チャプター 20:「エピローグ」
チャプター 20:「エピローグ」
午後九時。街が活動を終え始めた宵の刻に、久人の運転するワゴン車は、魅音達を送り
届ける為に実家へ向かっていた。
ネザースピリットの演奏が終わった後、アロイの演奏を浴びた観客達が熱狂し、ライブ
は終了予定時間を大きくオーバーする事になった。幾つものアンコールを演奏し、また、
休憩を終えたネザースピリットがセッションに参加し、地方のコンサートとしては異例の
盛り上がりを見せる。
その後、父親と共にホール関係者に頭を下げた事を思い出し、久人は苦笑する。
彼が運転するワゴンの後部座席には、疲れて眠るエリカや柚姫、閑葉が乗っていた。イ
ベント終了後に、成功を祝うささやかな食事会が催され、ネザースピリットと共に、その
日の成功を喜んだ。
「ねえ、お兄ちゃん」
助手席に座る魅音が、信号を眺めながら久人へ声を掛けた。
「私達、本当に帰っちゃっていいのかな? ステージの片付けとか」
妹の心配に、久人はからからと笑った。
「心配ないよ。今日借りてる機材は、レッドトラックスから回してもらったもだから。そ
れに藤堂さん…………ああ、柚姫ちゃんのお父さんの方な。その藤堂さんが、スタッフま
でつけてくれたんだ。だから、今頃はもう、搬出が済んで倉庫に向かってる所じゃないか
な? ははは…………藤堂さん、忙しいのに今日来てたらしいし」
「そう、なんだ」
気のない返事を返す魅音に、久人は黙って微笑する。
妹が何を想うのかはわからなかったが、興奮が醒めた後は、皆こうして、静かに何かを
想う。想うところがあったという事は、魅音にも何か得られたものがあったのだろう、と
久人は思った。
静かに運転を続ける久人に、もう一度魅音が声を掛けた。
「何だか、ね。夢みたいだな、って」
「夢って?」
久人が問い返すと、魅音が虚ろな目で手元へ視線を落とし、指で遊ぶ。
「あんなに沢山の人に、私達の演奏を、音楽を聴いて貰えたんだな、って。あんなに……
……凄いエネルギーに満ちたお客さんや、ネザースピリットの人達に。とても現実感がな
くて。私は今、白昼夢から醒めてしまったんじゃないかって。凄く、怖いよ」
赤信号で車が停車すると、久人の左手が、妹の髪を優しく梳いた。
「安心しろよ。今が現実だって、白昼夢から醒めたって言うなら、俺がそれをしっかり見
てるんだ。現実の俺が、夢じゃないって証明してやる」
「うん」
微笑する魅音が、気持ち良さそうに目を閉じる。
走り出した車のハンドルに手を戻した久人が、口を閉じ運転へ戻る。
それから暫く、兄妹は流れる夜景を眺め、見つめた。
「…………魅音?」
赤信号につかまり、停車したタイミングで、下ろした久人の左手に、魅音の手が重ねら
れた。
「ねえ、お兄ちゃん。私達…………またライブできるかな? ずっと皆と、音楽できるか
な?」
不安を吐露する魅音から視線を外した久人は、魅音の手を握り返し、前方を見た。
「それは、わからない。でも、上手くいく可能性は決して低くないと思ってる」
口を噤む魅音に久人は続けた。
「考えても見れば、殆ど反則みたいな状態なんだぜ? 機材トラブルにしても、電気関係
はエリカが強いし、キクチレコードはレッドトラックスの庇護がある。会社としても、藤
堂さん個人としてもだ。それに、ライブを幾らでもやれるような、日本最高レベルのプレ
イヤーが集まってるのに流行しない理由はないぜ? 後は俺達がどれだけ上手くプロモー
ションできるかに掛かってるわけだから…………正直、俺や菊池社長の方がプレッシャー
でかいよ」
から笑いする久人に、魅音もつられて笑った。
「だからさ、魅音」
久人と魅音の視線が交わり、お互いを見つめ合う。
「心配してる余裕はないぞ? 今日のイベントで手ごたえはあった。数が少なかったって
のはあるが、委託した魅音達のCDはもう完売したらしいから、追加のプレスも必要だ。
メジャー版として特典をつけてもいいし、何かエリカが考えているらしいから、それを取
り入れてもいい。それに、新しい曲も、練習も。これから忙しくなるぞ」
久人と見つめあったまま、魅音は顔を赤らめ静かに首肯した。
「だから。これからももっと、もっともっと。魅音達の、アロイの音楽を、俺に聴かせて
くれ」
久人の惚れ込んだ、魅音の音に対する正直な気持ち。
「うん!」
魅音が太陽のように笑った。
「喜んで!」
<< 完 >>




