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富樫君編 4




俺の本能に忠実な、野蛮なオーラに気付いたのだろう。

杉田が疑わしげな視線を寄越し、じろじろと俺を眺め回した。

そんじょそこらの女と違って侮れないやつだからこそ、緊張する。



「あれ?瞳、富樫君と知り合いなの?」


何気なさを装い、俺との関係を確認する。

まぁ、ここにいる誰にも俺と笹原の接点など想像も付かないだろうが。


なぜか困って口ごもる笹原に代わり、幼稚園から中学校まで同じだった幼馴染であること知らせた。



驚いてぽかんと口をあけた樋口さんに子供っぽい優越感を感じ、さらに探りを入れてこようとしている杉田に対して警戒レベルを上げた。

ここで彼女の不興を買えば、想像以上にあっけなくばっさりやられるかもしれない。



杉田の話から彼女と杉田とは高校からの友達であることを初めて知った。

どこでどんな風に縁が繋がっているのかわからないものだ、と驚いた。


それにしても、彼女の過去を知る事は想像以上に楽しかった。

本人から直接話を聞ければもっとよかったが、現時点でそれは贅沢というものかもしれない。



もっとなにか聞けないものかと内心焦れていると、話が都合よく面白い方向に流れ始めた。

どうやら杉田は思った以上に酔っ払い、普段ではありえないぐらいに判断能力に欠けているようだ。



「…ひょっとしてさぁ~、中学校で富樫って名前の男の子、あんただけだった?」



俺?

なんで杉田が中学時代の俺をチェックしたがる?

裏がある話なら、なるだけ掘り起こしておきたいと考えるのは、当然のことだろ?


ということで、話を聞きだすべく、俺は大胆かつ慎重に話しを続けることにした。

…つまり、都合よく事実を捏造したってわけだ。


「………。

 …いや、もう一人いたよ。

 確か3年の時、笹原さんと同じクラスだったヤツだよな?

 笹原さん、アイツと仲良かったし。」

「…はぇ?」



ぼーっと事の成り行きを眺めていた笹原が、変な声を出した。

俺のとっさの嘘に驚き、頭の中が真っ白になっているのだろう。

俺はにやりと笑いかけた。



言葉も出ないほど驚いている笹原に気にすることなく、杉田は魔女のようににんまりと笑って言った。



「じゃぁ、そっちの富樫だ~!

 瞳の青春、知らずに踏みにじってる”初恋の君”は!!」

「…っとぉっ!!!!!」



改めて人の口から聞かされると照れるが、あの告白が彼女にとって初めてのものなら俺がその”初恋の君”ってことになる。

なんだか無性に気分がよくなってきた。


けれど。

何で俺が笹原の青春を知らずに踏みにじってるってことになるんだ?

頭の中で今あるピースをあわせようとしてみるものの、決定打に欠ける。

俺は首をかしげた。



「…って事は、その”富樫君”ってのが、さっき話していた笹原さんの初恋の人?」


かなり気にしていたのだろう、樋口さんが笹原の恋話を掘り下げようと質問した。

…ってことは、樋口さん、笹原に結構本気か?


樋口さん排除の作戦を練るべきだと頭の隅にメモしていたら、杉田が爆弾の導火線に点火した。


「そうなんですよっ!そいつのせいで、真世は現在彼氏いない歴更新中~」



…なんだと?

ってことは、もしかしたら笹原はあれからもずっと俺の事が好きだったとか…?


「……もう、やめようよ、その話は……お願いだから」


小さくなった声と酒のせいだけとは言いがたい肌の赤み。

消え入りそうなほど身をすくめた笹原の全身から、それが真実だという事実が窺い知れた。



そうか。

笹原はまだ俺の事が好きなのか。

ずっとずっとこの年になるまで、一途に思い続けてくれていたのか。



俺は今すぐ大空に羽ばたけるほど有頂天になった。

人生最高の喜び。

緩んだ頬が元に戻らない。

今の俺、きっとやらしい顔してんだろうなぁ…。


なんてねじの外れた頭と心が、うっかり調子に乗ってしまった。

特大級の爆弾が爆発することになるとは知らずに。


「…へぇ、笹原さんって、あいつのこと好きだったんだ~?」

「そうだ!ねぇ、”富樫”ってどんなヤツ?アンタ知り合いじゃないの?

 連絡取れるんだったら、文句の一つ言ってやりたいんだけどっ!!」

「…それはまた、なんで?」



ここまで来ると、止められない。

好きな子を苛める小学生と変わらないと言うならば言えばいい。

この時の俺は絶好調だった。


俺に煽られるようにしゃべり出した杉田を止めようと笹原が必死になっているが、杉田は勢いよく言った。



「だって、瞳ったらまだ片想いの彼に未練タラタラで、彼氏の一人作らないんだよ?

 勝手にやってろ!って優しく見守ってやってんのに、この前偶然の再会して

 彼女連れてらぶらぶモードで歩いてるとこ見たって落ち込んで大泣きしてるしっ!

 こんなに可愛い子がどこの馬の骨か知らん男に今だ縛られてるなんて、

 あったまくるじゃないっ!!」




さすがの俺も思考が停止した。

淡い恋心の延長かと思いきや、どうやらそうでもない可能性も濃厚らしい。



そんなことあるか?

そこまで強くずっと想い続けてくれることって。

しかもあの当時俺は綾に片想いしてたし、笹原はそのことに気付いているようだった。

それなのに…



感動にも似た強い感情が心を満たした。

杉田の口から飛び出した事実に心臓が高鳴り、公の場だというのに感情を真っ裸にされたようだ。

きっとガキみたいに頬が赤くなっているはずだ。

誰も酒を飲んでいないことに気付かなければいいが…。



このときは、それはもう俺らしくもなくうろたえ、慌て、緊張した。

これはもう、コイツを捕まえなければ俺の一生は台無しになる。

この瞬間、笹原が側にいる近い未来も遠い未来も、はっきりとしたビジョンとなった。


頭の中にウェディングベルのような鐘の音がりんごんと鳴り響いている。

その時だった。

笹原の消え入るような声が聞こえたのは。



「……かえる」



最初、3人が3人ともその場に固まってしまった。

彼女の目にははっきりと涙が見えたし、彼女が座っていたテーブルにもその名残が数滴残されていた。


はっと我に返った時には、彼女はカバンを引っつかんで部屋を出て行くところだった。

一斉に立ち上がって後を追おうとしたところで、幹事のお開きの声がかかった。

間が悪いことこの上ない。


挨拶を求められた本日の主役・樋口さんは、戸惑いながらも立ち上がった。



「なんなのぉ…?一体?」


戸惑った杉田はしきりに前髪をかき上げていた。


たった今、人間、羽目をはずすとろくなことが起こらないというのは定説だと証明された。

…どうやら俺は、人生最大のピンチを迎えたらしい。













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