マグマ大噴火コロッケ
佐竹についていくと連れられたのは商店街だった。通学路で通る事も出来るが他のルートを選んだほうが早く着くため、それが分かってからは一度も来ていなかった場所だ。これといった特徴のない平凡な商店街の印象だったが何かあるのだろうか。
「洋介、ここまで来れば何をしに来たかは分かるだろ?」
「…はい?何の事かさっぱり分からないんですけど」
「ちょっ、それ本気で言ってんのかよ。この商店街と言えばマグコロだろ」
「なにそれ?おいしいの?」
「うん、おいしいぞ!」
適当に受け答えしてたが食べ物だったのか。マグコロ?そんなものあったか?
自転車をこぎながらマグコロの説明を熱心にする佐竹だが、残念ながら伝わってくるのは食べた時の表情ぐらいだ。
「がぶっとしたら、じゅわーっとなって口の中がふわーってするんだよ」
残念な説明を聞いている内にこじんまりとした精肉店に止まる。
色んな種類の肉がショーケースの中に飾られ、100グラムの値段が表記されている。その中で一際目立つのがショーケースの真上に置いてある揚げ物コーナーだ。普通のコロッケ・豚カツ・エビフライなどに比べ、目玉であるマグコロは大々的にスペースを取っている。限定50個とこれみよがしに特別感も持たせているようだ。
「おばちゃん、マグコロちょうだい」
「あいよ、あと2個しかないよ」
「ラッキー!それじゃ2個お願いね」
佐竹が慣れたように注文し代金を支払うと、マグコロを一つ俺に渡してきた。
「これが洋介に食わせたかった奴だ」
「ちょっと待って、今お金出すから」
「そんなんいいって!俺が勝手に買ってきたんだから気にすんな」
ここで押し問答をしても空気を悪くするだけだと思い、俺は佐竹の好意に甘える事にした。何か機会があればその時に奢ったりすればいいかな、と考えているとこちらに向かって走ってくる人影が見える。その人影は精肉店手前で走るのをやめ、息も絶え絶えに精肉店で注文をした。
「お、おばちゃん…マグコロ…ある?」
「残念だね、さっき無くなった所だよ」
「なっ!」
残念ながら先ほど俺達が買ってしまったんだよな。
「あーもう、おばちゃん!作る量増やしてくれって頼んだじゃん!」
「簡単に言うんじゃないよ、こっちだって50個作るので精一杯なんだよ」
「俺みたいなマグコロ難民の事はどうでもいいって言うのかよ」
「そんな事言うならアンタも早く買いに来ればいいじゃないの。前まで乗ってたバイクはどうしたのさ?」
「あれは…まぁその、色々あって売っちまったんだよ…」
マグコロを買いに来た男はボンタンを穿き、一目で土方と分かる姿だった。足は格好に似合わずスニーカーで、おおよそここまで走ってくるために工事現場から履きかえたのだろう。
そんなやり取りを眺めながらマグコロを食べていると土方と目が合う。それも一瞬だけで特に睨まれたりはせず、土方はそのまま来た道をトボトボ歩いて帰っていった。隣の佐竹は店の様子も気にせず呑気にマグコロの食感を楽しんでいるようだ。
「いやー!これだこれ、このじゅわーって来てふわーってなる奴、久しぶりだわ」
「想像以上に肉汁があふれてくるね」
「分かる?この寄せては返す波のような歯ごたえ」
「佐竹君、薄々感じてたけど表現下手だね」
「…えっ、まじで?」
マグコロの食感を十分に楽しみ、少ししょんぼりとした佐竹と別れ、お互い家に帰った。家に上がりリビングに行くと母親はテレビでニュース番組を見ていた。
「あら、おかえり。思ったより帰ってくるの遅いわね」
「そっちが早すぎるんじゃないの?今日入学式いたはずでしょ」
「ふふん、ちゃんと洋ちゃんの雄姿をカメラに収めてきたわよ」
「入学式なんて撮ってても面白くないでしょ」
「大事な日なんだから面白さは関係ないわよ。それよりご飯どうするの?」
「ちょっと食べてきたから適当な時間に食うよ」
「用意は出来てるからちゃんと温めて食べるのよ」
「了解」
「さて、そろそろ失礼しましょうかね」
母親は昼からパートのようだ。今日ぐらいシフトを変えても誰も文句を言わないんじゃないかと言った事があるが、それをやり繰りするほど人に余裕が無いそうだ。バイト未経験の俺ではまだ分からない事情もたくさんあるのだろうと一人勝手に納得した。昼食が何かを確認すると思わず声を出してしまった。
「なに?どうかしたの?」
「…あぁ、いや、何でもない」
怪訝な顔をする母親ではあったが、時間に追われているためそそくさと家を出ていく。
「母さん、絶対あの商店街寄って帰ってきたな…」
昼食として用意されていたのは、ほかならぬマグコロだった。




