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富樫君編 8



「で、青年!首尾はどうかね?」


出先から戻ってきてホッと一息ついた時、背中に杉田の手のひらが勢いよく飛んできた。

イテェよ!コイツはっ!

顔だけで振り返り睨みつけてみるが、もちろん何の効果もない。


杉田の目は、期待に満ち満ちたようにキラキラ光っている。

…こいつ、結構おせっかいだったんだな。



「…ぼちぼちだよ」と覇気のない声で返事を返すと、杉田はため息吐き吐き大げさに残念そうな表情を作って、首を横に振った。

芝居臭いのが、いちいち癇に障る。


「あらあらあら。社内一の色男が聞いて呆れるわねぇ~」


…遊ばれてないか?俺?

プライドが高い俺は案の定ムカっとしたのだが、こちらが立場上格下という事はとっくの昔にはっきりしている。

腹の立つことに、頭が上がらないのだ、杉田には。



俺は重たいため息を吐いて、降参の意思表示として両手を挙げた。

それをみた杉田は、満足そうににんまりと笑んだ。



社内一の色男、か~…。



確かに俺の過去には、いい加減な気持ちで付き合っていた女の長いリストが残っている。

だからって、自分が思っていたように”百戦錬磨のツワモノ”というワケではないという事実は、笹原との再会で痛いほど実感している。

本物の恋愛に出会ってうろたえる自分が、いかに不器用でだっせぇか。

本気で惚れた女にどうやってアプローチすればいいのかなんて、全く分からないのだ。

致命的だなぁ…と己の過去の悪行を罵ったりしている毎日だ。

もっと実りある人生を送るべきだったのだ。



笹原を前にすると、ホント、ガキみたいに戸惑ってばかりだ。

恥ずかしくなっていつも演じている自分の下に隠していたはずのありのままの自分がうっかり出っ放しだったり、意味もなくぶっきらぼうになったり。

ついうっかりにやけた顔になりそうになったり、ちょっとした事で嫉妬したり、彼女の仕草や気配に我を忘れそうになったり…。

ありえない体験のオンパレードだ。




初恋は、不本意ながら綾だった。

けど、心身とも大人へと成長した俺が初めて本気で恋したのは、笹原だ。

綾の時には求めなかったものを、飢えを満たすような激しさで求めてしまいそうになる。

そして俺1人が与え護るだけじゃなく、俺もまた与えられ護られたい気持ち。

上っ面じゃなくて、弱さもずるさもなにもかも、心の奥底から全部互いを分かち合いたいという強い欲求。


こういう感情のことをなんと表現すればいいのか分からない。

とにかく、笹原への想いはこれまでもこれからも特別だろうし、俺が帰る場所は常に彼女である事実を彼女に認めてもらいたいのだ。

失いたくない…簡単に言えばそういうことなのだろう。





「で?今日は二人で過ごすつもりなの?」



物思いにふけっていた俺は、突然の杉田の質問に面を食らった。


「何のことだ?」


本気でボケた頭で答えた途端、俺にだけ聞こえるような小さいドスの聞いた声で「ふぬけ野郎」とのたまい、同時にわき腹に拳を入れやがった。

コイツの男、よく我慢してられんなぁ…猛獣じゃねーか。



「なっさけないわねっ!アンタ、だから言ったでしょ!?

 瞳ははっきり言わなきゃダメだって!」

「ラーメン屋のにーちゃんが目の前で断られてるんだぞ?

 どの面下げてアイツに約束取り付けろってんだよ!」

「ほんっと!クズっぽいいい訳!

 あの押しの強いラーメンラヴュー・カツぼんに持ってかれてもいいっての?」

「そんなことは言ってねーだろっ!」



ホント、イライラさせる女だ。



「どうせ今日は実家から会社行ってんでしょ?

 例年通り残業しないでケンタッキーに寄ってご飯食べて帰るだろうから、

 今日は残業せずに帰って会社前で拉致りな」



杉田の何気ない一言が、オレの興味を引いたのは間違いない。



「…おい、ふつー、年頃の女がクリスマス・イヴに

 1人でケンタって…あり得るか?」

「瞳ならありうるのよ。若干人とは違う感性で生きてるから」

「…そうか」

「そうよ」



これだけで全てが解決したような気分だ。

確かに、彼女はちょっと風変わりだ。



「…じゃ、今日は残業しないで帰るよ」

「ま、がんばって」




そういって、杉田は去っていった。

全身の力が抜けたおれば、椅子の背もたれにもたれかかった。


ほんと、一筋縄じゃいかねーな。

でも。

だからこそ、アイツが益々欲しいのかもしれない。


…いや、アイツだから欲しいんだ。




残業せずに帰るといいつつ、退社寸前に営業に泣きつかれ、トラブルの尻拭いを手伝う羽目になった。

幸いたいしたことではなかったので、30分ほどで抜けられたのだが…慌てて笹原の会社の前に駆けつけた時には、出てくる気配もない。


考えてみれば、連絡を取りたくてもメアドも携帯番号も知らなかった。

これを言うときっと杉田に馬鹿にされるだろうが、テンパってて聞くのをすっかり忘れてたのだ。

俺にあるまじき失敗だ。



腕時計の秒針を眺めているのに耐えられなくなり、とうとう杉田の携帯に電話することにした。


コールすること30秒。

もの凄く不機嫌そうな声が返ってきた。

もちろん、無視だ。



『あんたねぇ…人がお楽しみのところ……』

「そんな話は聞きたくねぇ。それよりも、笹原がどこにいるのか聞いてみてくれ」

『は?あんた、まだ瞳のケー番とメアド、ゲットしてなかったの?』

「…うるさい、いいからさっさと聞いて、メールくれ」

『あんたは馬鹿だし、あの子はもう…こういうときに限ってちゃっかり

 仕事と終わらせるんだから!

 ま、いいわ。クリスマスプレゼント代わりに連絡してあげるわよ』

「ありがとう。速攻頼む」

『多分駅前のケンタッキーにいると思うけど…ちょっと待ってて。じゃ!』



返事をする間もなく、速攻切りやがった。

とにかく、欲しい情報はくるわけだし、とりあえず杉田の予想した場所に向かって歩き出すことにした。


そして3分ほど立ってから、チキンとオッケーの絵文字だけが入った杉田からメールが届いた。

俺の足の動きは確実に速まった。






クリスマスイヴにケンタッキーになど、はっきり言って来た事がなかった。

ガキの頃はお袋の手料理だったし、大人になってからはもっぱら女と洒落たレストランで過ごしていたから。

ちょっと新鮮だった。


カウンターには人が溢れんばかりに並んでいるが、大慌てで汗かきながら走りこんでくる客など俺ぐらいだ。

ちらちら視線を感じるが、そんなことは気にしない。


人がまばらな客席に目を移すと、あっさりと笹原を発見した。

窓際の席にぽつんと一人で座って、のんびりぼけっとしながら食べている背中。

寂しそうに見えないのは、きっと街灯がきれいだとかチキンが旨いとか考えてるからだろう。


俺は早足で彼女の席に辿り着いた。

食ってるのは、ビスケットか。



「…こんなとこで、何してんの?」 


何ってお前…俺がお前のためにどんだけ走り回ったことか……。

なんだか無性に腹立たしい。

深呼吸して気持ちを落ち着けてから、笹原の向かいの席に座った。



「で?何でこんな日に、たった一人でケンタッキーなわけ?」



再度強めに言ってみる。

案の定、笹原は一瞬で震え上がった。

明らかに挙動不審で、居心地悪そうに身体をもそもそ動かしている。


そういう仕草にも胸が高鳴り、ついついうっかり俺の中のサディストがむっくり頭をもたげ始めた。

…が、何とか耐えた。



杉田に聞いた信じられない話は真実で、毎年ケンタッキーでクリスマスイヴを迎えていると彼女の口から聞いた。

ある種の驚きと共に、笹原らしいなぁと妙に納得した。



とりあえず彼女とクリスマスイヴを過ごすことの出来るきっかけはばっちりつくった。

くだらないことで時間を潰したくはない。

うきうきと踊り出しそうな心を隠して、カバンを座席に放り投げた俺は、列が短くなったカウンターに注文しに行った。



買うもん買って戻ってきても、笹原は疑うような視線のままだった。

何気に居心地悪くて、いい訳めいたことをもごもご言ってから席に座った。


と、笹原の冷え切ったチキンが目に入った。

これじゃ美味くないだろうと思い、今注文してきたチキンと交換してやった。

うれしそうに食べ始めたのを見ると、幸せな気分になる。

純粋に可愛い。


たいしたクリスマスの思い出も作れなかったことが悔やまれてならなかった。

だからせめて彼女には温かな食事を…と思ったのだ。

これまでクリスマスを過ごした女たちなら、きっと眉間に皺を寄せて目を釣りあがらせて怒ったに違いないのに。

コイツはたったこれだけで、心の底から喜んでくれるんだ。




俺は卑怯だと知りつつも、強引にお互いのメアドと携番を交換した。

それからさりげなさを装い、自分の実家のことやオレの立場について話した。

もちろん、俺の全てを知って欲しいという気持ちが大半だ。

しかし俺の立場を知った女たちが目を輝かせていたのを思い出し、少しでも笹原の気を引きたいという、俺らしくない姑息な作戦だということは否めない。

家業や仕事のことを自分から進んで話するなんて初めてだ。



もしかしたら、俺のうちの家柄や財産のことで何らかの反応があるかもしれない、と内心ドキドキしていた。

なのに笹原はただただ感心したように、「そんなプレッシャーかかる中でよくがんばってるね~」と

尊敬のまなざしで俺を見ている。

コイツにとって俺は俺で、俺の家が金持ちだろうが貧乏だろうが全く関係ないのだ。

俺が持っている物質的なものじゃなくて、心のあり方に共感し、関心を向けてくれている。


笹原は、俺のバックグラウンドに惚れるような女じゃない。

そう実感できた瞬間、心の片隅にあった女への最後の警戒心が解けた。



無意識のうちに考えていた。

もしかしたら笹原もまた、これまで通り過ぎるだけの名前も覚えていない女たちと同じじゃないか、と。

もう二度と騙されたくない…頑ななまでに決意に縋るほど、俺は綾との件で未だに深い傷を抱えていたのだろう。



でも大丈夫だ。

笹原がいる限り。

世界中の全ての女が卑怯だとしても、コイツがらしいままでいてくれたら、それでいい。


笹原がいるだけで、世界が優しく感じられる。

もう既に、彼女は俺にとってかけがえのない存在になってしまった。



だから絶対に、誰にも渡さない。

どんな手を使っても。

















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