなくとも、絶対にそうです。これは、是が非でも達成して、残業させてやりましょう。いやぁ、これは俄然やる気が出てきました。
三種類の草は全て達成済みですから、あとは【湧水】と【ハチミツ】ですね。この流れで【湧水】を調達してしまいましょう。
「このまま湧水の池まで行きますが、どうしますか?」
『リョウイキ モドル
アシタ ハナ ミニ キテ』
「わかりました。明日、また伺いますね」
『バイバイ』
再びともえさんに跨って、一人(?)と一頭が遠ざかっていきます。彼は地中で絡み合う木々の根を通じて森林内を移動できるはずなんですが……小さな背中が楽しげに揺れています。ともえさんに乗って移動することに楽しさでも感じたんですかね。その内スキル【騎乗】とか覚えそうですね。
楽しげな背中が見えなくなるまで見送ると、上流を目指して歩き出します。【湧水】はこの川の源流でないと採取できない水になります。フトウの山脈に近い辺りまで行かなくてはいけませんから、モンスターも少しずつ強くなっていきます。気を引き締めましょう。装備は当然【古代樹精霊の狩猟弓】です。
ついでに蜂の巣も探さないといけません。この時期の蜂は越冬を終えたばかりで、蜂の巣から取れる【ハチミツ】の量も少ないのですが……蜂の巣がある大体の位置は目星がついています。総当たりです。
帰る時間も勘案しなければいけません。歩いて行くには、池まで少し距離があります。
歩いてたら日が暮れてしまいますね。
走りましょう。そうしましょう。