表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

チャプター 19:「決戦」

チャプター 19:「決戦」





 イベント当日。

 久人の実家が建つ町内の商店街に近い、市民会館の舞台袖に設けられた出入り口前で、

アロイの四人と久人は本番のステージまで待機していた。

 魅音や柚姫は勿論の事、先日のステージでは平然としていた閑葉やエリカまで表情が強

張り、全体の空気が重苦しいものになっている。

 何とか緊張を解したいと思考を巡らせる久人だが、当の久人も緊張が強かった。

 鳩尾の奥で激しく鼓動する心臓。

 送り出された血液は脳へ強引に血流を送り込み、そのせいか、眩暈とも、頭痛ともつか

ない不愉快な感覚が身体を支配する。

「そろそろ、だな」

 舞台袖の出入り口には、硝子の覗き窓が取り付けられており、そこからステージの様子

を見ることが出来る。今日行われているのは、朱音が率いるネザースピリットの地元応援

イベントであり、魅音達の演奏はその余興に過ぎない。

 しかし、久人はアロイのプロデューサーであり、マネージャー。年長者の自分が弱気で

どうするのかと己を奮い立たせ、身体を強張らせるメンバーの肩を抱く。エリカが一瞬、

抵抗する素振りを見せるも、その表情を見ると、おとなしくなる。

「昨日のリハも上手く行った。けどさ」

 久人の両腕が、小さな少女たちの肩を強く抱き寄せた。

「俺はあんな演奏じゃ、満足しない。ガチガチに強張って、正確なだけの演奏なんて真っ

平ゴメンだ。俺は皆に、いつもみたいに、最高にクールでホットな音を出して欲しい! 

俺に聴かせて欲しい! お客さんに聴かせて欲しい! だから…………いつもみたいに、

練習してる時みたいに。音楽を楽しんでくれ」

 エリカが言った。

「フンッ、当たり前じゃないの。私達の音楽は宇宙一なんだから!」

 魅音が言った。

「もう…………無理難題を平然と」

 柚姫が言った。

「頑張り…………ま、す…………」

 閑葉が言った。

「はい。いつも通り、楽しく」

 久人の両手、両腕に伝わる少女たちの身体の感触が、僅かに解れた。

 四人がステージへ視線を戻すと、朱音達の演奏が終わり、短い挨拶の後にステージの袖

へ移動してきた。

 久人が扉を開ける。

「よし………………行くぞ!」

 四人が力強く頷き、入場する。

 舞台袖で、先に演奏を終えたネザースピリットのメンバーと視線が交錯する。

 エリカと目が合うのは、先日のイベントで諍いを起こした志穂。

 志穂が顔面に貼り付けていた険しい表情が、するりと取れる。

「会場は十分温めてやった。昨日みたいな演奏を聞かせてくれよ?」

 エリカが不遜に笑って返す。

「冗談言わないで? 今日の演奏が、本当の私達なんだから!」

 小さなエリカが伸ばした右手に、志穂がタッチする。

「貴方たちも…………頑張って」

 そして、好敵手然としたエリカ達の隣では、朱音とアロイのギタリスト二人が手を握り

合っていた。

「はい! 頑張ります!」

「頑張ります」

 穏やかな朱音に、魅音は元気一杯の返答を返し、閑葉は、普段の彼女からは想像もつか

ない程柔らかな微笑を浮かべた。

 ネザースピリットのドラマーは口を開かなかったが、柚姫に対して親指を立て、激励し

て見せた。それに応え、柚姫も親指を立てる。

「ははは…………藤堂さん、ロックだな」

 久人にからかわれた為か、柚姫の顔が真っ赤に茹で上がり、照れた様子で視線を逸らす。

「よし…………始めようか」

 ミキサー卓に就く父に合図を送ると、無線接続されたアンプのチャンネルが切り替わり、

魅音達の楽器がアクティブになる。

 久人が舞台袖でステージを見つめる中、アロイがステージへ移動を始めた。先ずは、魅

音と閑葉が登場し、マイクの前に立つ。

 しかし、会場は彼女達を歓迎していなかった。

 市民会館に詰め込まれた人間の大多数は、ネザースピリットのファンらしき客ばかり。

更には、演目が残っているのにもかかわらず、ネザースピリットのアンコールを行う集団

まで居た。

 全く期待されていない場の空気から不安になった久人だが、魅音の顔を見た瞬間。

 息を呑む。

「あいつ…………」

 笑っているわけではない。

 しかしその表情からは確かに、喜びが滲み出ていた。

 魅音が、ギターのボリュームをゆっくりと引き上げ、静かに腕を振り上げる。

 ストローク。

 かき鳴らされた鉄スティール弦は、ピックアップへ誘導電流を発生させる。生成された

信号はギター内の可変抵抗を通過し、一度無線信号に変換された後、アンプへ突入。三百

五十ボルトもの高電圧のプレートを何度も通過し、歪む。

 それは、〝ギターの音〟から〝エレキギターの音〟へ生まれ変わった。

 アンプの電気的な出力は百ワット。魅音は全てのギターアンプのうち、半分の八基を与

えられている。家庭用のサラウンドシステムが五百ワットクラスである現代において、そ

の出力は決して大きなものではない。

 しかし、エレキギター用に開発されたスピーカーは、家庭用の小型スピーカーと比べて

桁違いの効率を誇る。

 結果、キャビネット一つから発せられる音量は、一般的なスピーカー出力の二百倍を超

え、システム出力は二十万ワット相当。

 魅音の鳴らしたたった一つの音は、背後にそびえ立つ十二インチスピーカーの敷き詰め

られた壁から、ライブ会場へと放たれた。

 まるで猛獣の咆哮のように。

 今まで口を開いていた来場者たちは、一人の少女が発した音に言葉を失う。

「アロイ、です。私達の音楽を…………聴いてください!」

 魅音の言葉が会場に反響する中、エリカにエスコートされた柚姫が入場する。

 ラフな三人とは対照的な、ヴァイオレットブルーのドレスに身を包み、レザーのヘルメ

ットを被る柚姫の姿は、観客の思考を停止させるのに十分なインパクトを持っていた。

 柚姫がドラムセットへ就くと、エリカが耳元で何かを囁き、その場を離れる。

 全員の配置が完了した事を確認した魅音が、演奏を始めた。

 消音した弦のブラッシングから始まる、アロイが一番初めに生み出した曲。

 久人が初めて聴いた、魅音達のオリジナルソング。

 走り出したギターの音へ、ベースやドラムが当たり前のように合流する。

 指揮官である柚姫が寸分の狂いなく指示を飛ばし、切り取られた時間へドラムのビート

をちりばめ、不足する音域をカバーするように、エリカのベースがそれに寄り添う。そし

て、確たる土台を得た二人のギタリストは、マイクに声を乗せながら各々のギターを歌わ

せた。

 魅音は、ドラムのビートを損なわない程度にグルーヴを奏で、まるで機甲師団のように

超高音圧で会場の空気を押し潰す。

 一方閑葉は、正確無比なリードで音楽へ華を添え、空から降り注ぐ航空機関砲の如く、

ソリッドなトーンのソロで観客を魅了した。

 始めこそ無反応であった来場者達も、魅音達のプレイに魅せられ、次第に歓声が戻り始

める。

 それはネザースピリットに向けられたものではなく、まぎれもなく、アロイの、魅音達

の音楽へ向けられたものだった。

 久人にとって、それは何も不思議な事ではなかった。

 ここへ来た客も、普段の生活があり、苦しみがあり、悩みがある。

 しかし、魅音達の音は、それらの不安や苦しみを一瞬で叩き壊してくれる。アロイの音

楽には、心を救う魔法が宿っている。

 会場は、アロイ対観客の様相を呈し、曲を展開する度に、オーディエンスと魅音達がぶ

つかり合った。

 久人に、言葉はない。

 言葉を繰る事すら、この舞台には愚かだと悟り、久人はただ、演奏するアロイを眺め続

けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ