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富樫君編 2



公園での出来事があって以来、俺は適当に女をとっかえひっかえの生活を送るようになった。


一度そういう女がいる事が分かれば簡単だ。

少し観察するだけで、綾と似たような思考回路を持つ女をひと目で見抜けるようになった。

後はいいように対処すればいい。



適当に付き合って別れても、途切れることなく女からの申し出は殺到した。

もちろん、それなりの線引きはしていた。

一度に二人以上と付き合うなんて事はしたことがないし、例え一時的な仲であってもその時は彼女だけとしか関係は持たない。


ま、ある意味、自己満足だが。

俺がかなり好き勝手遊びたい放題やっていたことには変わりないのだから。


それでも挑戦してくる女が後を尽きないんだから、欲に目がくらんだ女ってやつはつくづく恐ろしい。

自分のことを棚にあげて、プライドって物はないのか?と本気で聞きたくなる。



しかし、そんなうんざりするような生活とは、大学卒業と同時に卒業した。


大学生業と仕事の両立で女の相手が出来る時間は少なかったのだが、本格的に社会人生活に突入し、営業を任されるようになった途端さらに忙しさが倍増した。

土日もほとんど出勤で、ろくすっぽ休みが取れなかった。


じーさんもさすがに休めと言ってきたが、仕事をしている方が数百倍も楽しかったのだ。

自他共に認める、完全なるワーカーホリック。



たまに取る休みは、苦労して手に入れた念願の我が家でごろごろしたりDVDを観たりして過ごした。

まさに休むためだけの休み。


卒業と同時に買った3LDKのマンションは、通勤にも便利な、何よりも欲しかった自分だけの城。

誰からも干渉されないので、実家に帰るのも間遠になってしまった。

パンツ一兆でうろうろしようが、だらしなく寝そべっていようが、誰も気にしない。

気楽な素の自分に戻れる、貴重な空間だった。


もちろん、綾や一夜限りの女など敷居をまたがせたこともないし、またがせるつもりもない。

俺の見かけを俺以上に気にするやつらの目など、ごみよりも始末が悪い。

ここにはありのままの俺を気に入ってくれているヤツ、一緒にいて俺もリラックスできる人間しかいれないつもりだ。

だから今のところ、来たのは家族と数人の親友のみ。


けれど、俺にヒルのようにしがみついてくる女や綾は家に入れろとしつこかった。

うちの両親は俺の気持ちに気付いているのか綾にはこのうちの住所すら知らせないようで、余計にうるさかった。

未だに諦めたように見せかけて、会社帰りに尾行らしきことをされる。

デパート嬢をやってるはずだが…アイツ、仕事してるんだろうか?



そのうち無駄と分かったのか、綾は作戦を変更したらしい。

用もないのに俺の実家に入り浸っているのだ。


綾はうちの母親に気に入られようと、小さい頃からお袋にまとわり付いていた。

だから今更な感じがしないでもないが、お袋にしてみればやはり少々やりにくいようだった。

…彼女の母親は始終親父に色目を使っているらしいし。


親父と夫婦仲がよく肝っ玉が据わっているお袋はともかく、よく綾のおじさんは怒り出さないでいられるなぁと驚く事が多々ある。

もしかしたら、関係者の中で唯一母娘の思惑に気付いていない人物なのかもしれない。

どっちにしろ、うらやましい性格であることには変わりない。




最近は特に大幅な人事異動があるため、会社もばたばた慌しかった。

実家にはもう1ヶ月以上も顔を出していない。

綾からの電話もメールも全て無視していたせいか、俺の実家に駆け込んではさめざめ泣いているらしい。

電話をするとお袋がいい加減うんざりした声だったので、罪悪感にかられた俺は今週土日を完全に休日にし、実家に帰ることにした。




金曜日の夜、誰にも何も言わずにこっそりと帰ったつもりが、何故か朝起きた時、家のリビングのソファに優雅に座っている綾がいた。

”アイツ、毎週末入り浸ってやがるな…”俺は心の中で毒づいた。


俺に気付いた彼女は、少し首をかしげて、満面の笑みで「おはよう」と挨拶した。

きっと毎日鏡で練習しているに違いない。

こちらも負けじと感情一つ見せない社交的な笑みで挨拶を返すと、すぐさまダイニングに入った。


お袋がおはようではなくご苦労様と一言言って、熱いブラックコーヒーを手渡してくれた。

うまそうな匂いに、ようやくひと心地ついた。



最近の出来事やらなにやらをお袋と話しながら、俺は朝食に取り掛かった。

お袋との間に割り込むように、綾がオレの隣に腰掛けた。

そして組んだ手に顎を乗せて、無邪気そうに首をかしげて、はい、ポーズ。


…これも計算されつくした仕草だな。

朝食の味が一気になくなったような気がした。



「ねぇ、雄大君。今日と明日はお休みなんでしょ?

 実は知り合いから映画のチケットを二枚もらっちゃって…

 …友達全員都合悪いから一緒に行ってくれる人がいないの。

 チケットの有効期限は今日までだし…。

 お願い、映画に連れて行って?ね?

 おば様も一緒にお願いしてくださるわよね?」


べったべたの声にうんざりした。

お袋を見上げると、苦笑していた。

口元が引きつっているところを見ると、どうやら温厚なお袋も綾の粘っこさに本気で限界が近づいているようだ。

俺は心の中で深く謝罪した。

今度きっと埋め合わせに、親父と二人きりのホテルディナーでもプレゼントするから。



映画ぐらいなら害もないし、たまにはでっかい画面を眺めるのも悪くない。

ここは親孝行だと割り切って、付き合っても悪くないだろう。

俺は渋々オッケーすることにした。

しつこいぐらいの綾のはしゃぎっぷりに”お前いくつだよ?たいした演技だな、おい”と内心ツッコミを入れながら、さっさと朝メシを片付けた。




昼食を食べてから映画を観るつもりで、10時頃に家を出た。

目的地は急行で一つ東京寄りにある駅の大きなショッピングモールだ。

そこなら専門店街もたくさんあるし、退屈な女と何時間いても退屈はしないはずだ。



綾の勧めでいかにも高そうなイタリアンレストランに入ることになった。

もちろん、彼女は全て俺が支払うのが当たり前だと思っている。

別にケチというわけもなく金に不自由しているわけでもないのだが、デートだと本人が思い込んでいるこの”ただの外出”での経費を全て俺が負担することに対する礼は一言もなく、当然のように財布扱いされているのはあまり気分のいいことではない。


しかもダイエット中なのか、綾はウサギのようにサラダだけぽりぽり食っている。

しかも、嫌いなスライスオニオンやピーマンを皿の横に避けているし。

そういうの、あんまり好きじゃねーんだけど。

好きなものを食べるのは結構だが、俺が食っているラージサイズのピザを物欲しそうに見るのはやめてほしい。

うまいものが全て味気ないものに変わり、飲み下すのに苦労するじゃないか。


なんでもっとおいしそうに食べないのか?

俺には大口開けて豪快に食べる女のほうが好ましく思うのだが。

どうせ驕るんなら、もっと楽しく食べてもらいたい。

一緒に食べる人間のことも考えろよ、と言いたいが、言ったところでわかってもらえるとは思えない。



ダイエット食にこだわっていたにも拘らず、食後のデザートで大盛りティラミスを平らげて昼食のカロリーを平均値並に補った彼女と伴に店を出て、映画館に向かった。

1時20分。

少し早いが、座っているうちに始まるだろう。



映画館の前まで行って、初めてこれから見る映画のタイトルを知った。

バリバリの恋愛モノじゃねぇか。

隣でうっとりと看板を眺める綾を見て、俺はぞっとした。

コメディだということが唯一の救いだ。


座席を見つけて座ると、しばらくしたら館内の明かりが落ちた。

見計らったかのように、綾はワザとふざけて腕を絡ませたり身体を密着させてきた。

…正直、身の危険を感じる。

俺は綾から少しでも遠ざかろうと、座る位置をずらした。


そんな小さな攻防を繰り返すうち、ようやく映画が始まった。






終わってみると苦手分野であるにも拘らず面白い作品で、大いに満足することが出来た。

ラブコメディではあるが男性も楽しめるように工夫されたストーリー展開だし、なによりかなり笑わされた。

これだったら我慢の甲斐があったというものだ。


映画終了後、綾がトイレに行くというので、暇つぶしにグッズショップにふらりと入った。

おそらく出すもんだした後、盛大に化粧を直すため30分は出てこないはずだから。

特に欲しいものはなかったが、今上映中の映画のグッズが所狭しと並んでいて、見てるだけでも面白かった。

昔の映画のポスターは結構かっこよく、額に入れて部屋に飾ってもいいなぁと思ったり。



先ほど観た映画のグッズを見つけたのでとっかえひっかえ手にとって眺めていると、何故か店の奥にいる小柄な女性に吸い寄せられるように視線を奪われた。

”どこかで会ったような気がする…”

けれど、その後姿に覚えは全くない。


俺が付き合ってきた女が着ているぎらぎらしたブランド物には程遠い、色あせてだぼっとしたストレートのジーンズとグレーのダッフルコートというカジュアルな服装だ。

肩ぐらいの長さの髪は、大雑把に一つに束ねられている。

化粧っ気もなさそうだ。


こんなにも外見にこだわらない人間が、オレの周辺にいるわけがない。


けれど、何か引っかかる。


好奇心の赴くまま、彼女の方にこっそりと近づいた。



気配を消して近づいたはずなのに何故か彼女は突然振り返り、俺の胸に正面衝突した。

一瞬安易な好奇心がばれたのかと焦ったが、なんて事はない、彼女はその場から移動しようとしただけだった。


なんという間の悪さ!

しかも足。踏んでるし。

最悪のタイミングだ。


足の指先わずかのスペースに思いっきり体重をかけられたせいかかなり痛く、思わずうめき声を上げた。

当の彼女はぱっと足をあげ、耳まで真っ赤にして必死になってぺこぺこ謝ってきた。

…なんだか、どこか懐かしい小動物的行動。


そして。

はた、と目が合った。


その瞬間、俺は彼女が誰なのかはっきりと思い出したのだった。



笹原瞳。

中学卒業以来ずっと記憶のどこかに住み着いていた女だ。



俺はなんだかわくわくしてきた。

オレの周りに群がる女と同種ではない、俺の知り合いの仲でも唯一気を許せるはずの女。

見た目は随分大人びてきているが、かわいらしく純朴そうな雰囲気は昔のままだった。

きっと中身も変わらず、正直で素直でまじめなやつのままだろう。


オレの出現で凍り付いてしまったように動かない彼女を見下ろし、マジマジと観察した。

ダッフルコートの下に隠れた曲線は全く分からないが、全てが小作りなところは中学生の頃と変わらない。

色白で決め細やかなもち肌と大きな真っ黒い瞳、そしてぽかんと開いた口は小さい割に唇がぽてっとしていておいしそうだ。

想像以上にいい女へと成長した彼女を目の当たりにして、純粋に喜びが湧き上がった。


驚いて硬直している彼女を堪能しているところに、タイミングの悪く綾が戻ってきたのが見えた。

綾を見た笹原は顔面蒼白になり、慌ててその場を立ち去ろうとした。


綾が俺の女だと勘違いして焦ったか?

考えてみれば、俺がこいつの過去を知っているのと同様に、こいつも俺の過去を知っているのだ。


「ごっ…ごめんなさいっ!!

 私が思いっきりぶつかった上に足踏んじゃって…ほんと、ごめんなさいっ!!」



気まずさから知らん振りしてダッシュかまして逃げようと思ったのだろうが、そうは問屋がおろさねぇ。

素早く彼女の手首を捕まえた。



驚いて振り向いた彼女は目を白黒させた。

おもしれぇ。

昔々に忘れ去ったいたずら心が、むくむく大きくなる。


俺はさりげなく彼女の耳元に顔を寄せた。

ふんわりと彼女のシャンプーの香りが鼻腔を刺激する。

俺は内心にやりとほくそえみ、彼女にだけ聞こえる小さな声で彼女と交わした昔の約束を実行することにした。



「……きれいに、なったな…あの時、振ったことを後悔するぐらい…」



もちろん、かなりこっ恥ずかしかった。

けれど、コイツがどう反応するのか見てみたいという好奇心の方が勝ったのだ。



今や全身真っ赤になっているだろう彼女は、恥ずかしくてたまらないとばかりに眉間に皺を寄せ、口を困ったようにへの字に曲げた。

どうしていいのか分からなくなった時に出る、中学校の頃から直らない癖だ。

俺はうれしくて、自然と笑顔になった。

途端彼女の大きな目が見る見る大きくなったかと思うとすっと閉じられ、切なげにため息をついた。



たったそれだけの動作だったのに、俺はただ彼女に見とれた。

抱きしめたい。

この場で、思いっきり強く。

そしてあの薄く開かれた唇に荒々しくキスを……って、待て。


突然湧きあがった欲望もどきの複雑な感情に、俺は戸惑った。



「雄大君?」



綾がシャツを引っ張った途端、俺は現実に帰ってきた。

ムッとして綾を睨んだが、当の本人は睨まれていることにも気付いていないようだった。



”こいつさえいなかったら…”


奥歯をかみ締めてそこまで考えて、はたと気付いた。

こいつさえいなかったら、なんだ?


馴染みの無い感情にうろたえて握る力を弱めた途端、笹原は俺の手を振り切って走っていってしまった。

せっかく彼女と再会できたというのに。


女がいなくなろうが別れてやると怒鳴りながら出て行こうがどうでもいいと思っていたのに、笹原がいなくなっただけで何故か寂しくてやりきれなかった。

そして、念願かなった偶然の再会だというのに逃げていってしまった彼女に、少しだけ腹が立った。



しかし。


きっと彼女とは近いうちにまた会えるだろう。

確信に近い予感は、これまで生きてきて外した事はない。


次に会った時は絶対に逃げたツケを払わせてやる!

俺はこの時、固くそう誓った。









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