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落ち込んでいようが。

辛かろうが。


時間なんて、待っちゃぁくれないものなのよ。




週の始まり月曜日。

私はそんな当たり前のことをしみじみと考えていた。



いつも通りに目覚まし君に起こしてもらい、いつも通りにばたばたと身支度し。

いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに出勤して。

いつも通りにタイムカードを押して、いつも通りに机に向かって仕事をしている。



…心の中はまだぐちゃぐちゃだってーのに。



現実って、無情だ。




ため息一つついて、朝一番に入れたマグカップいっぱいのアップルティを飲む。

粉末のインスタントで、結構な甘さと林檎の香りが魅力的。

落ち込んだ時の私に一番合っている飲み物だと思っている。



ちびちび飲んでいるからすっかりぬるくなってるけど、好もしさは変わらない。

入れたてよりも甘みが強くて、奥歯が疼く気がしないでもないけど、体中がリラックスしてくる感じもしないでもない。


私は肩を数回上げ下げさせ、コリをほぐした。

さっさと仕事に取り掛からねば。





私が勤めている会社は、中堅お菓子メーカー。

そこで商品の企画や広報、販売促進業務を担当している。

大企業なら分業しているんだろうけど、何せ中堅。

そこらへんは一括で…ってとこなのだろう。



大学でデザインを学んできた私は、デザインに関わる仕事を担当している。

担当といっても、まだまだ入社3年目。

商品の企画や広報といったものではなく、デザイン業者さんや出版業者さんと一緒にパンフレットやスーパーなどに飾るディスプレイのデザインを決めたり発注したりするのがメインの仕事だ。



今は、来月に発売予定のスナック菓子のパンフレット作りの真っ最中だ。

過去販売していた人気商品をリニューアルしたもので、小さい頃に愛したこの懐かしいお菓子に思い入れの強い中堅どころのおじ様たちが力を入れているらしい。


先週撮影してもらった商品の写真ネガが上がってきたので、パンフレット原案に入れてもらい、再度校正してからいよいよパンフレットの発注、各営業所への発送という作業手順。

今週末までには手配を終えなければならないので、金曜日まで慌しくなりそうだ。


今日も11時からいつもパンフレット印刷でお世話になっている東洋印刷の方が来ることになっている。

それまでに必要なものをそろえなければ。


ファイトだ、傷だらけの私!





何とか資料もそろえ、余った時間で伝票を整理していると、内線が鳴った。

受付から来客の知らせだった。


時計を見れば、あと5分ほどで11時。

丁度いい時間だった。


私は予定していた来客用のブースにお客様を通してもらうように受付にお願いし、資料をもう一度確認してから席を立った。


「あ、笹原さん!」


立ち上がった私を見て、課長が慌てて声をかけてきた。



「何でしょうか?」

「東洋印刷から電話があって、今日から新しい担当に代わることになったらしいんだ。

 で、今日新しい人がみえてるから、ボクも挨拶をしようと思って」



恰幅のいい課長は、先々月お子さんが生まれたばかりの新米パパ。

生活に愛娘という潤いが出来たせいか、今日もツヤツヤ血色がいい。



そういえば近いうちに大きな人事異動があるんだと、入社以来のお付き合いである東洋印刷の営業・樋口さんが言ってたっけ?

辺境の地に左遷されるんだと芝居がかった調子で言っていた樋口さん…もしかして、ほんとの話だったのだろうか?


かなりの無理にも笑顔で応えてくれる、とってもいい人だったのに。

これが事実だとしたら、東洋印刷も人を見る目がなさ過ぎると言うものだ。



「次の方もいい人だったらいいですよね~」

「全くだねぇ」


課長はのほほんと返事をしてからゆっくりと歩き出した。





「新人なんですが、これから御社担当になりました、営業の本山です。

 まだ入社1年目の新人ですが、よろしくご指導ください」

「どうぞ、よろしくお願いいたします」



私がからかわれていたんだということには、笑顔で語る樋口さんによってあっさりと判明した。

左遷ではなく係長への昇進で、営業業務の方に移るから内勤になるのだそうだ。


騙されたとわかり、心の中で『コンチクショー!!』と叫びつつ、おめでたいことなのでにっこりと微笑んで受け流すことにした。



樋口さんに紹介された新人さんは、とてもはきはきした元気よさそうな、ショートカットの女の子だ。

どれぐらい仕事が出来るのかはこれからでないとわからないけど、私好みだからよしとしよう。


それに、入社3年目にして主任に任命されたという非常に仕事のできる営業がフォローにまわることに

なっているとのこと。

樋口さんが太鼓判を押す人なんだから、そうそうめちゃくちゃになるという事はなさそうだ。


課長もひとまずホッとしたのか、名刺交換して少しだけ世間話をしてから仕事に戻っていった。




課長が去ってから、3人頭をそろえて新商品パンフレットについて詰めていく。

うん、本山さん、すごく頭の回転の早い人だ。

安心できるぞ~。

私はにっこりと微笑んだ。



一通りの話が終わり、何故か飲み会の話になった。

何でも明後日、樋口さん昇進祝いの飲み会があるらしい。


「どうせなら、笹原さんもご一緒にどうです?」


突然のお誘い!…って以前からずっとこんな調子で誘ってくれてるんだけど。

しかしなー…取引先の会社の飲み会に参加って…まるで接待みたいで感じ悪いし。



渋っているとみるや、樋口さんはいつになく強引に誘ってくる。


「今回は、営業業務の人間も来ますし。

 窓口担当の田代もですが、杉田も参加ですし。

 気心が知れた二人が一緒だし、たまには…ね?」


お?

真世が来るのか~!!

しかも、田代さんとも感動の初対面が出来る!!


心が参加へとぐらりと動いた。



親友の真世は、うちの会社の窓口じゃないけど、東洋印刷で営業業務を担当している。

全然違う業種に勤めたから、まさかこんな形で繋がるなんて二人とも思ってなくて。

びっくりな偶然に喜んだものだった。



そして、田代さん。

私が入社する前からずっとうちの担当をしてくれていた人で、あと3ヶ月もしたら産休に入ることになっている。

電話で話をするだけなのにとにかく気が合うというか、右も左も分からないひよっこの私をよくフォローしてくれた人だった。

会いたいね~!なんていいつつ、今の今まで叶わなかったんだけど。


いい機会かもしれない。

どんよりした心に立ち込める暗雲を追い払うにも一役買ってくれそうだし。


コンパで散々な目にあってるから会社の飲み会以外には行かないことにしてたけど、知らない人間ばっかりじゃないし、真世だっていてくれるし。



「わかりました。明後日、ご迷惑じゃなかったら参加させていただきます」


 

参戦表明したら樋口さんが大げさに喜んで、時間と場所を教えてくれた。

本山さんが呆れてるよ…。

毎度の事ながら、本当にオーバーリアクションな人だ。



とりあえず予定通りに業務を進め、飲み会の約束をしたところで樋口さんたちは帰っていった。

明後日に突然入ったサプライズな予定に、少しだけ気持ちが浮上したような気がした。




…この時は、まさかあんな大波乱に巻き込まれるとは思ってもみなかったから。










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