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【競演】帰ってこいよ

作者: 田中せいや

第六回SMD競演参加作品。

ジャンル:ファンタジックホラー

お題:家族

 いい天気だ。右の靴から(かかと)をはずし、青空にむけて蹴り上げる。落ちてきた。よこになっている。きょうの散歩はCコースだ。

 イチョウの並木道をのんびりと歩く。ギンナンのにおいをかぎながらいくと、休憩予定地のデパートが見えてくる。屋上に赤と青のアドバルーンがまっすぐ上がっている。無風だ。

 救急車のサイレンが聞こえてくる。すれちがった。近くで事故でもあったのか。

 健康のため階段を使って屋上にむかう。五階建てだ。慣れているので息は切れない。のぼりきると、そこには今どき珍しく、観覧車やメリーゴーランドがある。きょうは客が一人もいない。西側に歩いていき、深呼吸してからベンチに座る。

 防護ネットのはるか向こうに赤城山(あかぎさん)、その右に男体山(なんたいさん)が望める。静かだ。男体山の頂が白く(かす)んでいる。雪か。

「いい景色ですねえ」

 誰かが右に座った。ひざが触れる距離。うっとうしいなあ。見ると、床屋のおっちゃんだった。まずい。最近、床屋を格安のチェーン店に替えたのだ。

「空気もおいしいですねえ」

 左側でも男性の声。スーパー吉岡の店長だ。困った。ここ数カ月いっていない。近所にコンビニができたので、そちらで済ますようにしたのだ。

 気まずいな。席を移ろうかな。南側もいい眺めだ。いや。ここで退席するといかにも逃げるようで体裁が悪い。どこかにいってくれないかなあ。そんなことを思っていると、床屋のおっちゃんがボソッと言った。

「なんで最近来ないの」正面をむいたままだ。

「ぜんぜん来ないよね」

 スーパー吉岡の店長も呟いた。こちらも前を見たまま。

 立ち上がろうとしたが、ふたりにガッチリ挟まれて動けない。

「お客が減っちゃってさ。朝夕、新聞配達やってんだ」と床屋のおっちゃん。

「まったく商売あがったりだよ。娘に新学あきらめてもらったよ」と吉岡店長。

「ねえ、どうして来なくなっちゃったの」

 床屋のおっちゃんが、手のひらにコブシをバシバシ叩きつける。

「たまに来てよ」

 吉岡店長が、ボリボリッ、ボリボリッ、と指を鳴らす。

「な、な、なんだよ。やや、やめろよお」

 左右の圧迫がきつくなっていく。必死に足を踏んばるが、お尻は一ミリも浮かない。

「いやね、ちょっと言ってみたかっただけだよ。な、吉岡さん」

「そうだよ。愚痴ぐらい、いいだろ」

 そう言うとふたりは、ふぁっと消えた。

 解放されて前につんのめり、防護ネットに衝突した。足もとに、サンダルと汚れた運動靴があった。

 救急車のサイレンが聞こえてきた。



 デパートの屋上から勢いよく飛び降りた床屋のおっちゃんは、国道14号に頭から着地し、直後、時速九十キロで通りかかった十五トントラックに跳ね飛ばされ、即死した。

 スーパー店長の吉岡光司は、駐輪場のトタン屋根に腰から落ち、小さくバウンドして国道手前の花壇に背中から落ち、即死をまぬがれた。


 ここは、市内の大学病院の集中治療室。

 手術を終え、ベッドに横たわる吉岡光司を、娘の和美(十七歳)、息子の洋輔(十一歳)、医者の牧野が見守っていた。

 さきほど牧野は、和美をナースステーションに呼び、『外傷は、頭以外は軽い打撲程度だったこと。後頭部を強打し、脳挫傷のため昏睡状態であること。そして、今夜中に意識が戻らないと命が危ないこと』を告げた。

 呼びかけたほうが回復しやすいと牧野に言われ、姉弟は必死になって父に声をかけた。

「父さん、父さん……」

「パパァ、パパァ……」

 ベッドの上で、意識が薄れていく吉岡光司は、

『あ~あ、疲れた。死んじゃおうかなあ。自殺でもカネがおりる保険に入っているから安心だ。それで借金を返した上に、子供達にいくらか残してやれるしなあ』などと思いながら幽体離脱し、天井から下を見た。

『あっ、子供達、来てるのか。泣いてるみたいだな。かわいそうに……。やっぱり死ぬのやめようかなあ。でもなんだか気持ちよくなってきたぞ。死んじゃおうっと』

 見上げると、はるか彼方、トンネルのような闇のむこうが輝いている。光が自分を呼んでいるようだ。吸い込まれるような不思議な力に身を任せ、光に向かって飛んでいった。

 途中、寄り道をして、自殺現場のデパートの屋上にいった。さっき、床屋のおっちゃんとともに、たまたまここにいた暇そうな田中さんをからかったっけ。

『田中さ~ん、わるかったねえ。ちょいと溜飲(りゅういん)が下がったよ。おたっしゃで~。ダハハハハハ』

 トンネルの中を光に向かって進むに従い、だんだん気持ちがよくなっていく。まるで母親の胎内の羊水に浸かっている赤ちゃんのようだ。(おか)しがたい絶対的な安心感がある。


 長いトンネルを抜けると、雪国だった、なんてことはない。そこは意外にも、夏祭りの歩行者天国だった。両側に出店が並び、大勢がゆきかっている。ほとんどが浴衣姿だ。どこかで神輿でもかついでいるのか、鉦や笛や太鼓の音が規則正しく響いている。

 光司はなつかしくなり、雑踏に交じって歩き出した。

『あっ!』

 突然立ち止まり、むこうのほう、リンゴ飴の屋台の前を凝視した。柿色の浴衣、引っ詰め髪のやせた女性。

『母ちゃん!』

 おもわず叫んでいた。と同時に、光司の体は、母が亡くなった当時の、七つの子供になっていた。

『母ちゃーん!』

 近づこうとするが、道行く人が邪魔してなかなか進めない。母ちゃんは気づいたのか、こっちを見て目を丸くしている。

『あっ!』

 光司は息を飲んだ。母の横に、三年前に死んだ祖母、そしてそのむこうには写真でしか見たことのない祖父がいた。

『ばあちゃんもじいちゃんもいる』

 人波を掻き分け、近づいていく。なかなか進めないのがもどかしい。

『わあああ! ケンちゃんもいる。ケンちゃん! ケンちゃんだろ。ケンちゃーん!』

 光司の呼びかけに、屋台の前で背を向けていた少年がふりかえる。

『やっぱりそうだ。子供の頃、川で溺れて死んだケンちゃんだ。ケンちゃーん!』

 少年は一瞬ぎょっとし、すぐに笑顔になったが、やがて暗い表情になった。

『うっひゃあああ! 多恵子もいる』

 リンゴ飴の屋台の隣、金魚すくいの水槽の前に、去年病死した妻の多恵子がいる。

『多恵子ぉ~! ひさしぶりー! 会いたかったよぉー!』

 そう叫んだ光司の体は大人だ。

『待ちなさい! 光司ぃ!』

 母ちゃんが両手を前に突き出し、叫んだ。

 光司は金縛りに遭ったように足がすくみ、その場に硬直した。

 直後、母ちゃんたち五人が、恐ろしい般若(はんにゃ)の形相になり、全身を真っ赤に燃え上がらせた。火の鳥のようだ。そして宙に舞った。

『あなた、ここに来るのはまだ早いわ。子供たちはどうなるのよ。しっかりしてよ』

 そういうと妻の多恵子は、口から炎を吐いた。

『わああああ。あっちぃ~!』

 光司はたまらず、回れ右して逃げ出した。

『光司ぃ~。まだまだ修行が足りん』

 じいちゃんも口から炎。

『コウちゃん、ぼくのぶんまで生きてよ』

 ケンちゃんも炎を吐く。

『光司ちゃん、らくしちゃダメよ』

 ばあちゃんも吐く。

『こうちゃん。そんな弱い子に育てた覚えはないわよ』

 母ちゃんも吐いた。

『あちっちぃ~!』

 光司は振り返りもせず、必死に走った。お尻が燃えるように熱い。

 やがてまわりが闇に閉ざされた。だんだん意識が遠のいていく。そして来たときと同じように、吸い込まれるような力に身を任せた。


「父さん、父さん……」

「パパァ、パパァ……」

 目を開けると、子供たちの顔があった。

「あっ、気がついた」

「わーい、パパが生き返ったああ!」

「おっ、おまえら……」

 子供たちは父親の胸に顔をうずめて泣いた。

「な、なんだか、お尻、やけどしたみたい」

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