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第三十三話 葛藤



 その目に嘘はない、と思いたかった。

 イズミナが最初に出会った時から感じていた、この男に対する違和感。


 しかしそれは、未だに全てが払拭(ふっしょく)できてはいなかった。

 まだ何かある。

 それが何なのかわからない間は警戒しておくべきだ。そう感じた。


「着きました。この部屋で処置しますので入ってください」


 通された部屋にはイズミナが見ても何をするのかわからない装置が並べられていた。いくつかのモニターと、レバーが何本か備えられている装置がある。


 複数のモニターには『マザー』が映っている。時間経過とともに別の『マザー』に切り替わっていくことから、監視装置だと思われる。

 

「驚いたのぅ。前から思っていたんじゃが、アンカトレアには過去の文明が沢山残っておるの」

「シティからゆずり受けた技術も沢山あるらしいですがね。……この注入口から薬品を入れる作業をお願いしたい」


 ブラッドは言った。

 これで『マザー』を殺す事が出来るのだと。


「ふむ、わかった。じゃが一つ確認させてくれんかの。これだけの作業であればあんたでも出来るじゃろ? どうしてワシらが?」

「それも説明します。ちょっと待ってください。薬品を取ってきますので」


 そう言ってブラッドは部屋を出て行った。

 が、その際にドアを閉めて閉じ込められてしまった。


「お、おい! どういう事じゃ?」


 慌ててドアを開けようとしたが、向う側からつっかえ棒をされてしまっているようで、びくともしない。


「申し訳ありません」

「なぜじゃ? こんな事に何の意味があるのじゃ?」


 内部の秘密を知られたからなのか?

 それなら最初から話さなければ良いはずだ。

 

 殺害するにしても、わざわざ我々をこんな所まで連れ出して実行する意味が分からない。単に秘密を打ち明けたかっただけなのだろうか。そして、打ち明けたからには必ず口を塞がなければならないとか。


 それにしても回りくどすぎる。


「薬品は部屋の中にあります。その樽です。中身を全て注ぎ込んでください。しかし、それだけでは『マザー』を殺す事はできません。やつらは強力な浄化能力を備えていますので、この毒素を中和してしまいます」

「なら、どうするのじゃ?」

「やつらに供給している酸素を止めます。呼吸が出来ない状態であれば浄化する力も弱まるので殺す事が出来るでしょう。酸素供給装置は別の場所なので、そちらはオレがやります。呼吸が出来なくなって暴れだしたら、すぐに薬品を投与してください」

「わかった。じゃから扉を開けてくれないか」


 扉には小さな窓がついており、そこからブラッドの目の部分が見える。

 その瞳は、本当に申し訳なさそうにしていた。


「申し訳ありません」

 ブラッドは再度、謝った。

「薬品を投与してくれれば、必ず扉をあけて開放します。それはお約束します」

「じゃから投与すると言っちょる」

「本当ですか?」

 彼のまなざしが厳しくなった。


「うむ、じゃがもう一つだけ確認させてくれ。『マザー』のおかげで皆が生きていけると言う言葉は何を意味するのじゃ?」


 グレイトのその言葉に、彼のまなざしは寂しく答えた。


「やはり気にされていたのですね」

「ああ、それを確認せんとな」


 地下通路を通る途中で出会った、元アンカトレアの住民は確かにそう言った。多くは語ってくれなかったが、その言葉に偽りはなさそうであった。そして、その現実に耐え切れず逃げ出したのだと。

 

「……食料です。やつらはシーカーを造りだす際に人間が食する事のできる物質も吐き出すんだ。我々は、それを加工して食している」

「なんと。そいつは驚きじゃの」


 では自分達がここへ来てからずっと食べていたものは、『マザー』が造り出したものと言うことになる。イズミナはなんだかとても複雑な気持ちになった。


 確かにあまり見た事もないような食べ物であった。だが味はそんなに悪くはなかった。全く違和感なく食する事が出来ていたのだから。

 

 しかし千人を超える食料を造りだす事が出来るとは信じがたい。いったいどのような仕組みになっているのだろうか。『マザー』は無から有を造りだす事ができるのだろうか。

 

 その問いかけにブラッドは首を横に振った。

「数十年前から、アンカトレア周辺の海全体に藻のようなものが覆い始めたんだ。プランクトンか何かではないかと言われていたが、未だに正体は分かっていない。『マザー』は、それを体内に取り込んでシーカーや食料を造りだしている」


 にわかに信じがたい事だ。

 その『藻』のようなものは、いくら採取しても次から次へと流れついてくると言う。

 どこから来るのか、どうやって生成されるのか、誰も分かっていないらしい。


「オレは技術者じゃないから詳しい事は分からない。ただ知っている、というだけだ。他にも『マザー』を使って異常に身体能力の高いシーカーを造ったり、他のシーカーを操るためのクローン人間を造ったり、今でも色々な研究が進められている」


 イズミナはふと、真琴の事を思い出した。

 以前、Fブロックから派遣した調査隊が連れ帰ってきた少女だ。残念ながら、彼らは連れ帰る途中でシーカーにやられてしまい、真琴をFブロックまで届ける事が出来なかった。グレイト達から聞いた報告では、確かに、他のシーカーを操っていたと報告を受けている。


 真琴は失敗作だと言っていたらしい。

 まさに、人の手で造られたものだから失敗作という言い方になったのだ。


「もしワシらが『マザー』を破壊すれば……」

「アンカトレアの住民は全滅するでしょう」


 ブロック外に逃げて自ら生活の糧を築く事が出来るのは、身体能力の高い、ほんの一握りの住民だけだろう。長年、何の不自由もなく与えられた食料で生活してきた人々にとって突然の外世界がどんなに過酷なものか、想像に難しくない。


 千名を超える命を刈り取る事になる。

 その事実がイズミナの心に重くのしかかった。


「申し訳ありません」


 ブラッドは、三度目となる謝罪の言葉を発した。

「こうでもしないと、あなたたちは薬品を投与してくれないかと思いましたので」

「ま、待つんじゃ。他に何か良い手がないか、考えるんじゃ」

「オレ達は、何度も住民たちを説得して回ったんだ。だがみんな自分の事しか考えない。外の世界がどうなろうと知ったこっちゃないんだ。だからもう、これしか方法がないんだ」

「早まるでないぞ。ワシらも考えようじゃないか。何か良い手があるやもしれん」

「今朝、ここの警備員を殺害しました」

「なんじゃと?」

「バレるのは時間の問題だ。あと一時間もすれば、ここにも別の警備員がやってくるだろう。もう後戻りは出来ないんだっ!」


 イズミナはようやく、この男から感じられる違和感が理解できた。

 すでに随分と前から計画を進めていたのだ。

 そして、計画は実行されてしまった。

 

 例え大規模な人的被害が出てるといっても、今ここで千人もの人の命を奪う事を即決するのは難しい。何故先に相談してくれなかったのか。

 

 いや、この男は説得して回ったと言った。

 今まで本当に頑張って来たのだろう。

 その目が物語っている。

 

「さっき言ったとおり、オレが酸素を止めると『マザー』は暴れだす。やつらを拘束している設備はそれほど強力じゃない。暴れられたら数分程度で設備が破壊されてしまうだろう。そうなったら終わりだ」

「それはどういう……」

「暴走して制御不能になる。最悪の事態になるだろう。だから必ず薬品を投与するんだ」

「待てっ! ブラッド!」

「いいか、必ずだぞ!」


 そういってブラッドは姿を消した。

 彼が走っていく足音だけが響き渡る。だが、次第にその音も小さくなっていった。


「これは困った事になったぞぃ」


 グレイトが本当に困り果てた表情で言った。

 残された選択肢は、もう薬品投与するしか残っていない。

 

 投与しなくても、『マザー』が暴走すればアンカトレアの住民は助からないだろう。理論的に考えれば、少しでも被害が少ない方を選択すべきだ。

 

 しかし、だからと言って簡単に実行できないのが人間だ。

 

「いいわ、私がやる」

「カラヤさん!」

「いいのよ。こういう役目は私が慣れているからね」

「しかしのう……」


 ここで大声を出して騒ぎ立てるのはどうか?

 そうすれば警備の人間が駆けつけて来るので事情を説明してブラッドを止めに行ってもらうのだ。


 でもそんな事をすればブラッドはどうなるか?

 警備員の殺害まで実行しているのだ。ただで済むはずはない。


 更には、『マザー』の警備がより厳重になる事だろう。

 後日同じ事を実行しようとしても不可能だ。


 何も策がないまま時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。

 モニターには相変わらず色々な『マザー』が写しだされている。今のところ、特に変化はない。まだ酸素供給は止めなれていないのだろう。状態が変化すれば、すぐさま処置をしなくてはならない。


「しっ!」

 カラヤが人差し指を口に当てる。

 

 と同時に誰かの足音が聞こえてくる。徐々に大きくなりながら。

 こちらに近づいてくるのは間違いなさそうだ。

 

 壁が反響して良く分からないが、おそらくブラッドが走り去った方向とは逆方向からである。別の人間なのは明らかだ。何より、一人ではない。三~四人、いやそれ以上かもしれない。


 イズミナは思わず物陰に隠れた。他の二人も同様である。

 やがてつっかえ棒が外されると共に、扉を開ける音が聞こえてくる。


「隠れても無駄だ。監視モニターで何もかも見えていたんだぞ!」


 見られていた?

 この部屋にモニターなんてあったのだろうか。

 

 いや、あったとしても、あのやる気のなさそうな受付の男がちゃんと監視していたとは考えにくい。別の人間か。

 だが何より、この狭い部屋で隠れたところで何の解決も期待できないのは明白である。


 イズミナは心の中でブラッドを責めた。

 こんな大それた事をするのであれば、監視カメラの有無くらい事前に確かめて置いて欲しかったと。


 事態はさらに深刻化した。

 ついに『マザー』が暴れだしたのだ。

 

 酸素の供給が止められたという事だ。

 すぐに薬品を投与しないと暴走して大変な事になってしまう。


 あまりの展開にイズミナは動くことすら出来ない状態だったが、その一瞬のうちにカラヤが物陰から飛び出して銃を発砲した。


「今のうちに薬品を!」

 カラヤが叫ぶ。

 

 その言葉が発される前からグレイトは動いていた。樽を掴んで注入口に移動しようとしている。思ったより重たかったみたいで簡単には移動できないようだ。


 過去、幾多の戦場を経験してきたイズミナではあったが、何のアクションも起こせないでいた。やはりブランクが大きかったのか、それとも戦場とは状況が異るからなのか、薬品の注入を手伝わなければいけない事に気がつくまで相当の時間を要した。


 それは数字で表すと数秒から十数秒のレベルだったかもしれない。

 しかし、この状況では命取りだ。


 それを痛感したのは、部屋の中に投げ込まれた黒い物体が強烈な光と音を放ったときだ。


 まるで目の前で太陽が輝いたかのような眩しさと、耳を切り裂くような甲高い音にイズミナは思わずその場でうずくまってしまった。そして意識が朦朧(もうろう)としてくる。


 わずかに残った意識のなかで感じ取れたのは、誰かに取り押さえられて手足を拘束される感覚だけであった。


          ◆


 直哉は体を強く揺さぶられるのを感じて目を覚ました。

 

 イブが居る。

 何か言葉を発したが寝起きで上手く聞き取れなかった。

 

 ぼーっとしていると、イブは再度言葉を発した。

 

「起きるんだ。すぐに移動するぞ」

 そう言って部屋の中を漁り始めた。

 

 体にひどいダメージを負ったせいか、睡眠時間は普段の倍近くになっていた。毎日昼寝もしてしまう。そして今まで味わったことのないような深い眠りにつくのだ。それが人間にあるまじき驚異的な回復力に繋がっているのだと思われるのだが。


 おかけで体の表面は、ほぼ元通りになった。

 しかし内部組織には依然としてダメージが残っており、体を動かすのはまだまだ大変だ。

 何とか人並みに歩けるくらいだろうか。走るのは難しそうである。

 

「一体どうしたんだ」

 ようやく頭の中も目が覚めたようで、今が夜ではなく昼寝から目を覚ましたところだと理解できた。


「異常が起きた。シーカーが大量に侵入してくる恐れがある。すぐに逃げるのだ」

「なんだって?」

「原因、及び状況は不明だ。とにかく危険が迫っている」


 イブにはシーカーの接近を検知する能力がある。

 今はアンカトレア地下居住区に居て、地上には何十万か何百万かの大量のシーカーが居る。それはもちろん把握してるはずだ。


 だが、何故かアンカトレア周辺のシーカーは、あまり動き回らずに一定の範囲に留まっているらしい。理由については住民に聞いても答えてくれなかった。

 

 そのシーカーに異常が起きたという事だろうか。確かに地下に侵入してくるとなると大ごとだ。急いで逃げなければならない。


「住民たちは大丈夫なのだろうか」


 ここには千名を超える住民が住んでいると聞いた。シーカーの大群が侵入してくるとなると唯では済まない。


「わからない。居住区のほうでも何か異変が行っているようだが、詳細は分からない」

「そうか。どのみち中に入れてもらえないのであれば、どうしようもないな」

「ああ、逃げるぞ」

「グレイトさん達はどうした?先に逃げたのか?」

「居住区の中に入った。ブラッドに呼ばれて」


 直哉が寝ている間に居住区への移動が許可されたらしく、『マザー』を見るために入っていったのだと言う。


「なら急いで助けないと!」

「ダメだ。時間がない」

「置いてはいけない」


 直哉は決して退かない表情をイブに向けた。

 人工知能が読み取ってくれるかどうかは分からない。



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