調理実習の可能性について
女子だから料理好きであれ、とか、女子だから料理が上手い、とか、そういう押し付けがましい理想は、正直に言って鬱陶しいだけだろう。
少なくとも私は女子だが、料理が好きな訳でも特別上手い訳でもない。
「作間さん!!それ、塩でしょう?!」
「……はい?」
面倒くさい、と思考を飛ばしながら作業をしていたら、横から家庭科担当の先生が腕を掴んで来た。
遅れて先生の言った事を理解して、掴まれていない方の手でそれを摘む。
舌先で舐めれば甘味はなく、塩っぱい。
「あぁ、塩ですね」
「塩ですね、じゃないでしょう?!」
「流石家庭科の先生。見ただけで分かるもんなんですね」
凄いです、と言いながら塩を戻す。
先生はペースを崩さず、自分のしていたことに関して驚きもしない私に、呆れたような溜息を漏らした。
それから気を付けなさい、と言って砂糖を私に手渡す。
横にいた幼馴染みは眉間にシワを寄せている。
折角の美人が台無しだ、とは思うけれど、今この瞬間に口に出したら多分怒られるだろう。
適当な笑顔を見せて、渡された砂糖を計る。
本日の家庭科は二時間続きで、男女まとめて調理実習中だ。
正直気乗りはしないし、別にお菓子作りが好きなわけでもないので、作らなくていいなら辞退したいところだった。
その話をしたところ、出ないと単位を貰えないとのことで、渋々出ている。
「作ちゃん、砂糖は二、三回に分けて入れるんだよ?」
「はいはい」
今度は別の方向から、別の幼馴染みが心配そうに私の手元を覗き込んで来た。
そんなに心配しなくても、単位のためならば頑張れるはずだろう。
卒業したいし。
そこからは先生の言っていた通りに作り上げ、まぁ、少し焦げてしまったが、本日の調理実習の課題であるマフィンが完成した。
ちなみに、その少し焦げた理由が、私があまりにもマイペース過ぎるために、焼き加減を見ていなかったから。
周りの女の子達は、その甘い香りに包まれてキャッキャウフフしている。
男の子達は、似合わない匂いの中でソワソワしていた。
「作ちゃんは、誰にあげるの?」
ひょこ、と顔を覗き込んでくる可愛い幼馴染みに、首を傾げた。
一体何を言っているのか分からない私と、私の返答を待つ幼馴染みの間に沈黙。
横から別の幼馴染みがやって来て、その手にある可愛らしいラッピングを私達の視線の間に差し入れた。
「文さんや、何ですかね、これは」
ラッピングを持って来た幼馴染み――文に問い掛ければ、当然の如く「ラッピング」と返ってくる答え。
そうだけど、そうじゃない。
もう一人の幼馴染み――ミオちゃんの方は、笑顔でそれを受け取っている。
全く持って意味が分からん。
私はラッピングを無視して、その少し焦げたマフィンを飾り付けた。
料理は好きじゃないし、決して得意でもない。
ただ一つその過程の中で好きなものがある。
――それが、飾り付けだ。
「作の場合は、特に誰かを意識して作らないだろ」
「恋愛感情が皆無みたいな言い方止めてもらえます?」
「そうじゃないのか?」
「そうじゃないと信じている」
今度は背中から声を掛けられて、やはり聞き覚えのある幼馴染みの声で、振り向くこともなく返す。
失礼な物言いだが、あながち間違いでもないし、決して正解でもないけれど、それなりの言葉を選んでおいた。
そうして幼馴染みは、特に飾り付けのされていないシンプルなマフィンを、私の目の前に置いた。
これまたラッピングはシンプル。
これぞ正しくシンプル・イズ・ベスト、なんて思いながら、顔を上げる。
「それは、お前のな」
「有り難き幸せ」
ふざけて返したら頭を軽く叩かれる。
幼馴染みの中でたった一人の男の子であるオミくんは、正直言って私よりも上手にそれを作り上げていた。
今は料理男子がモテるからだろうか、そうだと信じたい。
オミくんは、私に渡したように文にもミオちゃんにもそれを渡す。
そうして何故か幼馴染みの中で、マフィンの交換会が始まった。
おい、私はまだ飾り付けしてるぞ。
シンプルなオミくんのマフィン。
綺麗に出来ているのに、何一つ手を加えられていないそれには、彼の性格が出ている気がした。
それから、文がくれたマフィンは、幼馴染みの中で一番綺麗な形をしていて、生クリームと苺が乗っていて可愛い。
ミオちゃんのマフィンは、生地とは反対色のチョコチップが混ざっていた。
何故かマフィンよりも、ラッピングが凝っている。
人間性が出るよなぁ、なんて考えながら無駄にデコデコした自分のマフィンを前にして、苦笑が漏れた。
幼馴染み組が、私よりも深い苦笑を見せているが気付かないふりをしておく。
そうして、それをラッピング素材に包んで、貰ったお返しに渡す。
「作間さん」
幼馴染み以外の声に、眉を寄せて振り返れば、そこには男のくせに料理が上手いと、この家庭科の時間中に騒がれていた男。
一応クラスメイトだが、大して興味もないせいか、直ぐには名前が出て来ない。
「俺も貰っていい?」
そう言って指を差されたのは、焦げたくせに可愛らしくデコレーションされたマフィン。
後ろの方では、ミオちゃんが何故か嬉しそうな声を上げ、文の溜息が聞こえて来て、トンッ、とオミくんに背中を押された。
何がしたい、幼馴染み達。
更に眉を寄せれば、目の前のクラスメイトが困ったように眉を下げる。
悪いことなんてしていないのに、罪悪感。
手に力が入ったせいで、ラッピングが音を立てた。
「焦げましたけど」
「うん」
「デコレーションが凝ってるだけですけど」
「うん」
「それでもいいんですか」
「それがいいんです」
ニッ、と白い歯を見せ付けるように笑う彼に、私は続く言葉が見付からずに、持っていた自分で作った最後の一つであるマフィンを差し出す。
「サンキュ」と嬉しそうな彼は、空いた私の手の中にラッピングに包まれた数個のマフィンを落とした。
ドサドサ、というような音と一緒に落ちて来たマフィンを、手で抱え込んで見下ろせば「お礼」と彼が言う。
お礼、というのは等価交換的なものじゃないのか。
気持ちの問題だろうけれど、マフィン一個と彼の作ったであろう全てのマフィンでは、割に合わない気がする。
顔を上げれば、ほんのりと染まった頬。
絶対に私のマフィンよりも、美味しいはずのそれが手の中にある。
一体どういうことなのか。
何だか知らないけれど、嬉しそうな彼に対して首を傾げる私。
オミくんは「マジか」なんて呟いて、ミオちゃんは良く分からないけれどはしゃいでいて、文に至っては彼を睨んでいる。
取り敢えず、やっぱり調理実習は面倒くさい。