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チャプター 12:「連鎖」

チャプター 12:「連鎖」





 リハーサル前。

 先んじて演奏を披露する事になったアロイの面々は、久人と共にステージに上がってい

た。場の空気が張り詰めている事から、魅音や柚姫は緊張した面持ちである。

 しかし、閑葉とエリカは、全く動じた様子もなく、淡々と準備を進めていた。

 二人を見ながら、久人は内心「こいつらは大物になる」、と喜んでいた。

「お、お兄ちゃん。これ、どうすればいいの?」

 ステージ上のメンバーを眺めていた久人に、魅音が声を掛ける。何か問題が発生したの

かと近づくと、魅音はアンプのツマミを指差し困惑した表情を作る。

「こ、これって。どうやって操作すればいいのかな? うちのとも、スタジオのとも違う

し…………知らないスイッチが一杯ついてるし」

 魅音の告白に、久人は膝から崩れ、よろけた。プロミュージシャンになろうと言う人間

が、ギターアンプの操作方法を知らないと言っているのである。しかし久人は、肩を竦め

ながらもアンプの前にしゃがみ込んだ。

「そうだな。それなら、魅音はどんな音にしたい?」

 久人からの問いに、魅音は更に困惑した。

「どんな、って。なんて言えばいいのかわからないけど。いつもの同じ音が出れば――」

「いつもと同じでいいのか?」

「――えっ?」

 久人から切り返された魅音は驚いた様子で小首を傾げる。そして数秒、その問いの真意

を真剣に考えていた。

「お前の、魅音の。一番出したい音を、こいつは出せるんだ」

 魅音が目を瞠る。

 久人は気づいていた。魅音が出したい音が、どこにあるのか。

 久人は知っていた。魅音が目標としている音が、どんな音なのか。

 そして、久人はこの舞台で、それを実現できる手札を用意していたのである。

「ちょっと待ってろ」

 久人は、アンプのパネルを前にしながら、魅音の好きなアメリカのバンドがどんなセッ

ティングで鳴らしていたのかを思い出す。全てのツマミを12時方向に回し、ロー、ミド

ル、トレブル、プレゼンス、レゾナンスのダイヤルを丁寧に回す。まるで、ダイヤルのメ

モリに印が打たれているかのような手際で、久人は調整を進める。

 そして、ドライブのツマミを反時計回りに戻し、歪みを減らす(・・・・・・)。ギタ

ーアンプの色を決定する最も重要な要素であり、それこそが、真空管などという時代遅れ

の素子を用いる最大の要因。

 歪み。

 意図的に音の波形を破壊する、エレクトリック楽器特有の要素を、慎重に調整した。破

壊する割合が増えるほど、時間単位辺りの音圧は上昇するが、弾き手のニュアンスが殺さ

れてしまう。逆に少なすぎては、破壊的なロックの音にならない。

 久人が目標とする音は、その中間部分である。魅音の得意とする暴力的なリフレインを

表現しつつ、単弦の繊細な音を調整できるだけのダイナミックレンジを確保する歪み。

 裏を返せば、それは奏者のテクニックが露呈する、プロフェッショナルの音。

 久人は全てのツマミが狙い通りの目盛に合っている事を確認し、アンプのスタンバイス

イッチを弾く。

 そして、マスターボリュームを上げ、魅音へ視線を戻した。

「オーケイ。ギター側のトーンを少し絞って、ボリュームを上げてみろ」

「う、うん」

 魅音が頷き、言われたとおりにギターを操作する。

 そして、左手で弦を消音し、一度、上下にピッキングした。

「あ、ああっ…………」

 実音が出ている訳ではない。

 しかし、魅音は目を輝かせ、久人へ熱い視線を送る。

 言葉は無い。

 魅音の表情は、久人に「これだ」と語っていた。

「あ、あの。私も」

 声を掛けられ振り向くと、羞恥に頬を染める閑葉が久人を見ていた。

 魅音と同じように、閑葉の横に跪き、問う。

「そうだな。長谷川さんが出したい、理想の音が出てるフレーズ(・・・・・・・・・・

・・)って、ある?」

 趣向が見えていた魅音と違い、久人は閑葉に対して、別の問いを用意した。

「えっと…………」

 困惑しながらも、閑葉はアンプの音を切ったまま手癖リックを弾いて見せる。

 久人は、そのフレーズを聞くなり、アンプの調整を始めた。閑葉の持つギターは、魅音

の持つギターに比べ出力が低い。非常に凛とした、硬い音が出るギターで、セッティング

はまるで違っていた。

 ツマミを素早く操作し、最後に、歪みのツマミを少し、時計回りに回した。

 そして、同じようにスタンバイスイッチを弾き、真空管へ通電させる。

「これ、って…………?!」

 目で促され、同じ手癖を弾いた閑葉は、目を見開いた。そして、短いフレーズではある

も、正確無比な閑葉の音に、集まった参加者達がどよめく。

 満足した様子で親指を立てた久人は、他の二人に目配せする。エリカは腕を組みながら

「調子に乗るな」と目で訴えかけてくる事から、心配はなさそうに見えた。そして、柚姫

もドラムセットに収まったまま、スティックを握り静かに視線を落としている。

「よし、全員準備はいいな?」

 魅音が目を輝かせ、早く始めたいと訴えかける。閑葉や、エリカも、それに準ずる様子

で頷き返した。柚姫も弱々しく頷き、全員の準備が完了する。

 ミキサーに就く技師に合図し、自身はステージ前へ降りる。

「それでは、始めます」

 統括マネージャーに頷き返され、魅音へ手を振って開始を合図した。

 その時。

 会場へ響き渡る、不快な轟音・・・・・

「え? な、何? 何? どうして?」

 音の発生源は魅音のアンプ。異変を察知した久人が急いでステージに戻り、魅音へ近づ

いた。

「どうした?」

「わ、わからない! スイッチを入れたら、突然こんな音が」

 慌てふためき、涙を浮かべる魅音へ、エリカが近づく。

「先ずはアンプのマスターを絞って。それからスタンバイを落として」

 魅音は指示された通り操作し、真空管への通電を切る。そして、ベースを背中に回した

エリカが、アンプ背面から中を覗き込み、匂いを確かめた後、一拍置いて顔をしかめる。

「駄目ね。ヒーターが死んでるドライブ管が二本。あとは…………電源回路のコンデンサ

が抜けてるわ。この酷いリップルノイズは聞き覚えがあるから」

 エリカは言い終わるなり、慌てふためき、その場にしゃがみ込む魅音の頭を撫でると、

久人へ向け、鬼気すら感じさせる厳しい視線を向ける。

「よくもまあ! こんなポンコツを持ってきてくれたわね!」

「すまない…………」

 謝罪する事しかできない久人を、話にならないとでも言いたげに鼻で笑い、エリカはポ

ケットから携帯電話を取り出した。

 ステージ上に呼び出し音が零れ、七コール程で通話が始まった。

『もしもし、パパ? うん…………うん。それがね? ちょっとこっちでアンプのトラブ

ルが起きちゃって…………うん、そう。えっと、私の道具箱と…………うん、うん………

…そう! やった! パパ、大好き!』

 その後、聞いた事もないような声色でいくつかのやりとりをしたエリカは、通話を終え

ると久人へ視線を戻した。

 それは、通話している様がまるで嘘だったかのような冷たさを持った視線だった。

 状況がどのように動いたのか、久人が口を開きかけると、それに先んじてエリカが声を

上げる。

「パパの会社の人が、修理用の道具と部品を持ってきてくれるわ。明日までに、私が直す

から。けど、今日の演奏は無理ね」

 魅音と共に動揺していた久人が、縋るような視線でエリカを見た。

「な、直せるのか? ありがとう!」

 喜んだのも束の間。久人は、エリカの鋭い視線に串刺しにされた。

「ふざけないでよ?! 大事なステージなのに、借りたアンプのチェックもしなかったわ

け? 通電して異常を確認するくらい、普通するわよね?」

 エリカに責められる久人は、視線を落としたまま相槌を打った。

 反論の余地は微塵もない。

 完全な素人であっても、借り受ける機材のチェックは常識である。仮に、表面上の異常

がなくとも、久人にはギターの心得もある程度ある。

「ハッ! 話にならないわ。もう、道具の手配は私が引き受けるから。アンタはもう、何

もしないで!」

 エリカの怒声。

 その背後で、何かが倒れる音がした。

「…………と、藤堂さん!」

 目を向ければ、ドラムセットの横で、小柄な柚姫がうつ伏せに倒れている。

 ただ滑り落ちただけではないと悟るに、さして時間は掛からなかった。

 突っ伏した柚姫は、身動き一つしない。

 舞台に立つメンバーの顔から、みるみる血の気が引いて行く。

「柚姫、聞こえる? ねえ、柚姫!」

 一番早く駆け寄ったエリカが、柚姫を抱き、肩を叩く。

「触るな!」

 そして、久人が柚姫の様子を確かめようと伸ばした手は、エリカに強く打ち払われた。

 呆然とするアロイのメンバーの中で、最も早く硬直から抜け出したのは閑葉だった。自

身の携帯を取り出し、直ぐに救急車を手配する。

 柚姫を囲み、その身を介抱する輪から一歩引き、久人は空を仰ぐ。

 何もできない無力感。

 回避できたミス。

 唯一のチャンス。

 声を出す事もできないまま、久人は両目を掌で抑えつけ、天を仰ぐ。

 それは、アロイがニューウェイブコンサートへの参加を取り消された瞬間だった。





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