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富樫君編 1



『女は欲深き魔物である』




俺の初恋がただの幻想で、恋愛に対して純粋だった自分が砕け散った時、悟ったことの一つ。


最初に感じたのは、深い失望、絶望。

愕然としたってやつだ。

時間の経過と伴に、これらの感情は怒り、哀れみ、不信感へと変化を遂げることとなった。

そのうち、そういった類の女ばかりが俺の周りを取り囲んでいることに気付き、その数と比例して自分が女嫌いになっていくことは、もはや止めようもなかった。



もちろん、野性的な欲求を満たすために利用はさせてもらう。

女の虚栄心と性的欲求を満たしてやっているんだから、当然の報酬だと考えている。

けれど、ただ、それだけ。



手玉に取られないように、用心に用心を重ねて一時的な交際相手を選ぶ術を身に付けた。

駆け引きのスリルを楽しむ余裕すら出来た。

後腐れのない関係と潔い絶縁。

お陰で精神衛生上非常に健全な男子一般に付いてまわる欲望に悩まされることもなく、人生を謳歌している。



あしらい方もうまくなり、一方で本当の意味での恋愛と言うものにはとんと縁がなくなってしまった。

けれど、そんな事は痛手でも何でもない。

学生の時には勉強や部活、社会と関わるようになってからは仕事が俺の人生の華となってくれたのだから。


そう、俺はポーカーフェイスのプレイボーイで極度の女性不信男へと成長を遂げ、現在に至るわけだ。




女なんて真っ平だ。

恋愛、結婚、ちゃんちゃらおかしい。


一生涯を伴に出来そうに見える女でも、何十個仮面を被っているのかわからないんだから。

厚化粧と同じだ。

セックスしてシャワーを浴びて、クレンジングクリームで丁寧に擦り落したら、もう誰か分からない。

外面と内面の美しさをまとめて洗い流してしまったかのようだ。


そういや、一緒にシャワーを浴びてたら、上がる頃には眉毛が消滅している女もいたっけ?

今じゃ滑稽だとしか感じないが、初めて見たときは心底驚いたものだ。

指差して笑うことも出来ないなんて、拷問に等しかった。


そんな女にうっかり首に縄でもかけられたら、それこそ一大事だ。



自慢じゃないが、これほど屈折した思考にとり付かれていても、過去恨まれるような別れ方をしたことなど一度も無い。

女の恐ろしさ、怨念深さは十分に承知している。

ごねられてもどうにかできないわけではないだろうが、どうにかする時間さえ割くのも疎ましい。



”必ず抜け道は作っておくこと”



女と後腐れなく付き合うための鉄則だ。

これは社会の一員として人間関係だけではなく、あらゆることに通じる言葉だ。

道が一つしかなければ、逃げたくても一歩下がりたくても迂回したくても追い詰められるだけだ。


お陰で社会人として必要な社交術や読心術も自然と身についた。

どんなに最悪なことからでも、その気になれば学ぶべきところは多いという事の証明かもしれない。



言っておくが、もともとこんな性格に生まれついたわけではない。

あくまでも手痛い経験から学んだ結果なのであって、真の鬼畜というわけではないのだ。


女性に対して偏見にも似た歪んだ分析をするようになったのは、高校1年生の春のこと。

…今にして思えば、くだらない女に引っ掻き回される事もなく生きていくための礎となった、いい教訓といえなくもないが。


結果よければ全てよしとはいうものの、まだまだ子供だった俺にはあれは相当過酷な体験だった。





俺には赤ん坊の頃から仲の良かった幼馴染がいる。


彼女は木本綾。

オレよりも1つ年下で、父親同士が親友で家も近所だったため、長く家族ぐるみで付き合っている。

頻繁にうちに遊びに来ていた綾と俺は、5歳年上の兄・はじめにいつも一緒に遊んでもらっていた。


守ってあげたくなるほど小さくかわいらしく、とにかく泣き虫だった綾のことを俺は小さい頃からずっと庇ってきた。

俺にとって、彼女は大切な存在だった。


その関係が変わってきたのは、一体いつの頃だったのか。

気付けば俺は綾のことを異性として意識するようになっていた。


はっきり綾への恋心を意識した6年生の夏。

今じゃ考えられないほど純真な恋。

最悪の初恋になるとは、この時夢にも思ってなかった。



昔から、綾は兄貴に夢中だった。

綾が兄貴に惚れているのは知っていたし、綾の幸せを思えばこそ彼女に協力してやったりしていた。

綾に夢中だった頃、どれほど兄貴の事が好きかという話を綾から聞かされる事は、俺にとって拷問に近かった。

けれど必死になって歯を食いしばって、綾を励まし、支えてきた。


なのに、当の兄貴は暖簾に腕押し、ぬかに釘。

綾の気持ちには気付いているくせに、何食わぬ顔でかわし、知らん振りを決め込んでいた。

一見穏やかそうでいて、計算高い男。

間違いなく、兄貴は親父そっくりだった。



俺が中3の時、突然木本のおじさんとおばさんが綾を兄貴の婚約者にどうかと打診してきた。

さすがのうちの両親も、これには驚いたようだ。

当時綾は13歳、兄貴は18歳。

いくらなんでも早すぎるし、当人同士の気持ちもあるだろう、と。


そんな時、もの凄い剣幕でしゃしゃり出てきたのが、綾のお母さんだった。

まるで自分が結婚する気なんじゃないか?と疑いたくなるような熱心さに、はっきり言ってうちの家族全員が引いた。



正直な話、綾のお母さんだとはいえ、俺は小さい頃からこのおばさんが大嫌いだった。

化粧が濃く、身体の線がぴったりと張り付く服を好んで身に付け、アクセサリーをジャラジャラ鳴らしていた。

およそ母親らしくない。

時折父を意味深に見つめる目線が何を意味するのか理解できるほど大きくなった頃には、完全なる嫌悪の対象となった。


俺は、こんなおばさんに育てられたにも拘らず素直で可愛い綾は、きっとあの穏やかで少々優柔不断な伯父さんに似たんだろうと分析していた。

あまりにしつこい申し出とあの手この手の作戦に完全に嫌気がさした兄貴は、”婚約はお互いに納得しないうちは結婚しない事””もしどちらかに好きな人が出来たらすっぱり別れる事””デート以外のことで干渉しないこと”などを条件に、綾と交際することになった。



それは俺にとって完全なる失恋を意味しいていた。



幸せそうに兄貴の腕に絡みつく綾を見て、胸が痛くてたまらなかった。

何でこれほど綾のことを思っている俺じゃなく、渋々条件を飲んだ兄貴が相手なんだろう?

綾に対して当たり障りのない態度でしか接することの無い兄貴に、憤りすら覚えた。

全てが憂鬱で、何事に対しても熱意が持てなかった。



それでも、学校にいる間はそんな気分も和らいだ。

友達と馬鹿騒ぎをしているのは楽しかったし、当時なにしろ受験生。

両親の意向で中学校までは公立だった。

けれど将来に備えて高校はハイレベルな私立校への進学を目指していたため、毎日必死になって勉強していた。

どうしようもないことに脳細胞を使わないように、別のことに酷使したわけだ。

お陰で希望校には無事合格。


その時、大学卒業後、親父の親戚一族が経営している”東洋印刷”に入社してくれないかと、父方のじーさんに頼まれた。

本社が大阪にあるわりと大きな会社で、東京の方での即戦力が欲しかったらしい。


高校生活が軌道に乗ってきたらアルバイト程度の仕事をし始め、大学入学と同時にさらに仕事の量を増やし、卒業後即戦力となるように育て上げたいとのことだった。

そのためには、好成績で高校、大学を卒業する事が大前提。

もちろん、俺はじーさんからの厳しい挑戦状を受け取った。

目標は大きければ大きいほど俄然やる気になるってものだ。


公立組が必死になって受験勉強している中、俺はひたすら高校の予習と会社で必要な知識を詰め込むことに取り組んでいた。

綾のことを思うと胸が痛かったが、挑戦しがいのある明るい将来が見えたことで希望でいっぱいだった。



人生がゆっくりと大きく動き出そうとしていた、その時だった。

これまでの人生の中で最も印象に残る告白をされたのは。


中学の卒業式でのことだった。

見た目が良かったらしく昔から女の子からの告白は途絶えた事がなかったが、これほどまでにインパクトの強い幕引きは初めてだった。




笹原瞳。

彼女はとにかくちまちましてて可愛くて、酷く鈍感でお子様で天然だった。


何故か委員会やらなんやらで一緒に用事をする機会が多かったため、彼女を他の男たちよりも理解していたつもりだ。

そろそろ盛りが付きだした男たちから誘いを受けたりするものの、当の彼女は全く気付いていない。

ほややや~んとしたオーラに毒と魂を抜かれた男の屍が、彼女の後ろに累々と積み上げられていった。

見ていてはらはらさせられる事が多かったせいか、とにかく保護欲を駆り立てられるやつだった。

そんな彼女の必死の想いを断るのは辛かったが、俺の心にはその時まだ綾が住みついていたのだから仕方がない。

出来るだけ彼女を傷つけないようにと言葉を選んで断った。



すると彼女はリスのように黒目がちな大きな瞳を潤ませて、言った。


「ねぇ、お願い。

 もしね、もし、これから何年もたって偶然街中で会ったら…

 その時は嘘でもいいから『きれいになったな、あの時振ったことを

 後悔するぐらい』って言ってくれる…?」



きっと他の女だったら一笑したに違いない。

んな、こっぱずかしいこと言えるかっ!と。

が、相手は天然お子様・笹原だ。

俺は苦笑交じりにその約束に同意することにした。

彼女とは高校が離れてしまうから、きっと滅多なことでは会う事はないだろう。

そういう姑息な計算も働いていた事は否めない。



彼女とはそれっきり、音信不通となった。

風の便りに彼女が卒業後静岡の方に引っ越したと聞いて、何故か酷くガッカリしたことを今でも覚えている。





そんな告白もすっかり記憶の奥底にしまいこみ、ようやく高校生活に慣れてきた1年生の晩夏。

綾から電話で兄貴に振られたと聞かされた。

兄貴に結婚したいほど好きな女が出来たというのだ。


俺は激怒して、兄貴を捕まえて怒鳴り散らした。

けれど兄貴は涼しい顔で俺の怒りを受け流し、言った。


「お前ね、外見や上っ面だけで判断してたら、いつか女に身包み剥がされるよ?

 お前は賢いんだから、ちゃんと見れば何が嘘で何が本当かよくわかるよ。

 俺は心の声に従って、綾との関係をすっぱり切って彼女を選んだんだ。

 オレの一生の伴侶は綾じゃなく、彼女だから」


兄貴が自分がもてる全てで彼女を愛しているのか、彼女と想いが通じてからまるっきり”大人の男”の顔になった兄貴を見てすぐに理解できた。

それでも納得できなかった。

俺がどんな思いで綾のことを忘れようと思ったのか、兄貴にはわからないんだ!と何度も怒りで頭が沸騰した。

高校の友達を心配させるほど、酷い態度だったらしい。

分かっていても、どうしようもなかった。




”兄貴がそんなだったら、俺が綾を…っ!”



兄貴と喧嘩してから数日後、意を決した俺は綾に自分の想いを告げるため彼女の家に向かった。


途中、通りかかった近所の公園のベンチで、声高らかに話をする3人の女子中学生に目が向いた。

そのうちの一人は見間違えようもない、綾だった。


俺は彼女に声をかけようと、驚かせないようにベンチの背後からそっと近づいた。

そして決して立ち聞きするつもりはなかったけれど、結果的にそうなってしまい、兄貴が何を言いたかったのかはっきり理解できた。



「綾~、どぉすんのぉ~?将来でっかいカフェチェーンのオーナー夫人に

 納まるって言ってたじゃん!」

「うるさいっ!一君に本気の女が出来るなんて、

 考えたことなかったんだもんっ!」

「何をしくじったの?セックス?

 やった後、他の男の名前でも呼んだんじゃないのぉ~?」

「馬鹿っ!一君とは清い仲だったわよっ!

 どれだけ誘っても、手のひとつも出してこないんだよ?」

「アンタ、よっぽど色気ないんじゃないのぉ?」

「ばっかじゃないの?

 私に色気がなかったら、アンタの男と寝る事だってなかったわよ!

 あいつ、ちょっと胸見せただけでけだものの様に襲ってきたわよ?」

「あんたねっ!…さいってー…!」

「お互い様でしょ?」

「ほんと、頭にくるのはあの地味女よ!

 どうやって一君を丸め込んだのかしら?夢の社長夫人が~っ!」

「でも、まだ弟の方がいるじゃない。なんだっけ?雄大だっけ?」

「…あぁ、あれはもう釣り上げて、養殖池に入れたようなもんよ。

 次男じゃ社長になんてなれないしね、最悪の時の駒ね。

 顔もスタイルも申し分ないし、性格も真面目そのものだし?

 その上、私に一途だからね~。

 親が死ねば財産が転がり込んでくるし、

 満足いくまで遊んでから結婚してあげるつもり」

「悪い女~。最悪だね、綾は」

「あんたたちも似たようなもんじゃないの」



爽やかな青空と紅葉間近の公園によく響く、くすくすと無邪気な笑い声。

内容がイメージとあまりにかけ離れていたので、余計に恐ろしかった。



”そうか、俺はアイツの演技に騙されていたのか”


綾が好きだったのは兄貴ではなく、今は親父が社長をしている県内に15店舗の支店を持つカフェの社長夫人の座と金だったんだ。

それに、贅沢な暮らしと羨望のまなざし。

小さい頃から兄はこのカフェの経営に興味を持っていた。

そりゃ、兄貴にしか靡かないだろうよ、当然。


俺は自分のうかつさ、人を見る目のなさ、ぼんくらさを心の中で詰った。

そして自分が綾の養殖池で泳ぐ一匹にされていたことに屈辱と怒りを感じた。


兄貴はきっとこんな綾の性格を見抜いていたに違いない。

けれど、家族や父の友人であるおじさんの立場を考え、うまく切り抜けていったのだ。

兄の言葉は正しかった。



ここで聞いた事は俺だけの胸にとどめておこう。

そしてこれからは綾をしっかりと観察し、その動向を逐一チェックしていくことにしよう。



”俺をなめんじゃねーぞ!”


奥歯をぎりりとかみ締めて、俺はその場を後にした。

もちろん、心はぼろぼろだった。











 


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