7話、月移住計画
更に数年経った。
ここで分かったことが、僕が人間じゃなくなっていたことだった。永琳は見て分かるくらい成長してるのに、僕の外見は少しも変化なし。身長体重が17歳の頃とまったく同じ。唯一変化が見られたのは髪が伸びた事だけ。あと5cmはほしかったなぁ。
永琳に調べてもらってもさっぱり、で人間じゃないって事しか分からなかった。
これが困るどころか良いことばかりだった。寿命は延びるし、妖怪並みの身体能力を持ってたり、魔力が数倍に膨れ上がってたりと、素直に喜んだ。永琳は呆れてたけど。
ある日の夕食。いつものように僕が先に帰って料理をして永琳を待つ。都市の行く先を決める大事な会議があるとか言っていた。疲れて帰ってくるだろうから、今日は永琳の好きな料理を用意しておこう。
ちょうど全部用意できた所で帰って来た。
急いで机に並べて、食べ始める。
「………」
「……永琳?」
うつむくばかりで少しも手をつけていない。
「美味しくなかった?」
「……大事な話があるわ」
いつになく真剣な永琳の雰囲気に、僕は箸を置いて聞く態度をつくった。
「何かな」
「……1ヶ月後、月に行くことが決まったわ」
「月?」
「地上には穢れがあることは前に言ったわよね?」
「ああ、うん」
生きる者がいるこの地上には“穢れ”なるものが蔓延してるらしい。これは要するにあまり宜しくないもので、生き物から永遠を奪っていく。
「月にはこの穢れがカケラも存在しないことが分かったの。それからすぐに移住が決まったわ。1ヶ月中に全ての準備を終えて、全住民を乗せたシャトルを射出する」
「へぇーー」
とうとう月まで行くのか、すごいなー。
「貴方は……来る?」
「……ごめん。僕は行かないよ」
「ッ!?」
永琳には悪いけど、僕はもっといろんなものを見て回りたい。月は狭そうだし。
「……なんとなく、そんな気がしてたわ。貴方の独り占めはできないって。1つの場所に留めておくことはできないって」
「……僕って、そんなにフラフラしてるように見えるのかな?」
「逆よ、私が誘っても見ないふりしてたくせに。魔法使いとしての探究心が強すぎるってだけよ」
「言っておくけど、それはほめ言葉だからね」
「ほめてるのよ」
永琳はにこりと微笑むと夕食を食べ始めた。
そこからはいつも通りの風景に戻った。料理や研究の話をしたり、テレビに映る司会者につっこんだり、食器を洗いながらくだらない事で盛り上がった。
この暮らしがもうすぐ終わると思うと寂しいけれど、会えなくなったわけじゃない。僕は人間じゃ無くなったから寿命は延びてるし、永琳は月に行けば穢れが無くなるわけだから老いで死ぬことはなくなる。そのうち魔法で月にも行けるようになるさ。
あっという間に1ヶ月が過ぎた。
できたロケットの数は永琳の予想の約半分、6機だけだった。本当に全住民が乗れるのか疑わしかったので永琳に訊いてみると――。
『ギリギリってとこね。最低でも8機は欲しかったんだけど、途中で私が別の部署に移されて開発速度が落ちて6機しかできなかったの』
と言っていた。永琳を別の部署に移すなんて上の人間は何を考えてるのか分からないが、今何を言ってもどうしようもない。なんとかできた6機でどうにかするしかないんだから。
皐月、風音、奈菜花にはこの事を話してある。ただし、妖怪にバレると必ず押し寄せてくるだろうから、他の妖怪に言わないように言っておいた。人間がいなくなるのに妖怪が黙っているわけがない。
必ず来ないとは言えないので防衛隊と戦闘型マシンの配備はされているけど、妖怪相手には気休めにもならない。来ないことを祈るばかり。
僕は永琳が乗ったシャトルが無事に上がったのを見てから都市を出るつもりだ。最後のシャトルに乗るらしいので、全部を見送りすることになる。現代の頃はテレビでしか見たことが無いからちょっと楽しみだったり。
これといって準備する物は無いので支度はすぐに終わった。愛用の水色の戦闘用ローブを着て外に出た。
「……いつもどおりだ」
外に出ると都市はいつもどおりだった。
いつもどおり住民が行き交い、いつもどおり店は商売をして、いつもどおり車は走りまわり、いつもどおり人で溢れかえっていた。
“今日がシャトル打ち上げの日”であるにも関わらず、住民はいつもどおりの日々を送っている。
おかしいとかそんなレベルじゃない。ありえない。全住民が都市から月へ移住する計画だったはず。永琳が嘘をつくはずが無いし、一部の人間だけを移住させるなんてことを永琳が許すはずがない。
と言う事は、永琳は知らない?
だとしたらすぐにでも知らせないと!
行政区まで“空間”で転移して中に入る。受付の人に取り次いでもらうため話しかけた。
「八意永琳の助手の光村です。彼女に取り次いでください!」
「は、はいっ!」
思わず魔力を出してしまった。受付の人が怯えながら電話をかける。普段なら謝ってるところだけど今の僕には余裕が無い。
「あの……」
「なんですか?」
「今は出ることが出来ないそうです」
「電話にもですか?」
「はい。ですが、あと数分後なら少し時間が出来るとのことなので第3応接室で待っていてほしい、と言われていました」
「……わかりました。ありがとうございます」
第3か……。58階だったっけ。
『やあ、光村助手』
「……市長さん」
第3応接室で待っていると、突然ディスプレイに電源が入り市長の顔が映し出された。
『受付の者からここへ来るよう言われて来たのだろうが、そこに八意永琳は来ない』
「なんで……まさか、さっきの電話は」
『私だ。君に伝えておくことがあってな、こうして1対1で話ができる機会を設けさせてもらった』
「……まあこの際市長さんでもいいです。なんで住民はシャトルに乗らないんですか? まるで移住計画を知らないみたいじゃないですか」
『そのとおりだ。八意永琳には“全住民が”移住すると言ったが実は違う。本来は“選ばれた人間が”月へ移住する計画だ。彼女に真実を言うと反対されるだろうから伏せておいた』
「……なんでそんなことを?」
『月へのシャトルをたった1ヶ月で人数分作るにはどうしても彼女の協力が必要だったんだよ』
「そっちじゃない! なんで一部の人間だけしか乗せないんだ!」
『無能だからだ。大半の住民は無能で役立たずの穀潰しにすぎん。そんな連中は穢れの無い月にはふさわしくない』
「な………」
なんて勝手な奴だ……。
何度か会う度に気味の悪い奴だとは思ってたけど、これはもはやクズといっても過言じゃない。
『しかし私もそこまで酷い人間じゃない。都市に残る住民にも穢れの無い地へ行けるようにプレゼントを用意している』
「………なんですか? そのプレゼントって」
市長は最高の笑顔で言った。
『都市に残った動力炉、発電機関、ガス、火薬の類のものを一斉に爆発させる。スイッチはシャトルが打ち上げられた瞬間に入り、30分後に爆発する。あの世という穢れの無い地でよろしくやるといい。では、さらばだ。ハハハハハハハハハハハハハ!!』
“氷”で生成した槍をディスプレイに思いっきり投げつけた後、ドアを蹴破って走り出した。
市長さんマジキチwww