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第三十一話 交渉


「あなたは!」

「うむ、サエキだ。シティでは申し訳ない事をした。本当にすまない」


 その人のよさそうな顔が、驚きの顔から徐々に怒りの表情に変化を遂げる。

「申し訳ない事だって?!あなたは……、あなたは!」

 怒りのあまり、言葉すら上手く発せていないようだった。サエキが思っている以上に直哉の怒りは大きいようだ。


「仕方がなかったんだ。彼女は感染しており、こうするしか助かる道が……」

「うそだ!」

 サエキの言葉を遮って直哉が叫ぶ。

「ミユキは感染してなかったんだ!知っていたくせに!!」


 感染していない事も何故か知れてしまっている。もはや直哉から許しを得る事は不可能だろう。


「おい!お前。今すぐオレを離せば許してやるぞ」

 直哉に拘束されている隊長が命令した。

 隊長はあまり状況が理解できていないのだろう。単に仲間が沢山いる場所に来れたので、形勢が逆転したとでも思っているらしい。


「貴様ら、何をしている。早くこいつを捕らえんか!」

 そう怒鳴る隊長は、単なるピエロだった。その証拠に、ウォルツォーネをはじめ、兵士も誰一人として動こうとはしなかった。

 

「無駄だ、隊長。我々が束になってかかっても勝てないのだよ、その男には。反対に、あんたの命のほうが危険だぞ」

「何を馬鹿なことを言ってる!銃で撃てばしまいではないか」

「その男がマシンだということは、さっきの戦いでわかったのではないか?銃など無駄だ」

「……ちくしょう。この化け物め」


 直哉は隊長を引きづったまま、更にキャンプの内部へと歩みを進める。

「イブはどこだ? まさか解体なんてしていないよな。あなたたちの好きにはさせない」


 それは明らかにイブに対する強い想いが示されたものだった。マシン化されてもなお、人間だったときの想いが忘れられないのだろう。いや、違う。彼は『解体』を危惧していた。つまり、イブとしての個体も尊重しているという事か。

 

 これはますます、イブの外部メモリを取り出して研究せねばなるまい。だが果たしてこの状況を切り抜ける事が可能なのだろうか。ウォルツォーネの話しが本当であれば、マシン並みのパワーを持っていることになる。

 

 確かに感染者は筋肉が発達し、各組織が強靭になる事は知られている。しかし、所詮は発症して死亡するのだ。いかに筋肉が発達しようとも、いや、むしろ筋肉の発達は発症のサインなのである。


 通常は、そこまで強力な体になる前にゾンビ化してしまう。


 (もしや、抗ウイルス薬は効いていたのか?)

 

 サエキの頭に稲妻のようにヒラメキが訪れた。

 今までの実験ではゾンビウイルスが死滅していない事の確認はとっていた。しかし、そもそもゾンビウイルスの研究自体がまだまだ不完全なのだ。亜種もたくさん見つかっており、どの型が問題なのかすら、判明していない。


「イブ!大丈夫か?」

 イブが捕獲されている装甲車までたどり着いたようだ。そのとき大きな銃声が走った。


 と同時に直哉が跳ね飛ばされる。

 おそらく威力の高い武器を使ったのだろう。対マシン用に準備したものだと思われる。イブを見つけて動揺している隙を突いて攻撃したようだ。ウォルツォーネの作戦なのだろうか。

 

 サエキは複雑な気分だった。直哉は研究すべき被験者のトップに躍り出たのだ。それが目の前で殺害されようとしている。いや、この威力であれば、もはや生きていないかもしれない。


 だが攻撃はそれで収まらなかった。

 更に追加で何発もの銃弾が直哉の体に叩き込まれる。

 

「急いで取り押さえるんだ!」

 跡形もなく砕け散るくらいの弾丸が叩き込まれた体に向かってウォルツォーネが叫ぶ。まるで、この程度の攻撃では到底仕留められないとでも言うかのように。

 

 まさしく化け物扱いである。その個体は、速やかに強化ワイヤーで縛り上げられてしまった。サエキは話には聞いていたものの、やはり信じられなかった。感染して非現実的な変化を遂げたとはいえ、生身の人間なのだ。

 

 これでも本当に生きているのだろうか。

 その答えは、わずか数秒後に明らかとなった。


「……イ、イブ」

 ワイヤーに絡まれた体が僅かに動いている。ありえない光景だ。

 

「全く、手を掛けやがって」

 無事に直哉から解放された隊長が悪態をついた。


「おい、お前ら!なんて無茶しやがる!オレに当たったらどうするつもりだったんだ!!」

 さっきは銃で撃てと言っていたのに、いざ撃ったなら文句を言うところが隊長の性格を物語っている。


「問題ない。本部からの指示だ」

「はぁ?どういう事だ」

「あんたの隊長としての任は解かれたという事だ。本部からは、あんたの命よりも新型のマシン確保を優先せよとの指示が出ている」


 隊長は、ウォルツォーネの言葉に唖然とした。

 

「貴様!でたらめを言うんじゃない」

「嘘ではない。度重なるミスに加えて、今回の地下エリア探索では多くのマシンを失った。もはや本部としては我慢がならんと言ったところだろう」


 その言葉を聞いて隊長の怒りは頂点に達した。何故そんな事をいちいち本部に報告したのだとかの低レベルな罵倒の嵐である。


「そのうち新たな隊長が本部より送られてくるだろう。それまでの間は、私が代理を指名された。皆に周知しておいてくれ」


 最後の言葉はルービックに対して発せられた。もはや隊長は眼中にないらしい。

 彼女は頷くと、敬礼してその場を後にした。兵たちも持ち場に戻り、直哉を確保した数名の兵士のみが残った。


「さて、サエキよ。この男……直哉と言ったか。どうやって拘束しておこうか。先ほども言ったように、なぜか閃光が効かん。おそらくターミネーターも効かないのではないか」


 それはもちろん人間だから効かないのだ、という言葉を飲み込んでサエキは最善の立ち回りを考えた。この大男は果たして本当にシティの言いなりになるのだろうか。少なくとも、今この場で話すのは止めておいたほうがよい。隊長に聞かれているからだ。

 

 いや、やはりシティに何もかも説明して性能の良い研究機材を送ってもらう方がよいのか。サエキの自由は大きく制限されるものの、研究を進める事を第一に考えるのならば、それしか手段がない。

 

 ……だめだ。

 今のシティは狂っている。

 

 人類を救うための研究なんぞ、させてもらえる訳がない。奴らの支配力にどれだけプラスになるか、だけが問われるのだ。


「うむ、そうだな……」


 当面このまま強化ワイヤーで縛り付けておくしかないが、体が回復すれば、もしかするとワイヤーすら引きちぎられる恐れがある。イブならおそらく可能だ。もし、この男にイブ並みのパワーがあるとすれば不可能ではない。


 だが本当に生身の人間がゾンビウイルスに感染しただけでそこまで凶暴な肉体に変化するのであろうか。シーカーですらも動けなくなるくらいの銃弾を浴びて、なお生命活動が途絶えていない男をみてサエキは恐怖すら感じていた。


「イブ!どうしたんだ。なぜ動かない?もしかして研究モードにされてしまったのか?」


 直哉が必死で叫び続ける。まさか研究モードの事までも知っているとは驚いた。この男とイブの間にはかなり親密な関係が出来ていると見て間違いないだろう。やはり、イブはチップを直接書き換えなければならない。


「頼む!動いてくれ。その気になれば自分でモードチェンジ出来るんじゃなかったのか」


 直哉の声はもはや泣き声に近い叫びに変わっている。

 その声を聞いて、隊長が愉快そうに茶々をいれた。


「ひゃっひゃっひゃっ。愚か者め。小僧、見るが良い。あのマシンの腹にはターミネーターが付けられているのだよ。いくら叫んでも無駄だ!」


「き、貴様っ。何を余計なことを」

 ウォルツォーネが隊長の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

「く、苦しい……放せっ」

「いいや、放さん!その軽はずみな言動のせいで今まで作戦がことごとく失敗してきたというのが、まだ分からんのか!」

「ばか言え。作戦が失敗したのは貴様らの働きが悪いからだ。それをオレのせいにして、本部にでたらめな報告をしやがって。だいたい奴を見ろっ。あんなザマで何が出来るというのだ!」

「は、腹に付けられた機械? あれが何だというのだ? あれがイブの体を動けなくしているのか?」

 隊長の言葉を受けて直哉が更なる叫びでイブを助けようとする。だがしかし、動ける訳はないのだ。イブがマシンである以上、ターミネーターを排除しないかぎり指一本ですら動かす事はできない。


「腹の機械をはずせー。外してくれー」

 それでもなお、魂の叫びが響き渡る。


「サエキよ、奴は本当にマシンなのか? あれ程までに仲間を助けようとする姿を見せられては私もさすがに心が動いてしまいそうだ」

「う、うむ……」

「そういえば、さっき、奴はマシンではないとか言わなかったか?」

「いや……。あれはだな、その……例えというか」

「お、おい、見ろ」


 サエキが答えあぐねていると、突如、ウォルツォーネがイブを見て焦りだした。それもそのはずである。サエキもイブを見て、飛び上がりそうになった。

 

 ターミネーターを取り付けると、その威力によりメインチップが切り離されて、各パーツとの信号のやりとりが出来なくなる。結果として、立ち上がる事はおろか、指一本すら動かす事は出来なくなるのだ。

 

 ターミネーターを制作したのはサエキではないが、大体の内容をウォルツォーネから聞き、その仕組みは完全に理解していた。まさに、絶対にマシンが動くことは無いと断言できよう。

 

 しかしながら、目の前ではありえない事が起こっていた。


「な、何故だ?何故動くのだ?早く取り押さえるのだ」

「無理だ。ターミネーター無しでは、この私の力を持ってしても動きを封じる事はできん」

 闘神と呼ばれた大男が恐怖している。隊長も腰を抜かしている。サエキにも、もはやどうしようも無いということが理解できた。

 イブの手がゆっくりと震えながら、腹部のターミネーターを外すのを茫然と眺めているしかなかった。

 

 やがて、イブがしっかりとした足取りで立ち上がり、直哉へむかって歩みを進めた。

 

「イブ……。わ、私だ。よくぞ無事でいてくれた」

「博士。やはりわたしのチップを書き換えるつもりなのだな」

「だ、誰がそのような事を……。そんな事はないから私のもとに戻って来なさい」

「博士が言った。研究設備がそろえばチップの書き換えができると」


 しまった。ターミネーターによりメインチップは切り離されていたが、チップ自体に搭載されている簡易センサーは生きているのだった。それで先ほどの会話を聞かれてしまっていたのだ。

 

「教えてくれ。何故……、何故メインチップが切り離されているにも関わらず、動く事が出来たのだ?」

「あれはミユキだ。わたしではない」

「は?」


 イブは謎の言葉を残したまま、直哉をつれて地下道のほうへと戻っていった。誰一人として、その場から動く事はできなかった。



          ◆



 イズミナの目の前には黒く日焼けした中年男性が座っている。

 ここ数年はずっと地下居住区に押し込められている、という男の言葉は信用に値しないものだ。


 もちろんインドエリアは生まれながらにして黒い肌の人間が多い。

 しかし男性は、あきらかにアジア系の人種だった。ここまで黒くなっているのは、やはり日常的に太陽の光を浴びているとしか考えられなかった。


 では何故、何のために、この男は地上に出ているのか?

 地上には常識を超えた数のシーカーが彷徨っているというのに。

 

「埒があきませんね」

 イズミナは、現在の状況をストレートに表現した。

 横目で見ると、さすがに交渉に疲れたといったグレイトの横顔が見えた。その向こうに座っているカラヤの顔は見えないが、彼女も同じ顔になっているに違いない。


 あらためて深く息を吐き出すと、部屋をぐるっと見渡してみた。

 この行為も何度繰り返した事だろう。

 

 何の変哲もない部屋。

 いや、ここが地下という事を考えれば称賛に価するものかもしれない。

 

 三日前に初めて部屋に通された時は、皆驚いていた。

 どうやって、こんなものを造りあげたのだ、と。


 本題に入る前に、随分と世間話しのようなやりとりがあった。

 もちろん笑顔で。

 まるで遠い友人を訪ねて、訪問先である友人の家を大げさに褒めるように。グレイト達も、目的地に到達した喜びで満ち溢れていた。

 

 しかし、もう十分だ。早く中へ入りたい。

 

 その思いは、グレイト達の方が遥かに大きいだろう。上海エリアから数千キロも旅して来たのだから。いかにここで門前払いをされたとしても――いや、部屋には入れてもらえたのだから門前ではないが――ハイそうですかと帰る訳には行かないだろう。


「なあ、お前さん」

 グレイトが疲れを押しこらえて再度語りかける。目の前に居る、ブラッドという名の男に向かって。

「わしらは本当に他意は無いんじゃ。ましてや、ここの住民たちに迷惑を掛ける気持ちなんぞ、露ほども持っとらん」


 この部屋で、何度もグレイトが語り掛けた言葉だ。

 言い回しを変え、口調を変え、言葉も変えてはいるが言いたいことは一つだ。

 抗ウイルス薬の噂を確かめたいのだ、と。

 

「ですから、噂を確かめるという事自体が我々にとって迷惑なのですよ。今はね」

「なぜじゃ? その扉を開けてワシらを中に居れ、『マザー』の居る場所まで案内するだけではないのかの」

「いやいや、『マザー』とは根も葉もない噂だと何度言えば――」

「聞いたんじゃよ、ここの住民だった人に」


 その言葉に、思わずブラッドから驚きの顔がこぼれ落ちた。

「なんだと? 住民に聞いた?」

「そうじゃよ。ここへ来る途中の地下通路で出会った人物にな」

「……一体誰が」


 そう言ってしまってから、彼は大きく舌打ちをした。

 語るに落ちた事に気が付いたからだろう。

 

「たとえ『マザー』が本当に居たとしても、あんたたちが求めているものではない。かけ離れたものだ。そもそも、我々人類にとって著しく有害なものだ!」


 もはや隠しても無駄だと思ったのか、それとも演技なのか。

 イズミナはどうしても、この男の言葉が信用できなかった。いや、信用できないと言うり、何かを隠していると言うべきか。

 

 違う。

 

 何かを企んでいるのだ。何故かそう感じた。

 そうだ。だから、今は(・・)迷惑なのだ。普段ならともかく、今はそっとしておいてくれ。まるでそう言いたげなようだ。


「じゃがの、ワシらは本当に聞いたんじゃ。『マザー』のおかげで皆は生きていけるのだと。食料も何もない、こんな地下都市のなかで何年も、とな」

「くっ。そんな事まで……」


 今まで冷静だった男の額に汗がにじんでいる。

 それは果たして、『マザー』が知れてしまった事だけが原因なのだろうか。それとも――。

 

 長い沈黙のあと、男は絞り出すような声で言った。

「わかった。案内しよう。……しかし、数日間の猶予が欲しい。そして、その間は一切『マザー』について口外しないでくれ」


 そのあまりにも真剣な表情に、グレイトも嫌とは言えないようだ。命を懸けた長旅でたどり着いたゴールである。本音を言えば、すぐにでも答えを知りたいところだろう。


 複雑な横顔が、その心の内を物語っていた。


「ブラッド!!」

 そして重苦しい空気を吹き飛ばすかのような勢いで、他の住民が慌ただしく部屋に入ってきた。まるで対立している敵国が突然攻め込んで来たかのような勢いだ。

 

「あいつらが……。あいつらが瀕死の重体で戻って来た」

 

 イズミナ達は、思わずお互いの顔を見合った。

 イブと直哉のことに違いない。


 居住区内に続く扉を破壊して侵入しようとしている連中の応対に向かっていたはずだった。それが、瀕死の重体とはどういう事だ?

 突破されて敵の侵入を許してしまったのか?

 

 とにかく本人の状態を確認するのが先だ。イズミナは急いで直哉たちのもとへ駆けつけた。


 そしてまた、信じられないものを目にしてしまった。


 瀕死の重体、というのはオブラートに包みすぎの表現だ。直哉には失礼だが、もはや無茶苦茶に引き裂かれた死体といった方が適切な状態だった。この状態で、まだ生存しているなんてありえない。

 

 たとえシーカーであっても、ここまで各組織が破壊されればまともに動く事はできないであろう。

 実際、直哉も自力では立ち上がることは出来ないようであった。

 

 これだけの体を見て、誰も深刻にならなかったのは直哉が笑っていたからだ。

 何の心配もないよ、とでも言いたげに、いや、むしろ照れ笑いとも取れるような表情で言った。


「いやあ、何故か分からないけど無事なんです」



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