鑑定
「それで?その死んだラスさんとやらは何の目的でここにいるんだ?」
「さぁね。それが分かれば僕は真っ先に君に伝えているよ」
大袈裟に肩をすくめるラス。そして、何かを思い出したようにラスは話しだした。
「そういえば君の見ていた夢を僕も見たんだよ」
「盗み見か?褒められた趣味じゃないな」
「そんな能力は無いよ。こう、イメージが僕の頭に流れ込んで来ただけでね」
「別にやましい夢じゃないからいいが、それがどうしたんだ?」
「なんて言えばいいのか分からないけど、一目見てこれは僕のいた世界とは違うと確信したって事かな」
「…お前にとって異世界って事か?」
「判断材料が少なくて断言は出来ないけど、大方そうだと考えているよ」
突拍子も無い話に飛躍してしまったが、それを裏付ける材料としてラスの服装もどこかコスプレの様な装いだ。髪の色は深緑で、片眼鏡を着け、マントを羽織り、薄汚れてはいるが見るからに頑丈そうなブーツを履いている。これは商人としてよくある恰好とラスは語っていた。
ラスのいた国にしても名前の聞いた事が無い場所で、大陸の特徴なども類似する点は見られなかった。当初はヨーロッパのどこかと考えていた草野だったが、ラスの口から魔法や魔道具といったファンタジーな話になってからその考えは消え失せていた。彼が生前所持していた本が手元に残っていたらしく、それを手渡し草野に証明していた。
「これも魔道具の一種でね、終わり無き本ってタイトルなんだ」
「本の真ん中から先のページが白紙になってるぞ」
「ちゃんと文章を読み進めていかないと先が読めない仕組みになっているんだ。最後まで読み切ればまた先頭から新しい話が上書きされるんだよね」
「読み返し出来たりしないって事か?」
「読んだ内容を思い返せば、その内容に切り替わるようになっているよ」
電子書籍のようなものか、と草野は一人でに納得した。
生前身に着けていた物はそのまま残っているらしく、マントで隠れてはいたがラスは肩にかけるショルダーバッグも身に着けていて、そこにも魔道具はいくつか入っているらしい。バッグの中に地図があり、草野は一目見せてもらうと、ラスの世界が異世界である事を証明するのには十分な物だと確信した。
「これでも僕は世界を渡り歩いて商売をやっていてね。行ってない場所は無いに等しいかな」
「いわゆる行商ってやつ?」
「行商を含めて色々やったよ。知らない土地を訪れて商売するのは楽しかったなぁ」
「それを同業者に妬まれて、はたまた客に代金を踏み倒すために殺されたってところか」
「フフフ、残念だけどその程度で殺されるほど僕は甘くないよ。何人かは試みたようだけど、結果はどれも呆気ないものだったよ」
ラスは親指を自分の首に向け横にはらう。暴力に走った連中は皆返り討ちにしたという事だろう。商人と語っていたため、自衛のための戦力は抜かりないといったところか。しかし、ラスの見た目は若い。先ほどの証言に草野は違和感を覚えた。
「でも、お前はその若さで死んだんだろ。病死か?」
「病死だったらこんな旅装で寝込んでるのはおかしいんじゃないかな」
「自衛はしっかりしてたからそう思っただけだ。不測の事態が起きてもすぐ逃げられるようにとかな」
「あぁ、そういうことね。僕はそこまで警戒する必要は無かったから寝る時は毎回寝巻に着替えていたよ」
病死ではないとすると天災で不慮の死か、と考えていた草野に申し訳なさそうにラスは頭を掻きながら呟く。
「僕が死んだのはちょっとした女性問題が原因でね…、聞きたい?」
「その辺は興味無い」
ばっさりと言い切る草野にラスはがっくりと肩を落とした。普通なら恥ずかしくて話したがらないものだろう、ましてや女性が原因で殺されてしまったのにだ。これには深いわけがあって…、とラスが言いかけているが無視することにした。
「単刀直入に聞こう。ラス、お前はこれからどうしたいんだ?」
ぶつぶつと小声で過去を語っていたラスは草野の問いに考える素ぶりをみせる。草野は続ける。
「正直言わせてもらうと、お前がここにいるメリットを俺は感じない。俺の頭で好き勝手される可能性だって否定できない訳だからな」
ラスは静かに耳を傾けている。
「最悪の形、お前は俺の精神に異常をきたす恐れだってあるはずだ。二重人格のように俺のもう一つの顔として表に出る可能性も捨てきれない」
草野は自身の警戒心を強調して語りかける。
「出来ればこのままお前を消し去って俺は平穏に暮らしたい」
いつの間にか目を瞑って聞いていたラスは静かにそうだね、と呟いていた。
「僕も商人の端くれだから、草野洋介君の意見は僕の生死を交渉材料にしていると受け取らせてもらったよ」
先ほどまで見せていた柔らかな物腰とは打って変わって鋭い眼差しを草野に突き付ける。全てを見抜かれてると錯覚してしまうその視線に草野は目を背けられなかった。不思議な事に、鋭さに反して殺気などは微塵も感じさせない瞳だ。
「そうだ、僕の能力を君に貸すって事でどうかな?」
「へ?」
「僕が商人として重宝していた『鑑定』を使えるようにするって事さ。これで僕は国を作れるだけの資産を蓄える事が出来たからね。まぁ、死んでしまったから蓄えてた資産は無駄になったわけだけど」
さらっととんでもない事を言いのけたラスだが、それが事実なら草野も同じように活用できる事を意味する。使い方次第で人生を大きく変化させる事も出来てしまうのではないかと草野は考える。
「物は試しというし、能力を一度使ってみる事をオススメするよ」
その瞬間、草野の視界に文字が浮かび上がる。ラスの横に『名前:ラス』『職業:商人』と続々と着ている物や持ち物など名前がずらりと並ぶ。手に持っている本もしっかり『終わり無き本』と名前が浮かんでいる。
「…お前は、一体何が目的なんだ」
「君になら能力を貸してもやっていけると思ったからだよ。フィーリングって奴で、特に深い意味は無いさ」
ラスは手元にある本に目を移す。
「強いて言うなら、この本を読み終わるまでまだ死にたくないって事かな」
気づけばラスの鋭い視線は影をひそめ、朗らかに微笑んでいた。




