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第九話 優奈


 イブは脳細胞から出る脳波の処置をもてあましていた。

 脳細胞はおそらくミユキという女のものだろう。研究所から連れ出されたときに、独特の脳波が発せられた。その後も直哉達と行動を共にしていると色々な場面で脳波が発せられる事が判った。研究所の中ではあまり起こらなかった事象だ。


 最近一番大きく反応したのは、二十八番地区のシーカー騒ぎで小さな女の子が足を食われて這いずっている姿を見たときだ。


 明らかにマイナスレベルの脳波だった。

 直哉の様子も変だった。

 あのカラヤという女が処置をしていなかったら、おそらく直哉は食われていただろう。


 人間の脳は複雑だ。これを掌握するには相当な時間とデータ量が必要なことだろう。


 直哉が言った。

「イブ。いや、これからは優奈という名だったな。もう君は自由なんだよ。無理してここに留まる必要はない」


 その言葉を聞いたときも脳波が発せられた。マイナスとプラスが入り混じるような、また新しいパターンの脳波であった。

「どうしてだ? この体はミユキのものではなかったか?」

「ああそうだ。だが既に君はもう、君という人格になりつつある。一緒にいて欲しいのは確かだけど、強制する権利はないさ」


 ワグニの娘を探すという目的も達せられたことだし、と直哉は付け加えた。


「わたしは今はヒューマンモードに設定されている。ヒューマンモードでは、自分の身を守ることを第一に考えて行動するようプログラムされているのだ。決しておまえ達に指示されている訳ではない」

「なるほど。ということは、今はここが安全だと判断しているわけだね。まぁ君はマシンだから情に流される事は無いと思うけど、僕が発症してしまったら迷わず処置を頼むよ」


 その言葉を聞いて、また新たなパターンの脳波が出てきた。原因は分からない。


「ところで他にどんなモードがあるんだ?」

「研究モードだ。研究モードは指示されない限り基本的には体を動かすことはしない」

「……そうか。まあそれも不便だな。自分でモードチェンジは出来るのかい?」

「やろうと思えばできるが、博士か助手に命令されない限りチェンジしないようプログラムされている」


 頭皮を切り取り、蓋を開けるとモードチェンジのスイッチがある。

 イブはその場所を指差して説明した。


「もし研究モードにされてしまったら、ここを開けてヒューマンモードに変更してくれ。研究モードの状態でシーカーに襲われると危険だからな」

「……う、ああ。頭にナイフを入れるのは勘弁して欲しいが君を救うためなら仕方が無い。あ、出来ればその役目はグレイトさんにお願いしようかな」

「わ、ワシかい。いや、ワシも遠慮しとこう。若い娘の頭にナイフを付きたてるなんぞ年寄りのするこっちゃないわい」


 形が人間というだけで、そんな事すら敬遠してしまうのか。

やはり人の思考というものは複雑なもののようだ。


「ところでわたしは身を守るのが第一優先だが、第二優先は学習だ」

「ほう」

「だから色々と人間の暮らしを体験したい。まずは直哉の鉱山の仕事とやらに参加させてくれないか?」

「鉱山だって?あれは男の仕事だよ。イブなんかが行ったら間違いなく騒ぎになってしまうよ」

「女も居ると言ってなかったか?」

「確かにそうなんだけど……。イブみたいな小奇麗な女の子は無理だよ」


 容姿が問題なのか?

 なら、小汚い服を着て泥でも塗っておけばいいのか?

 そう言ったが直哉は納得してくれなかった。


「ふぉっふぉっふぉっ。面白いじゃないか、直哉よ。連れてってやったらどうかの?」

「グレイトさんまで……。他人事だと思ってるでしょ。どうなったって知らないですよ」


 納得してくれたようだ。

 色々な仕事があるが、イブにはまだ人間を相手に何かをする仕事は無理なはずだ。鉱山であれば、岩を砕いて運ぶだけだと聞いた。まずはここから学習だ。


 翌朝、直哉と共に仕事に向かう。

 確かに、男ばっかりだった。時々女もいるらしいが今日はいなかった。


「おめぇ、ナメてるのか?」

 イブを見た大柄な男が直哉に詰め寄った。

「お、親方。すみません。でも妹は本当に馬鹿力なんですよ」

「あの細い腕でか? 掴んだら折れちまいそうじゃねぇか」

「本当なんです。だからとりあえず連れてってください」


 周りの男達も、ニヤニヤと笑っている。あの笑いは馬鹿にした笑いだ。

 おそらくイブに力がないと思っているのだろう。


 仕事が出来ることをアピールしなければならない。


 イブは近くにあった直径一メートルくらいの岩を持ち上げ、真上に投げた後、落ちてきたところに拳を叩き込んだ。


 派手な音をたてて岩が砕かれた。

 これくらいの力を見せ付ければ大丈夫だろうか?


 辺りを見回すと、皆、口を開いたまま立ちすくんでいた。

 この表情は驚きと恐怖が合わさった表情だと考えられる。


 直哉がイブの腕を掴んで少し離れた場所まで引っ張っていく。


「バカヤロウ! やり過ぎなんだよ」

「力があるところをアピールしただけだ」

「ったく。あれじゃあ丸っきりバケモノじゃないか。もう少し手加減しろ」


 今のは行き過ぎだったらしい。なかなか調整が難しそうだ。


「親方、ちょっと荒っぽいですが大丈夫でしょう?」

「何なんだよ、あれは。まさかシーカーじゃないだろうな?ってか岩を素手で砕くなんて人間じゃねぇぞ」

「違いますよ。優奈は身を守るためにグローブにSS合金だっけ?あれを仕込んでるんですよ。シーカーに襲われても大丈夫なようにね」


 直哉が必死に誤魔化そうとしている。

 かなり力をセーブしなければならないようだ。


 何とかその場は収集し、無事に鉱山に出発できることになった。


 仕事は何の問題もなかった。

 途中、何度か直哉にやり過ぎだと注意されたくらいで、ちゃんと給料ももらえた。力の掛け具合さえ調整すれば大丈夫だろう。


 その後一週間働いた。

 初日にイブのパフォーマンスを見せた男達は、あまり近寄ってこなかった。いや、むしろ避けられているといった表現のほうが適切だった。しかし、翌日になるとメンバも少し代わり、初日に居なかった男が何人か仕事中に私の所へきて色々と話をしていった。上手く応対できたかどうか分からないが、特に直哉も文句を言わなかったので大丈夫なのだろう。


 時には体に触ってくる男もいた。イブの体は、一応、女として魅力的な創りになっているようだ。


 二週間目に突入すると、イブに近づく男がかなり増えてきた。


「よぉ、優奈ちゃん。ここ終わったら飲みに行かねぇか」

 イブの肩をぐっと抱き寄せて顔を覗き込みながら迫ってくる。おそらく酒を飲まないかと言っているのだ。イブはある程度飲食もできるよう設計されているが、あまり不純なものを体内に注入するのは避けたかった。


「残念だがわたしは飲めないんだ。他をあたってくれないか」

「そう連れないことを言うなって。ちょっと口をつけるだけでいいんだからよ」


 そう言うと男はイブの足にも手を掛けてきた。ふとももを撫で回している。イブは人間らしく振舞うために嫌がる素振りを見せて手を払いのけた。すると、男は逆に強引に押さえつけてきた。


 おそらくこれは強く拒絶しても良い状況だろう。直哉は別の場所で作業中だったため確認を取ることはできないが、イブはそう判断して男の腕を掴むと、力を調整して投げ飛ばした。


「このアマぁ下手に出れば付け上がりやがって」


 殴りかかろうとする男を、他の男達が必死で押さえつけてくれた。


「やめろよ、嫌がってんだろうが」

「うるせぇ」


 一気に乱闘騒ぎになってしまった。

 狭い鉱山の中で男達が泥だらけになって殴りあう。


 が、結局は一対多だ。嫌がらせをしてきた男はすぐに取り押さえられた。

 その後すぐに親方も駆けつけてきて事態は収拾したが、イブの鉱山労働はこれで終わる事になってしまった。


 その日仕事を終え、帰宅すると直哉が今日の出来事をグレイトに伝えた。

「イブは、やはり刺激が強すぎるようです」

 親方から、やんわりと自粛してくれないかと言われたらしい。


「ふぉっふぉっふぉっ。それは面白そうじゃったな。ワシも見たかったわい」

「何言ってんですか。笑い事じゃないですよ、もう」

「他の鉱山で働いても良いが、どこも同じじゃろうなぁ。違う仕事を探すしかないかのう」


 更なる学習のため鉱山労働は続けたい。しかし同じようにトラブルに発展するのであれば避けたほうがよさそうだ。不本意だが他の方法を探すしかないだろう。



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