10頁 初日から、鶏は鷲を生むか
『コケーッ!!』
フライングクックは、まぁ、ぶっちゃけて言えば、猛禽類のような機動性、小鳥のようなが俊敏性がありません。例えて言うなら白鳥のようにほぼ直線的な飛行になるわけです。と言うわけで、漣を鞘に戻すと、真っ直ぐ飛んでくる雄の蹴爪攻撃をまず左小手でブロックします。
『コケコココ、コケェエエッ!』
その私の小手に留まると今度は嘴による乱れ突き攻撃です。ですが、いかんせんサイズが鶏ですからね……私が腕を思い切り伸ばしてしまえば、顔や首などの急所に届くことはありません。さて、これからどうしましょうか……そこが悩みどころなのですが……
『ピィ……ピッピィ』
考えている間にも懐の卵はどんどん孵化が進んでいるようで、殻から抜け出た雛のしっとりと濡れた羽毛が肌を擦って……これは辛抱堪りません。ダメージ覚悟で行きましょう、そうしましょう。
『コケェ!!』
鋭く突き出された首を下からタイミングを計って捕まえます。首を掴んだ右腕を蹴るべく左腕から脚が離れます。右腕へ蹴り出された両脚を確実に捕まえるために蹴りが入った瞬間を狙って自由になった左手で捕まえます。
首と脚さえ捕まえてしまえば、フライングクックとして自由になるのは翼だけですから、勝負はついたようなものでしょう。
ですが、最後の蹴爪攻撃でHPが幾分削られてしまったようです。暴れるフライングクックの翼に叩かれることでも、微々たるものではありますが減って行きます。
「あなたも、おやすみなさい」
『クキョッ』
無駄なHP消費はやはり控えるべきですね。雌と同様、首を捻じ折って締めてしまいます。雌もそうでしたが、首を折るたび変な声を上げるのは、何なんでしょうかね。不思議ですね。
HPが削りきられた雄を、雌を縛ったロープの反対側に結びつけます。枝を降りながら、最後はどうやって降りようか悩んでしまいます。ロープには二羽が結ばれていますし。
しょうがありません、奥の手です。
「「「「「エアシールド」」」」」
強い空気抵抗を引き起こす空気の塊を作り防御のための障壁とする風嵐魔法【エアシールド】です。【詠唱破棄】は取得出来ていませんから、大分間抜けな詠唱になってしまいますが。取り敢えず地上から樹上に向けて【重複詠唱】で五個重ねて作り上げ、そこに飛び込むように飛び降ります。本来は敵の接近を拒む障壁として使う魔法であり、ダメージ判定もある程度ありますが。今回は落下速度を強い空気抵抗で落とそうと言うわけです。このガイアの世界にフレンドリーファイアはありませんから、私自身にダメージが入ることはありません。が、万が一雛や卵にダメージが入っては堪りませんから、腕を胸元でクロスさせてがっちりしっかりガードします。
「いて、て、て、て、て……っと」
エアシールドを抜ける際の空気抵抗による痛みが顔面に計五回。痛みがあるだけでダメージはありませんけど。痛いものは痛いです。
落下ダメージも無く、無事地面に降り立てました。良かった良かった……と思いましたが、何故か樹精霊の彼に睨まれてしまいました。何かしましたかね、私。
『ツル ダセル ノニ』
「そこまで、貴方の世話になれませんよ。薬草だけでも、大分お世話になっていますからね」
『イジッパリ』
「そう言うことにしておいてください」
彼としては木に蔓を這わせ生やし、私の降下を手伝えたと言うことでしょう。気持ちはとてもありがたいですが、ここは彼の領域外ですからね。無理矢理生やした蔓がその後どうなるか、全く予想できません。蔓科の植物は、木を締め付けて殺してしまうものだってありますからね。不確定要素は増やさないに限ります。
さて、雛はどうなったでしょうか。先程のエアシールドでのダメージが無かったか心配です。
『ピィ、ピィ』
「…………」
大事無いようです。まだ目は開いていません。さっき孵ったばかりですから当然ですね。孵ったばかりの雛特有の湿った羽毛が小さな体に張り付いています。とても小さいです。とても可愛いです。頭が座らずフラフラと揺れています。コテっと私の胸に倒れこむと小さな翼でぴたぴたと叩いてきます。悶え死にしそうです。濡れそぼった羽毛は、白ですね……フライングクックの雛ではないようです。フライングクックの雛の羽毛は薄い黄色ですからね。
何の雛なんでしょうか……教えて【鑑定】先生。
!NEW!
【青雲鷲の雛】
フトウの山脈からミロクの森の深域にかけて生息する鳥型肉食系魔物【青雲鷲】の雛。綿雲のようにふわふわでコロコロした姿だが、成熟すると薄く青みがかった白色の美しい鳥となる。
刷り込み前の個体は魔物使いや鳥使いの間では非常に高値で取引される。
成鳥となる際抜け落ちる羽毛はコレクターや様々な生産者達の間で非常に高値で取引される。
!NEW!
【青雲鷲】★★★★★
薄く青みがかった白色の美しい羽を持つ鳥型肉食系魔物。雲に紛れて超高高度の空を飛び、重力と気流を利用して一気に滑空し獲物を的確に捕らえる特攻機であり、風・氷雪・雷電の魔法を雲に紛れたまま降らせて来る爆撃機。フトウの山脈登山の関門の一つ。
茶色の羽を持つ雑食性の亜種が存在しミロクの森深域に生息するが、森の生態系を崩壊させてしまうことから懸賞金付きの討伐対象。討伐証明部位は茶色の風切羽。
【飛翔鶏の卵】孵化まで一・二日
茶色の羽をした鳥型雑食系魔物【飛翔鶏】の卵。成熟すると空飛ぶ茶色の鶏になる。食用に適しており栄養満点、新鮮なら生食も可能。ライスにソイソースでどうぞ。
【飛翔鶏】★★
茶色の羽をした鳥型雑食系魔物。空飛ぶ鶏。なんでも食べる。雄は非常に好戦的で、雌を巡る雄同士の戦いはどちらかが死ぬまで続く。
農家においては害虫も雑草も食べてくれるし採卵もできる魔物家畜として非常に人気。
「…………」
『アシュ ツヨイ モリ アレル』
もう、言葉が出ません。樹精霊は森の王であり守護者。森が荒れる前に取り敢えず手を打った、と言うところでしょうか。それはとても良いことだと思いますよ。ですが、これを今から急いで魔物屋に売りに行けと言うのでしょうか。今はまだ濡れていますが、乾けばふわっふわのもっふもふな綿毛になるのですよね、きっと。私を悶え殺しにかかっていませんか。この雛を、売れと……そんなこと無理に決まってるじゃないですか。
それにしても、クラウドイーグルとフライングクックの説明の差が酷いです。これは、星の数の差によるんでしょうかね。星は魔物の強さや討伐する際の難易度の目安です。星が増えるにつれてGMの方々も力が入っているんでしょうかね。多分、そんなところだと思いますが。
さて……卵が食べられないのは残念ですが、フライングクックの方の卵は孵化まであと一日以上ありますから、こちらはこのまま懐で保温を続けて、後で家畜屋辺りにでも売り込みに行きましょう。卵にとって人の体温は低いので心許ないですが、孵化まで間もないのなら多分大丈夫でしょう……多分。
今はまず、ともえさんと水浴びしなければ。
念願の、もふもふです。
……卵を食べられないように注意しましょう。