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夢のようなクリスマスイヴを過ごして以後、年末に向けて業務が忙しくなったのか、富樫君の姿を見なくなった。

…といっても、今日でまだ3日目なんだけど。

それでもラッキー続きで毎日のように顔を合わせていただけに、なんだか無性に恋しくて、寂しい。



富樫君は、どうしてるのかなぁ?

私のこと、思い出してくれてるかな?


…って、そんなこと、絶対にない、ない。

ちょっと図に乗りすぎてない、私?



………

………



…はっ!

いかんいかん!

こんなことでは、またどん底に落ちて這い上がるのが大変になっちゃう!




24日の日、結局9時ごろ富樫君が家まで送って行ってくれた。

もう遅いし、危ないからって。

ぶっきらぼうなくせに、そういうとこ、本当に優しいなって思う。

そしてまた、恋の花を咲かせて…おかげで、冬だというのに頭の中は春爛漫だ。



世間一般でも大切な記念日の一つ、クリスマスイヴ。

いい思い出をたくさんもらった。

それだけで幸せなのかもしれない。

うん。

友達ってだけでもすっごくうれしかった。

一緒に居られるだけで。




気付けば、今日は27日。

すっかり年末だ。

うちの会社は明後日29日までで今年の営業は終わり。

30日からはお正月休みに突入だ。

忘年会も昨夜無事に終了し、酔っ払いの部長のお説教も30分で切り上がったことを思えば、いい年の終わり方だったような気がしないでもない。



今日はお休み。

明日もお休み。

月曜日に真面目に出勤したら火曜日にこの部屋の大掃除をして、31日に実家に帰省予定だ。

これもいつもながらのことだ。




さぁ今日はのんびりと大掃除のさわりでもやってみるか!と思っていると、ふいに携帯電話がなった。

着メロを聞いて耳を疑い、ディスプレイに表示沙汰名前を見て目を疑った。


富樫君だ…っ!



彼とはクリスマスイヴのあの小さな晩餐会の時、メールアドレスや携帯番号を交換していた。

そして速攻、お気に入りの曲を彼専用の着メロに登録。

…これぐらいの乙女的行動は許されるだろう、なんて思って。



まさかホントに電話がかかってくるなんて…。



テーブルに置いてあった携帯をむしり取って、慌てて通話ボタンを押して耳に押し付けた。


「も…っ、もしもしっ!?」


…かっこわるい。

声、裏返ってるし。


カッと頬が火照らせていると、電話の向こうから聞こえて来た声のせいで一瞬で体中が冷えた。

こういう状態を”冷水を浴びせられた”と言うのだろう。




『あの…笹原さん、ですよね?私…木本と申します』



素敵に澄んだ声に羨望。

魅力的な姿に似合った素敵な声、話し振り。


ちくん、と胸が痛んだ。


ぶんぶんと首を縦に振った時、そんな仕草は電話で通用しないと気付き、こっ恥ずかしい気持ちをわきあがらせて返事した。

恥ずかしいぞ…私。



『突然電話してしまって、ごめんなさい。

 でも、驚いてしまって…雄大君の携帯に貴女のアドレスが登録されてたから…。

 まさか彼が…浮気してるなんて思ってもみなくて…』

「えぇっ!?」



びっくりしすぎると話が出来なくなるというのは本当のことだったんだ~、再度驚いた。



「ち、違いますっ!

 彼とは…先日再会したばかりで、懐かしい幼馴染ってだけで…えと、

 仕事の関係でも顔をあわせたってだけで…」

『でも、あなたでしょ?クリスマスイヴの日、彼と一緒だったのは…』

「あ、誤解しないでください!偶然です、偶然。

 特にどうってことなくて、ケンタッキーでフライドチキンを一緒に

 食べて…それだけです」

『……え?そう、なの?』

「そうです…」



真実なので胸を張って証言できるが、どこかでうっすらと感じている女としてのプライドとか片想いの熱がさらに私の胸を細い針で強く刺してきた。

それでも、嘘をつくなんて選択肢は、端から私になかった。


ぐっと奥歯をかみ締めて沈黙すると、電話の向こうでくすくすと笑い声が聞こえたと思うと、その声がどんどん大きくなってきた。



『あの雄大君が!ケンタッキー?…っ、貴女、よっぽど適当にあしらわれてるか

 女として認められてないのね?

 …ホント、笑っちゃう!

 それなら話は早いわ。

 私、彼と結婚の約束をしてるの。だからもう二度と、友達としてでも彼に

 近づかないでほしいの』

「え?けっ…こん?」

『あら?彼、言ってなかった?

 そうなのよ、昔からの約束なの。もちろん、親同士も賛成してくれてるわ。

 彼のご実家も、一族が経営している今の会社も大企業だし、それなりの

 格式のある人じゃない?

 彼の気持ちは私にあるって事は分かってるけど、でも、女として容認

 出来る事じゃないでしょ?

 そんなわけだから、あんまり彼に変な噂が流れたりしたら困るの。

 貴女はただの友達だって分かってるけど、やっぱり世の中って、

 いろんな風に噂する人がいるじゃない?』

「…そう、ですよね……」

『雄大君ってすごく優しい人だから、貴女のことを突き放すことが

 出来ないんだと思うの。

 彼ってとっても面倒見がいいし、例え自分の出世がふいになったとしても、

 貴女をないがしろに出来る様な人じゃないのよ。

 …だから、貴女が彼からはなれて欲しいの。

 そうしたら、彼は罪悪感を感じずにあなたから解放されるし…

 貴女だって、大切なオトモダチが傷つくことなんて…したくないでしょ?』

「…もちろんです」

『それなら、話が早いわ。

 絶対に彼に電話なんてしないでね?

 それから、アドレスも、もう消してしまって。

 私たちの関係に汚点を残すようなこと、私したくないの。

 だって、浮気してたなんて噂が広がれば、彼の立場が危うくなるでしょ?

 敵はそれこそ、たくさん居るんだから。

 …理解、していただけたかしら?』

「……はい」

『それじゃ、お願いね?』




そこでぶつり、と電話が切れた。

携帯から聞こえてくるのは、規則正しい電子音。


ショック状態から帰って来ると、胸の痛みが尋常じゃないほどになっていた。

体がだるくて、両手を挙げることも億劫だ。



2人で話をしていると、とても楽しかった。

だから、それでいいんだと思っていた。

2人の間に恋愛関係がなくても、友情が育ってくれればいいんじゃないかって。

それならなんに問題もないって。

…ただ、私一人が尋常じゃない痛みを耐えなければならないってだけで。


そんなことを言ってみたところで、やっぱり富樫君と会って話出来なくなることのほうが辛いと思った。



私、自分のエゴで富樫君の幸せを邪魔してたのかもしれない。

きっと私を傷つけないようにと気配りしてくれていたのだ。

なんだか…自分が嫌になる。

馬鹿みたいに浮かれて、彼を独り占めしたような気分になって…ほんと、どうしようもないほどのお馬鹿女。


こんな時になって気付かされるなんて。

もう淡い恋として飾って置けるほど、小さな感情じゃなくなったことに。



「…もぅ、最悪…」



私はベッドにごろりと体を横たえた。



分かってたことなのに、納得するにはかなりの時間がかかるほどになってしまった。

…どうなるんだろ?


暗くなった携帯電話の画面を見つめながら、急に怖くなった。

自分の人生もこの小さな機会と同じように、暗く閉ざされてしまいそうで。










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