明晰夢
目を覚まし、食事をとって登校の準備を終える。そして俺は歩いて家から左方向に進んでいく。途中、友達と合流し次第に大所帯でゾロゾロ歩いていく。話題は昨日のお笑い番組の話や夕飯時に流れる週刊漫画のアニメなど。中にはマニアックなゲームの話題をする奴もいたが、適当にあしらわれたり。必死に熱弁するから興味を持ってそのゲームをやり始めたが、これが中々面白かった記憶がある。面白いゲームなのにマニアックなので話が出来る人がいないジレンマを抱える事になる訳だが。
こうした今の状況が夢の中である事をようやく自覚する。家から左に曲がった時点で気付くべきだったが、久しぶりの夢だったこともあり、自分が明晰夢を見る事が出来るのを忘れていた。明晰夢は一言で言えば、夢を夢と自覚しながら見る夢であり、状況を自在に操る事も出来る。シチュエーションを変えて楽しんだり、望んだものを出現させたりと人によって用途は様々だが。かくいう草野洋介も試しにやってみると明晰夢を見る事が出来た。失敗すると脳が覚醒したまま体が動かなくなる、俗にいう金縛りを体験するはめになるそうだが今のところ一度も無い。
夢は記憶の整理を行っているとされているため草野洋介の過去を夢で見る事に違和感は無い。しかし、言い知れぬ不快感を覚えた草野は自分の中学時代の登校風景をかき消す。空が消え、人が消え、風景全てを消し去り真っ白な空間になる。
「あらら、上手く気配を消していたと思っていたんだけどね」
白い空間に白い球体のような物に背を預けた男は呟く。深緑の髪は少し癖があり、今はかける人がいないに等しい片眼鏡、モノクルを着けているのも怪しさを強調させる。手元で読んでいた本を閉じる。
「僕はラス。お互いのために君とは仲良くしたいと思うんだ、草野洋介君」
言い終わると同時に鋭利な刃がついたワニバサミが男の足元に出現する。ぐちゃっ、と潰されたのは白い球体のみで、ワニバサミからドロドロと白い液体が流れてくる。ラスと名乗った男は間一髪で飛び退いたため、真っ白な地面で尻餅をついている。
「ちょ、ちょっと、いきなり襲ってくる事ないでしょ!あんなのに挟まれたら死んでしまう!」
「ちゃんと死ぬんだ、面白そう」
草野は大太鼓ほどの大きさの銃弾を作りだすと、躊躇いなくラスめがけ発射する。ゼロ距離からトップスピードに乗った弾丸はラスが咄嗟に作りだした壁に阻まれそれぞれ四散する。
「…少しだけ話を聞いてはくれない…かな?」
「異物に耳を貸す道理は持ち合わせていない」
草野の夢の空間で草野の意思に反して自由に動くラスは危険因子と判断した。
草野の頭上に作られた6つの槍がラスの足元に飛んでいく。しかし、どれもラスの足を捉える事は無く白い地面に突き刺さる。人並み外れた身のこなしでかわすラスの足元に、広い範囲を指定し地面を正方形に盛り上げるとラス自体を持ち上げ、真っ白な上空に突き上げる事に成功する。空中で身動きが取れないラスが上昇と下降の中間点に達したのを確認すると、草野は蚊を潰すかの如く、出現させていた真っ白な大きな両手でラスがいた空間を潰した。
しばらくするとラスが凄い勢いで地面に突っ込み、着地と同時に地面が大きく波打つ。衝撃を吸収させたのか、その前にどうやって動けない上空から脱したのか。
「あ、危なかった…」
ぜえぜえと肩で息をするラスを一瞥すると、草野はソファを作り出しそこに腰かける。真っ白な空間なので色は無い。
「よく逃げ切ったね、どうやったの?」
「空間に固定する物体を作って、そこを足場に間一髪抜けだしただけだよ」
「ふぅん」
「あ、あれ…、体が動かない…」
「逃げないように固定させてもらったよ」
「いつの間にこんなものが巻きついて…」
会話の途中でラスの体は真っ白な地面に着地の姿勢で拘束されていた。白い蛇のような線が幾重にも巻きついている。力を込めてもビクともせず、切ろうとしても切れる事はない。その内ラスは抵抗をやめ、拘束している白い線に身を預けていた。
「さっきまでは手加減していただけで、少し本気になればいつでも捕まえる事は出来たって事さ」
「ハハハ、あれで手を抜かれていたって訳だね。こっちは本気で逃げてるつもりだったんだけど」
力なく笑うラスの拘束を解き、彼のための椅子を一つ出現させる。その様子を茫然と眺めていたラスだったが、借りるねと一言と共に彼は椅子に腰かけた。
「これは僕の話を聞いてくれるって解釈でかまわないのかな…?」
「別にいいよ。どちらにしろお前の命を握ってるのは俺である事に変わりは無いから」
「身をもって体験させてもらったよ」
「で、何者なの?なんでここに入り込んだわけ?」
ラスは椅子に浅く掛け直すと、肘を太ももにつけ口元を隠すような位置で顔の前で軽く手を組む。
「既に名乗ってるけど、僕の名前はラス。生前は商人としてそれなりの成功を収めていた」
「生前…?それって既に死んでるって事か?」
ラスは顔色を変えることなく静かに頷いた。




