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チャプター 04:「再会」

チャプター 04:「再会」





「うわ…………変わってねえ」

 久人は、目の前に伸びる商店街に、馬鹿にしたような、嬉しいような表情を浮かべた。

 エリカにハイキックを喰らわされた後、のんびり一時間歩いてやってきたのは、地元の

商店街。今まで眺めてきた景色は大なり小なりの変化が見えたが、この商店街に関しては、

久人が最後に見たそのままの姿だった。久人の卒業間際にようやくアーケードがついたそ

の商店街は、奇妙な活気に満ちていたのである。道を行くのは中高年ばかりでなく、子連

れの若い母親や、学校をサボったらしい学生までも歩いている。

 しかし久人は、大手のショッピングモールがひしめく今の世で、この場所がそのままで

あり続けられる理由を知っていた。

「おっ…………あったあった」

 記憶を頼りに商店街の入り口へ近づくと、そこには大きな掲示板が設けられていた。中

規模の商店街にしては大きすぎるその掲示板には、曜日別にびっしりとイベントの情報が

書き込まれている。

「今考えてみると。あのおっさん達…………凄かったんだな」

 商店街が未だ賑わっている秘密は、商会の行う多彩な催しものである。休日、平日問わ

ず、アイドルやマジシャン、似顔絵師、バンドのコンサートなどのイベントが企画され、

それらの催し見たさに、地元民や近くの街に住む客が足を運んでくるのである。更に、そ

れらのイベントが行われている場所が告知されていないのも理由の一つだった。何かが行

われている事はわかっても、商店街の中を歩き回らなければ見つけられないのである。

 また、コンサートなどのイベントが企画された際には、その日に商店街で一定額以上の

買い物をした客だけが入場できるようにするなど、採算との兼ね合いも上手い。

 元々祭り好きの中高年が多い事も理由ではあるが、これだけの事を一商会が行っている

事に、久人は今更ながら感動していた。

「ああそうか。ここで、って手もあるか」

 ふと、魅音達の事が頭をよぎり、地元でデビューも有りではないかと考える。しかし、

返事も貰っていない状態では気が早いと、己の思考に苦笑しながら歩き始めた。

 アーケードにぶら下がるのぼりや、まるで雰囲気の変わらない店を眺め、久人の気持ち

は自然に落ち着いていった。十代の頃は好きになれなかった鮮魚店の匂いも、見たことの

ない怪しい野菜を売る八百屋も、それを見るたびに笑む。

 そして、暫く歩いて到着したのは、すっかり禿げてしまった看板を掲げた、この町唯一

の楽器店だった。

 手動扉を引き、店内へ足を踏み入れた久人が呟いた。

「うわあ…………懐かしい匂いだな」

 扉が閉まると、小売店によく設置されている、来客を知らせるベルの音が響き、彼の鼻

腔に、木と、オレンジオイルの匂いが入ってくる。好きな匂いという事もあり、久人は気

分が上向いた。顔見知りの、無口な楽器店の店長へ手を挙げ軽く挨拶すると、軽い足取り

でギターが展示されている場所へ近づく。

「本当に何も変わってないぞ…………大丈夫なのか? これ」

 販売されている商品に、本音が零れる。それもその筈で、彼が眺めている棚は、彼が社

会へ出る前とまるで変わっていなかったからである。車が買えるような値段のヴィンテー

ジギターや、今はもう存在しない入門向けギターなど、レイアウトすら変わっていない棚

の構成に、つい皮肉っぽく笑む。しかしそれらが、ただ放置されているわけではなく、ど

れもが定期的にメンテナンスされている事は直ぐにわかった。無口で真面目な店長は、今

も変わっていないのだと久人に感じさせるには十分な情報である。

 壁に掛けられたギターを端から眺めていると、久人の左手に人の気配がした。

「あ、あの…………内藤、くん?」

 声のした方へ顔を向けると、そこには一人の女が立っていた。声を掛けられても直ぐに

は気がつかなかった久人だが、その、整った容姿を見ると、誰なのか直ぐに思い出した。

「えっと。南さん? 間違えてたらごめん」

 久人の答えが合っていたのか、銀髪の女は満面の笑みで首を何度も縦に振った。

「う、うん。南朱音(みなみあかね)です。覚えててくれて、本当に嬉しい」

 少女のようにはしゃぐ朱音だが、その仕草が不快でない事は流石だな、と久人は思う。

改めて観察してみると、そのプロポーションは非凡である。女としても恐ろしく繊細で細

い足がスカートから伸びており、シンプルなデザインの白いワンピース越しにも、豊満な

胸や締まった臀部のシルエットがうかがえる。そして、目尻のやや下がった顔は穏やかな

雰囲気を演出し、日本では珍しい、透き通るような銀色の髪が腰まで伸びている。

 ふと、朱音を観察していた久人が、相手が顔を赤らめてもだえている事に気がつく。そ

の原因が自分の視線である事を察した久人は、頭に右手を乗せ謝った。

「ご、ごめん。ジロジロ見ちゃって。気持ち悪かったかな」

 身体をくねらせていた朱音だが、久人の一言に突然顔を上げ、手を振って全力で否定す

る。

「ち、ちち違うの! ちょっと恥ずかしくなって…………あの、それで……その……」

 語尾に向け声が小さくなって行く朱音の様に、久人は安心した様子で息をついた。そし

て、顔を合わせた瞬間に過ぎった疑問を、期待した様子で問う。

「あ、あのさ。南はもしかして、まだ音楽続けてるの?」

 久人の質問には理由があった。彼は高校時代、同級の仲間達とバンド活動を行っていた

が、一方で、朱音もバンド活動を始めた事を知っていたのである。元々、学内でも人気の

美少女であった朱音のバンドは人気で、特に男子からの支持が高かった。直接の交流は殆

ど無かったものの、同じ音楽好きとして好感を持っていた久人は、この質問を口にしたの

である。

 それが巧手であった事は、朱音の表情から見て取れた。

「うん。あっ…………」

 何かを思い出した様子の朱音が、自分のバッグへ手を入れ、何かを取り出した。

「あ、あの。これ」

 久人が、差し出されたそれを受け取り観察すると、何かのイベントチケットらしいもの

だった。

「私、今度デビューする事になったの。その、お披露目ライブをここでやらせてもらえる

から…………良かったら、見に来て?」

 久人はチケットを握りつぶさないように両手の拳を握り、朱音へ半歩近づいた。そして、

興奮した様子で口を開く。

「す、すげえじゃんか! ああそうだ今思い出した。このイベントは確か、レッドトラッ

クス主催で今年から始まる新人披露イベントだろ? 他のレコード会社からは、一組ずつ

くらいしか参加枠が無かった筈なのに…………本当にすげえ!」

 興奮が止まない久人の顔を前に、朱音は硬直したまま動けずに居た。異性への耐性が低

いのか、久人が迫ってくる度に、顔の温度が上がってゆく。

「ああ、そうだ。それで、南はどこの会社代表なんだ?」

「わ、私は…………レッドトラックスの新人枠2つ目に。主催側からは4組出るから」

 この一言に、久人の興奮は最高潮に達した。

「マジかよ?! 業界最大手じゃないか! すげえ、すげえ! 絶対見に行くよ!」

 顔を赤らめて驚いた様子の朱音だが、その表情が再び喜びで満たされた。

「う、うん。ありがとう。いい音が出るように、頑張ります」

 興奮していた久人だが、目が合った朱音の表情に顔を赤らめ口を噤む。

 その後、今までの興奮が嘘のように、静けさを取り戻した店内は有線の音楽が鳴り響い

ていた。久人は話題が途切れてしまった事に気まずくなり、視線を右往左往させる。

 そして、ふと思いついた新たな会話の種を早速使うことにした。

「そ、それでもさ。ずっと音楽を続けてるなんて凄いよな。俺なんて直ぐ諦めちまったの

にさ。同好の士、なんて勝手に思ってたけど、ここまで情熱が違うと、失礼だったとすら

思えるよ」

 久人が冗談交じりに言うと、朱音は真剣な面持ちで首を力一杯振り、それを否定する。

「そんなことないです! だって私、内藤君から音楽を薦められて…………」

「あれ、そうだっけ?」

 口をついて出た一言に、朱音の表情が変わる。明らかにショックを受けた様子の相手に、

最適な台詞を必死に探すも、中々良い言葉を選べずにいた。

 そして、久人が黙って視線を落としている間に、朱音が静かに口を開いた。

「そう、だよね。内藤君には、どうって事のない言葉だったのかもしれないわ」

「その…………ごめん。全く覚えてないんだ」

 正直に告白した事が良い方へ転んだのか、朱音の表情が若干和らぐ。そして、ちらりと

久人を見上げ、口を開いた。

「内藤君は、毎日学校に楽器を持ってきてたでしょ? 本当に楽しそうで、バンドの仲間

と音楽の事ばかり話してて。だから、あの時の内藤君に勇気を出して聞いてみたの。そん

なに楽しいの、って」

「うん。そういえば…………聞かれたこと、あったな」

 久人が思い出した事で、朱音の曇った表情が徐々に明るくなっていった。

「そうしたら、ね? やってみたらわかるよ、って」

「あ、ああ…………そう、だっけ」

 久人は内心、恥ずかしさで奇声を上げたい衝動に駆られた。成人もしていない子供の発

言とは言え、それが自身の発した言葉となれば話は別である。

 己の恥ずかしい過去を一秒でも早く忘れて欲しい久人だが、懐かしむような様子の朱音

を前に、とても言い出せる雰囲気ではなかった。

「だから、私も同じ楽器を、ギターを始めてみよう、って。その日、家へ帰って直ぐにい

ろいろな事を調べたわ。1週間後にはエレキギターを買って…………毎日弾いて」

 楽しそうに話す朱音に、久人はただ、黙って相槌を打った。

「そうしているうちに、クラスで仲の良い子達が気づいてね? 多分、始めたばかりで左

手の指が真っ赤だったからだと思う。それから、その子たちとセッションしたり、遊んだ

りして、グループを作る事になって。そして今は、その子たちと一緒に…………舞台へ上

がるの。本当に、嘘みたい」

 多くの人間たちが目指し、多くの人間たちが諦めた場所へ、彼女は到達している。端的

に話してはいるが、そこへ至るまでのあらゆる障害、問題を乗り越えてきた筈である。久

人の視線は、ただの同級を見るものから、尊敬の眼差しへと変わっていた。

「本当に凄いよ。おめでとう、って言ったら、失礼かな」

「ううん。ありがとう」

 再度会話が無くなると、時計を見た朱音が、小さく声を漏らした。

 申し訳無さそうな、惜しむような視線を久人へ向ける。

「ごめんなさい。そろそろ、練習に戻らなきゃ」

「うん」

 弦とピックを買いに来ていたらしい朱音は、それらを素早くレジへ持って行き、会計を

済ませると、ちらりと久人を見た。

 扉を開けた朱音に、目が合った久人はもう一つの質問を投げかける。

「南さん。音楽、好き?」

「うん」

 即答した朱音は、柔らかに笑む。その言葉が本心であると、表情が証明していた。

「そっか…………ライブ、絶対に見に行くから」

「うん、ありがとう。待ってるわ」

 言い残し、朱音は楽器店から出て行った。

 そして、その場に残された久人は視線を落とし、静かに思案した。そして、自分の拳へ

力が込められている事に気がつき、自嘲する。

「何だよ。悔しいのか、俺」

 店内には、有線の静かなバラードが響いていた。





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