story8 側にいて
「え、今日土曜日だよ」
「うん、でも忙しいらしくてバイト行かなきゃいけなくなったんだ」
「そ、か…行ってらっしゃい」
「大丈夫だよ、ちゃんと遅くならないうちに帰ってくるから。行ってきます」
私の気持ちを察したのか、子龍くんは優しく微笑みながらそう言う。一緒に暮らし始めて1週間くらい経った今でも、子龍くんが急にここからいなくなってしまうのではないかという不安は消えない。できるだけ一緒に居たかった。
子龍くんが家を出た後、特に用事のない私は、無意識のうちに「花恋」をめくり始めた。子龍くんがいなくなってしまったその紙面は、輝きが半減してしまったように思える。
…桔梗ちゃん。栗色のパーマがかった髪、大きな目に長い睫毛、色白な肌、凛としているのにどこか無邪気な表情、性格。誠実、清楚というキキョウの花言葉がとてもよく合う女の子だ。
「…私とは正反対だなぁ…」
少しでも桔梗ちゃんに近づけたら、子龍くんは少しでも私を見てくれるかな。子龍くんに一時だけでも会えれば、それだけでいい、と考えていた私だったけど、人間、欲は尽きないものだ。もっと子龍くんと仲良くなりたい。私のことを好きになってほしい…。
「よし、出かけようかな」
とりあえず外見だけさらっと変えてみよう。桔梗ちゃんに近づけるように。今の私じゃとても子龍くんに好きと言えない。自分に自信を持って、まだそのとき子龍くんが私の側にいてくれたなら、伝えるよ。だから…、私のわがままなのは本当に分かってるけど…
もうしばらく、側にいてほしい。