9頁 初日から、狩猟事故
森の広場に帰ってきました。闘技場の空気や雰囲気も好きですけど、やっぱり自然の中の方が落ち着く気がします。正確にはバーチャルですけど、まぁ、現実の自然は映像などでしか知りませんからね。
「水浴び、貴方も来ますか?」
『ウン』
「では、行きましょうか」
放置していた、採取用鞄と野外用鞄を背負って、弓と矢を手に森の中を通る川に向かいます。
フトウの山脈の雪解け水が湧き出る泉から流れ出るその川は、どこでも【おいしい水】が汲めるとても清浄な川です。
そんな川で水浴びすると言うのも贅沢と言うか、何か申し訳ない感じもしますが、まぁ、生産を主にしようとする方々が、この森の、この川まで辿り着くには些か障害が大き過ぎると思いますから、まだ大丈夫でしょう。
「向かいがてらクック狩りでもしましょうか」
薬師組合長に言ったフライングクックをそろそろ狩らないといけません。通り道に出て来てくれればありがたいのですが……
『ソコノ クヌギノキ』
「はい?」
『ス アル』
「巣、ですか」
目の前の木は、言われた通り、足元にドングリが多く転がるクヌギの木の様です。繁る枝の間を見上げながら木の周囲を周り歩きます。広葉樹の中でも特に大きな葉をもつクヌギですから、枝の上の方が非常に見えにくくなっています。しかし、樹精霊の彼があるといっているのですから、あることは確かでしょう。
……大分上の方ですが、組み合った枝の根元に不自然に小枝と枯れた葉が固まっているのが微かに見えます。あれでしょうか。
「ちょっと、登って来ます」
『イッテラッシャイ』
大きなクスの木です。幹の太さは、私が抱えて少し足りないくらいでしょうか。枝は大分上までありません。野外活動用の鞄からロープを取り出し、木の幹と腰を囲うように輪にしてしっかり結びます。腰後ろに突っ張れば滑り止めの完成です。これを少しずつ上にずらしながら登って行くわけです。林業の枝打ち職人さんが木登りされていた動画でチラと見ただけですから正解かはわかりませんが……まぁ、これで登れちゃったから結果オーライと言うのが正しいところかもしれません。登攀の補助アイテムとしてスパイクみたいなものもあるのですが木を傷つけてしまいます。ですが、これなら木の皮を少し削るくらいで済みますからね。
フライングクックの巣があるのは産卵の時期だけです。普段の生活に巣は必要ないようで、雛が巣立てば親鳥は巣を壊してしまいます。ですので、巣がある、と言うことは雛または卵と親のフライングクックがいる、と言うことと同義なわけです。フライングクックは雄と雌が交代で卵を温めますし、卵が孵ってからも交代で付きっきりですから、巣を見つけたらよほどのことがない限り高い確率で狩れます。
「周囲に気を付けてくださいね」
『ダイジョウブ トモエ イッショ』
そう答えるや樹精霊の彼はともえさんの背中によじ登り、跨ります。その姿は昔話の主人公のようにも見えますが、いかんせん、彼の色彩が違和感バリバリで少し面白い感じがします。
……取り敢えず、狩りに集中しましょう。
薬師組合長の好物は、モツ系統。特に、キンカンが大好きです。私もお肉は大好きです。待っててください、今行きますからね、お肉さん。
「ふぅ……スタミナが、ギリギリでしたね」
スキル【登攀】は登攀する対象物の難易度によってスタミナの消費量と速度が変わります。簡単な木や岩壁ならスタミナ消費せずに登れますが、流石に枝も何もない木を登るのは骨が折れました。ですが枝に辿り着いてしまえば、巣までは枝を登って行くだけでもう直ぐです。頑張りましょう。
『コッココッ』
巣では、雌のフライングクックが立ち上がり卵を小突いていました。
モフモフ好きな私にとってはとても癒される光景ですが、今は鬼となりましょう。お肉のために。おやすみなさい、永遠に。
『キョケッ』
後ろから首を掴んで折ればそれで終わりです。お肉と矢羽が一羽分手に入りました。矢も少しばかり心許なくなってきていましたから、重畳です。フライングクックの体を登攀に使った来たロープで簡単に結わえて背負うと、三個ある卵も懐に入れてしまいます。……三個、ですか。珍しいですね。普通一・二個なのですが。まぁ、得をしたと考えましょうか。
さて、番がおらず卵も消えた巣を見たもう片方の親鳥は必ず混乱状態になります。狩りやすくなるわけです。犯人がわかると激昂してしまいますがその前に狩ってしまえばさしたる問題ではありません。さらに数本上の枝に登って行きます。フライングクックは飛ぶための体力消費が多く、非常に大食漢です。言ってしまえば燃費が悪いんですね。二・三時間で空腹になってしまうので、その前に雌と雄で交代するのです。さて、あとどれくらいで帰ってきますかね。
しかし、二羽も何にして食べましょうか。まず、ハツと砂肝は私が頂きます。薬師組合長はあの食感が苦手だったはずですから、奪い合いにはならないでしょう。レバーとキンカンは薬師組合長ですね。私は逆にあれらの方が苦手ですから、願ったり叶ったりなのですが……思い出して見てもやっぱり苦手です、あの独特のもたもたしてもさもさした感じ。卵は、どうしましょうか……このまま温め続けて魔物屋や家畜屋に持っていくのもありですね。フライングクックは人工孵化できれば非常に優秀な家畜になりますから。
お肉の方は女将さんに持って行けば全部美味しくしてくれますから、お酒のおつまみにして美味しく呑みましょう。薬師組合長はあの調子だと残業でしょうし、朝も早いでしょうから、モツ煮と串焼きだけでお酒はお預けですね。可哀想ですが、仕方ありませんね。私なんかに指名依頼をするから悪いのです。もっと早く依頼を出しておけばこんなことにはならなかったでしょうに。ふふっ……楽しみです。
なんて考えている間に力強い羽撃きが聞こえてきました。幹と枝に隠れて巣を見下ろすと鶏冠と尾羽が見事な雄が巣のある枝に降り立っています。とても立派な雄です……あれは少し年を取り過ぎです。締まり過ぎて脂肪が少ないでしょう。年を取った個体はあまり美味しくないんです。残念です。キョロキョロと辺りを見回して雌を探しているようですが、その雌は私の背中で永眠中です。
腰に携えたままだった漣を音を立てないように抜刀し、狙いを定め思い切り振りかぶります。
『ピィ……ピピッ』
私の胸元から出た小さな声につられるように雄が見上げてきます。あ、目が合ってしまいました。
『……コケエエェッ!!』
「えー……」
卵が懐で孵りだしてしまったようです。懐で卵がもぞもぞ動くので非常にくすぐったいです。雌が立ち上がっていたのは、孵化が近かったからだったんですね、きっと。
雄は混乱状態から脱し激昂状態になっています。見事に羽が逆立っていて、その状態で私目掛けて一直線に飛んでくるのですから、器用なものです。
羽は矢に使いますので極力傷つけたくありませんし、懐はくすぐったいですし。
選択肢は限られているようです。
さて、どう対処しましょうか。