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「う~…まぶしぃぃ~……」



前日、計画通り真世と飲みに行ったのはいいけど、お酒にそんなに強くない私はあっさりと二日酔い。

朝日が白眩しい…瞼の裏がじくじくする…頭が割れそうに、痛い。



もう翌日だぞって時間にふらふらになりながら帰宅し、シャワーだけざっと浴びて、

化粧水も乳液もつけることなく、もちろん髪を乾かすこともなく、ベッドにダイブして爆睡。


そっと髪に触ってみたら、大爆発間違いなし!な手触り。

顔……鏡見たくない。



愛用の目覚ましくんを見ると、時間はもう10時。

日の光が目をやたら刺激するはずだよ…思わずため息が出た。

こういうささくれた生活をしていると、あっという間におばあさんになってしまいそうだ。

こういう時、愛しのダーリンに日々愛され、お肌ツヤツヤの真世がうらやましい。



私はもそもそとベッドから這い出て、熱いシャワーを浴びることにした。




気分がさっぱりしたところで朝食を摂ろうとテーブルを見た。

けれど、そこにあるはずのパンが、ない。


昨日焼きたてのパンを買って帰ろうと計画していたのに、すっかり失念してた。

ってことは、今朝食べるものが、ない。


…がっかり。



どうしたもんか?と思案した後、まだふらふらするけれど隣駅前にある大型商業施設に行くことにした。

私はお腹の欲求には勝てないタイプ。

飲みすぎた翌朝でも、胃はいつも通りに貢物を要求してくる。


カフェで軽くブランチを食べて、映画観てからウィンドウショッピングでも楽しんで…

予約できたらクイックマッサージに行くのもいいかもしれない。

楽しい時間が持てたら、きっと乾いた心が潤ってくれるはず。

そうだ!

お気に入りの石鹸がもうすぐ無くなりそうなんだった。

いつもお世話になっている石鹸の専門店は量り売りをしていて、たくさんの種類の中から気に入ったものを選ぶことができるのだ。

店員さんと話しながら試供品を試し、目に留まったのを選ぶのも楽しいんだよね~。



これからの予定を思い浮かべて、にんまり。

気分も上昇したお陰で、出かける準備も手早く出来上がった。

…デートじゃないんだから、気合も入ってないって話だけど。

それでも、なんだかいいことがありそうだ。



私はがちゃりと鍵をかけると、鼻歌を歌いながら駅に向かって歩き始めた。





もうすぐ12時になるという時間だけあって、駅前は人が溢れ返って来ていた。

私は目的の商業施設の中にあるカフェのバルコニーにある一席に座り、お気に入りのカフェラテとスコーンで遅すぎる朝食を摂っていた。

道行く人を眺めながらゆったりと朝食(…お昼はちゃんと食べるつもりだから)を食べていると、

まるで映画の中の主人公になったみたいだ。

ちょっとした命の洗濯。


それから映画館へ行って、見たかった映画のチケットを購入。

開演は2時。

それまで時間があったので、クイックマッサージで身体中のコリをほぐしてもらい、

雑貨屋さんをのぞいて回ったりした。

丁度いい時間になってきたので、映画を見ながら食べるためにマイブームのボリューム満点ローストビーフサンドとカフェ・オレを買って映画館に行った。



開演5分前だったので場内は薄暗く、ほとんどの席が埋まっていた。

私の席は2人掛けの通路側。

すぐに見つかった。

隣には誰も座っていないので、気が楽だった。


スクリーンでは映画館での注意事項やこれから公開予定の映画の予告編などが流れている。

ローストビーフサンドが入った紙袋を膝に乗せ、ドリンクホルダーにカフェオレを置いて、

私は何気なく館内を見回した。

やっぱりラブコメディということだけあって、カップル多し。

…って、一人で来ている女が、へん?


ちょっとだけ居心地悪くなったりして…。



…およ?

何となく見たことがあるような後姿が…何だろ?あの後頭部の形に何かを感じる。


いや、でも、気のせいだろう。

だって、どう見てもあんな背の高そうながっちりした男の人、会社にいないもの。

もしかして、無理やり参加させられた合コンにいた人?

…どっちにしろ、もう関わる必要もなければ関わりたくもないし…。


視線をスクリーンに戻してから、取り出したローストビーフサンドにはむっ、とかぶりついた。





映画が終わり、それぞれの劇場から観客達が吐き出されてきた。

アニメ映画もあったので、家族連れも多い。

子供たちが興奮して映画の感想を話している姿が、とてもほほえましい。


映画は全般的に笑わされたけれど、でも最後にはほろりと泣かされて。

終わったあと「は~、おもしろかったぁっ!」と笑顔でいられる、元気の出る映画だった。

観に来てよかった。


うきうきしながら映画館の中にあるグッズショップで商品を物色していると、振り返りざまに大きな男の人にぶつかってしまった。

足を思いっきり踏んづけてしまったようで、「いてぇ…」と低いうめき声が聞こえた。



映画が終わった後で混んでいるとはいえ、商品に集中しすぎて周りを見ていなかった私が悪い。

スニーカーだったのが不幸中の幸いだ。


私は慌てて「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」と謝りながらその人の顔を見た。



途端。

ぴきん、と固まった。



おっさん…いやいや、大人になってはいるけれど。

見間違えるわけないじゃない。

この男は……




「雄大君、どうしたの?」


硬直したまま口をパクパクしていると、かわいらしい女性の声がして、私は再度固まった。

そこに立っていたのは、儚げな大人の女の魅力をオーラのように纏っている木本さんだった。



私は一瞬にしてパニックに陥った。

逃げろ!逃げるんだっ!!私っ!!!

木本さんとはもともと面識ないし、富樫君にさえ気付かれねば全てが丸く収まるんだ!!!

相手に気付かれぬ間に、そ知らぬ顔してスーパー・ダッシュだっ!!!


「ごっ…ごめんなさいっ!!

 私が思いっきりぶつかった上に足踏んじゃって…ほんと、ごめんなさいっ!!」


そう言って、私は冷や汗をかくゴキブリのごとくカサカサっと逃げようと一歩踏み出した。



と。

突然拘束された右手首。

私は驚いて富樫君の顔を正面から見上げた。



私の手首には、すっかり大人の男になってしまった富樫くんの大きくてごつごつした手。

でもとってもきれいな優しい肌触りだ。


大人になって精悍な野性味が加わった顔はそれはそれは男前で、フェロモン撒き散らしてるなぁ~と惚れ惚れするほど。

決して顔で惚れたわけではないけれど、やっぱりお年頃の女としてはぽーっと見惚れてしまうわけで。




「……きれいに、なったな…あの時、振ったことを後悔するぐらい…」



心臓が止まったかと思った。



きっと周りには聞こえなかっただろう。

それぐらい、囁くような、優しくて、低く響くような声。

引き寄せられるように彼の顔を見たら、懐かしそうに瞳が笑ってた。


胸がきゅぅんと鳴った。



「雄大くん?」


木本さんの声で現実に引き戻された。

ごく当たり前のように富樫くんの隣に立って、彼のシャツをかわいらしく引っ張る彼女。


彼の白いシャツを摘む、彼女の桜貝のようなピンク色の爪。

儚げな指先。


そか。

当然、だよね?



夢にまで見た、すっごい偶然。

願った通り彼に会えたのはうれしかったけど。


けど。


現実を突きつけられるのは…やっぱり、すっごく辛いよぉ…?

涙を堪え切れなくなった私はくしゃりと顔を歪めた瞬間、彼の手を振り切ってその場を走り去った。




やっぱり、私は馬鹿だ。





何であんな約束しちゃったんだろ?

乙女爛漫だった中学生の私をこの時ほど恨んだ事はない。



確か、あれは従姉妹のお姉ちゃんに借りた漫画だった。

主人公の男の子に振られてしまったヒロインは、涙を流しながら微笑んで言ったのだ。


『私、魅力的な女になるから。

 だから…もし、私たちが大人になった時偶然出会うことが出来たら、

 その時は…”きれいになったね、振ったことを後悔してしまうくらい”

 って言ってね?』



数年後ヒロインと再会した主人公は、その頃よりもきれいになった彼女を一目見て好きになって、

そして2人は結婚して…

ありきたりなラブロマンスだけど、あの頃の私は心の底から運命的な恋をする2人に憧れていた。


だから。

自分がヒロインと同じように失恋した時、叶うはずない願いを込めてそう言ったのだ。




マンガの世界ではうまくいったのに、現実なんてこんなものだ。

…ってか、ごく普通に笑い話にしかならないし。



「…お似合いだったな…富樫君と木本さん」


富樫君のシャツをつん、と摘む、木本さんのほっそりとした指先。

成長した彼女は、爪の先まで美しかった。




……ホント、私の…馬鹿。









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