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只今の時刻。


布団の中から我が愛しの目覚まし君を確認。


午前11時30分。


今日は、週の”びみょー”に後半よりの木曜日。




…ごめんなさい。

ずる休みしました。

社会人失格と言って下さい。

でも、こんな化け物みたいにはれた顔で外を歩いたら、保健所に珍獣として捕獲されてしまいそうです。



人間って、泣きながら眠るんだなぁ~って初めて知った今朝。



どろどろした灰色の眠りの中で見る夢はやっぱり悪夢で、見せられる画像は恋人らしくいちゃいちゃしてる富樫君と木本さんだったり、立ち去っていく富樫君の背中だったり、私のことを馬鹿にしたように笑った富樫君だったり。


結局全てが富樫君だった。


その度に夢の中の私は喉の奥が痛くなるほどに涙を堪え、結局耐えられなくなってワンワン泣いてしまうのだった。

夢で溢れ出した涙が現実にまで染み出てきたみたいで、起きた時には枕がありえないほどに湿っていた。

喉が重ったるいように痛くて、目じりがひりひりする。

枕に顔をこすり付けていた、寝ている時でさえお間抜けな私。




『マンガだからうまくいくんだよ』


いつか従姉妹のお姉ちゃんが私に言った言葉。


『男の心なんてねぇ、わっかんないもんよ。

 人の心を乱すだけ乱して、結局別の女の手を取るなんて

 お手の物なんだから。

 この主人公の好きな男だって、現実にいたら何人女手玉に

 取ってるかわからないわよ』


当時高校2年生だったお姉ちゃん。

不貞腐れたように私の憧れを一蹴したその裏に潜んでいたもの…今の私なら理解できる。

憧れを捨て去る事がいいというのではなくて、憧れはあくまでも夢の世界だってこと。

現実は現実らしく過酷で、残酷だ。

きっとお姉ちゃんはそのことを踏まえたうえで、私に話をしたんだろうな。



亀の甲より年の功。

人間、どんな風に変わるかなんてわからない。


やっぱりお姉ちゃんには先見の明があったよ。

そんなお姉ちゃんは、今では2児の母。

福福しい優しそうな旦那様の隣で、相変わらずがははと笑っている。


憧れはとても素敵で幸せなものだけど、でも憧れ通りじゃなくても幸せになれる。

現実とは、そういうものなのだろうね。

それに気付いたお姉ちゃんは、お姉ちゃんなりの幸せを見つけたんだろう。


私にもきっと、そんな現実的な幸せがあるに違いない。

わかっているのに未だに憧れにしがみついている私。

…救いようがないよねぇ~…。





結局だるい体を持て余し、ゴロゴロごろごろ過ごして。

夕方ぐらいになってようやく何か食べようという気になってきた。


冷ご飯で雑炊を制作している時、携帯がけたたましい着メロを奏で始めた。

なかなか切れないこのしつこさ…絶対に真世だ



『ちょっとっ!アンタ、出るの遅すぎっ!』


…大当たり。

頭に直接響いてくるキンキン声が、収まっていた頭痛を誘発した。


「…ごめん」

『…ったくっ!どんだけ心配したと思ってんの?アンタって子は…』

「…だって」

『だってもへちまもないっ!声だって、そんなに涸らしちゃって

 …どんだけ泣いてたんだって話だよ』

「…ばればれ?」

『ぶぁ~かっ!あったりまえじゃないっ!』


やっぱり真世には敵わないや。

目を吊り上げて怒ってるだろう真世の顔を思い浮かべて、へへへと笑った。

笑ってる場合じゃないでしょ?とため息を付いた後、真世は本題に入った。


『で?昨日のあれはなんだったの?』

「あぁ…あれね。あれはね、つまり、私の初恋の富樫君は主任の富樫さん

 だったってことよ」

『…は?』

「だからね、同じクラスのもう一人の富樫君ってのは富樫君の嘘で、

 本当は富樫なんて名前の人、一人しかいなかったの」

『…え?は?へ…って…えぇぇぇぇっ!?』


真世が本気で驚いてる。

なんだかちょっと気分がすっきりした。

ふふふん。


「主任は、初恋の富樫君その人だったの」


駄目押しの一言で、完全に黙り込んでしまった真世。

混乱してる?

マンガだったらきっと、真っ白の白髪頭になって、背景に枯葉なんて飛んじゃってるだろうな。


最初にどんな言葉が飛び出すかと思いきや、予想外にも聞こえてきたのは嗚咽だった。

あの真世がっ!?


「ちょっ…真世?ねぇ?」

『……ごめんっ…ごめんよっ!

 私、アンタにっ、すんごく酷いこと、したっ!』

「だって、あれは…事故みたいなもんじゃない。

 真世、知らなかったんだもん」

『私はっ!…アンタがどんな想いでここまでやってきたのか、

 ずっとそばで見てきたんだよ?

 もどかしくて変なお膳立てしたりしたけどさ、

 でも恋するあんたの気持ちは痛いほど分かってた。

 私がアンタの幸せを応援せずして誰がする!なんて思ってたくせに

 …アンタを一番酷い形で裏切って、傷つけた…親友失格だよ、ほんと。

 何度謝っても謝りきれないよ…ごめんね、瞳…』

「も、ほんと、いいのっ!ね?気にしないで?済んだ事だしさぁ」


滅多に泣かない真世に泣かれると、なんだか私まで泣けてきた。

私、愛されてるなぁ~。

何で真世が男じゃなかったんだろう?

…って、年下の彼氏君には申し訳ないけど。


『…それにしても…返す返すも腹立たしいのは、

 あの富樫よっ!クソ野郎めっ!!

 明日、めっためたのぼっこぼこにしてやるっ!

 泣いて土下座するまで殴り続けるっ!女の敵めっ!』


突然響いてきた、ドスの効いた迫力のある声。

怒ってる。

体の中心から怒りのオーラを発してる。きっと。


前言撤回。

こんな恐ろしげな彼氏はちょっと遠慮したい。

デートDVとかやだし。


「いや、そこまでやる必要は…」

『だってさ、アンタも知ってるから言うけど、アイツには

 めちゃくちゃ可愛い彼女がいるって評判なのよ?

 だったらなんであんな昔あった、避けるべき話題を持ち出して、

 アンタの反応を窺うような、気持ちをかき乱すようなこと言うのよ?

 おかしいじゃないっ!


 アイツは今のアンタの気持ちは知らなかったにせよ、中学時代のアンタの

 事は百も承知なのよ?

 その時の話題は、アンタの初恋の人の話だったしさぁ。

 しかも再会した時、アンタに期待させるようなことまでして…外道よ、外道!

 鬼畜のすることよっ!

 そういうやつはね、ちゃんと正義の拳をくらっておくべきなのよっ!

 紳士面して、女ったらしがっ!!』


やばい。

富樫君に本気で食って掛りそうだ。


「ホントにっ!ホントにいいのってばっ!!私の話をちゃんと聞いてよっ!!」

『でもっ!瞳が…っ!』

「私がいいって言ったらいいのっ!

 …富樫君には木本さんがいるってこと、昔からちゃんと知ってたの。

 知っててずっと想ってたんだから、それは私がしてきたことで

 富樫君には責任ないし。

 それに今回知られたのも事故みたいなもんなんだし、時間撒き戻すこと

 出来ないじゃない。

 木本さんがいるんだもん、なにも…起こりようないし、知られたところで

 …私が恥ずかしいって以外は…特に、問題ないし…」

『…瞳…』

「大丈夫!今日一日サボったら、気持ちが整理出来てきたし!

 昔の事は昔のことって割り切って、仕事は仕事でちゃんとけじめつけるし!

 それにさ、富樫君と木本さんがラブラブカップルだって見せられてた方が

 諦めも付くかもしれないでしょ?

 そしたら、こんな私でも、恋の一つや二つぐらい出来るかもしれないじゃない!

 何事も、いいほうに考えなきゃ!…ね?そうでしょ?」

『…アンタ、ホント能天気。馬鹿』

「…いいもん」

『…いい子過ぎて、涙出ちゃうわ。もっと私のことだって、怒鳴って

 くれたらいいのに』

「怒鳴るぐらいに腹立ってたら、携帯からアドレス削除してるよ」

『こわっ!』

「ふふっ!…ホント、気にしないでね?全然怒ってないんだから。ね?」

『うん、わかった!ありがとう、瞳。

 …何かあったら、ホント、ちゃんと言うんだよ?

 今度は富樫の野郎に騙されたりなんてしないから!ね?』

「うん。ありがとね」



真世と話が出来て、気持ちはすっかり落ち着いた。

丁度言い具合に出来上がった熱々の雑炊を食べてお風呂にゆっくりと浸かったら、心も体もぽかぽかしてきた。


きっと大丈夫。

仕事で顔を合わすときや電話で話するときがあるかもしれないけど、ちゃんとやれる。

私はもう社会人で、あの頃とは違うんだから。




明日からちゃんとがんばろう。

決意を胸に、いつもよりも勇ましく目覚まし君をセットし、お布団にもぐりこんだ。








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