ジキルとハイド
「さて、どうしようか」
男は目の前の状況を見て、そう呟いた。
綺麗な七三分けである。整ったハンサム顔に、鋭い眼光が宿る。
その顔には不敵な笑みが、その腕にはロレックスの時計が付いている。
全身がブランド物に包まれ、圧倒的な優雅さを生み出している。
どうすればこの状況を打開出来るのか。そもそも打開出来る状況なのか。
幾度となく浮かべてきたその問いを、男は心の中に投げ込んだ。
しかし、結論はいつだって一緒だった。
(決まっている。打開出来る、出来ないではない。打開するのだ)
男の名前は安城。誰もが羨むエリートサラリーマンである。
大手コンサルティング企業の幹部であり、数千人の部下をまとめ上げている。
社長の右腕として働いてはいるが、実質的に会社を支配しているのは安城であった。
恐ろしいまでの事業範囲、手際の良さ、無秩序さにより、対抗馬も対応に四苦八苦している。
だが、安城にとってそんなことはどうでもよかった。
経済紙で連日絶賛されようが、売上を10倍にして企業の社長から感謝されようが、抱かれたいランキング首位だろうが、政治力を所持しようが、である。
取り立てて興味もないし、動じるようなものでもない。
この快感を覚えてしまった自分にとって、この世のすべてがどうでもいいものだ。
そんなことを考えてはニヒルを気取る。それが安城の癖になっていた。
・
(もう、引き返すことは出来ないだろうな)
男は溜め息を吐きながら夜空を見上げた。
ボサボサの髪に、無精髭。だらけきった顔に、血走った目。
その顔には自嘲的な笑みが、その手には血濡れのナイフが付いている。
傷だらけのジーンズのポケットには、しわくちゃになった一万円札が数枚、乱雑にねじ込まれている。
どうしてこんなことになったのだろう。どうしてこんなことをしているのだろう。
幾度となく浮かべてきたその問いを、男は心の中に投げ込んだ。
しかし、結論はいつだって一緒だった。
(そんなの、こんなことをヤろうと思った奴に訊いてくれ)
男の名前は野崎。閑静な住宅街で発生した恐怖の連続通り魔である。
ここ一か月で既に二桁以上の住民に危害を与え、その中には重症を負った者もいる。
場所、時間、老若男女問わず、通りがかりにナイフの餌食にする。
恐ろしいまでの出没範囲、手際の良さ、無秩序さにより、警察も対応に四苦八苦している。
だが、野崎にとってそんなことはどうでもよかった。
テレビで連日放映されようが、餌食となった中学生の母親が泣きわめこうが、警察が苦慮してようが、捕まって死刑になろうが、である。
取り立てて興味もないし、動じるようなものでもない。
動機すら思い出せなくなった自分にとって、この世のすべてがどうでもいいものだ。
そんなことを考えてはニヒルを気取る。それが野崎の癖になっていた。