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久々に帰った実家では、申し訳なくなるほどの大歓迎を受けた。

…お母さんの誕生日のお祝いのためだったのに…よかったのだろうか?


女が私一人で、しかも兄達ともかなり年が離れていて、だから余計にかもしれないけれど、うちの家族はとにかく昔から私に甘かった。

それを当たり前のこととして若干傲慢な感じに生きていければよかったのだけれど、生まれた時から小市民の私には、物心付いてくると同時に申し訳なさとか遠慮が先に立ってしまった。


特に10歳も年の離れただい兄ちゃんと8歳離れたちぃ兄ちゃん。


それぞれ家庭をもって楽しくやってるくせに、未だに何かと私に説教やら旧態然とした理屈をぶちかましてくる。

過保護にも程があると思う。

お義姉さんたちも呆れ顔で、私に同情の目を向けてくれるほどだ。


こんな現状があったから、余計に彼氏が出来ない歴が更新され続けているのかもしれない。

まぁ、家を出て一人暮らしが出来ただけでも、良しとせねばなるまい…って、ちぃ兄ちゃん一家が近くに住んでるけど。


いうところの、お目付け役だ。

家族にとって私は根っからの心配の種らしい。





早朝なのにぎっしり席が埋まっている新幹線の中で、大きなあくびを一つした。

遅寝早起きすると、やっぱり体がついてきてくれない。


一瞬かなり深く眠っていたみたい。

はっと気付いたら、もう見慣れた灰色の街の景色が広がっていた。

東京駅で駅員に起こされる前に起きて下車することが出来たのは、ある意味奇跡かも。



大きな荷物は宅急便で送っているし、今日はいつものバッグだけ。

でもさすがに昨夜の宴会の疲労が抜けきれず、眠気が覚めない。


朝っぱらであってもなお、クリスマスを意識させられるってのにこのザマ…。

こんなに空しい思いで12月24、25日の大イベントを過ごすのは、一体何回目になるんだろう?

子供の頃は楽しかったのになぁ…。



今日は長い一日になりそうだ…。







だるい体に鞭打って、なんとか仕事を終えた。

今日はほとんどの人がクリスマスイヴだからって、残業もせずに帰っていった。

私も便乗して、ちゃっかり定時にオフィスを飛び出した。


…特にこれといって予定もないんだけどさ。



更衣室ではみんなわいわい騒いでいた。

これから彼とデート…なんて人は、念入りにお化粧して服装をチェックしてた。

小さいお子さんがいる人は「ケーキ買って帰らなきゃいけないの!」とかなり焦っていた。


どっちにしろ、みんなとっても幸せそう。

幸せそうな顔を見ていると、なんだか私もニコニコしてしまう。


「笹原さんもデートですかぁ~?」…なんて質問を笑顔でごまかし、いつもと同じように会社を出た。




今日の晩御飯は決まっている。

自宅最寄り駅にある、ケンタッキーフライドチキン。

ほとんどの人かお持ち帰りで、空席が多い割にカウンター前には結構な行列が出来ていた。


あと3人で順番が回ってくるという時、携帯の着メロが鳴った。

真世専用だったので、慌てて通話ボタンを押した。


開口一番の言葉は『ちょっと、アンタ今どこにいるの?』だった。

いつもの”クリスマスに一人でケンタって…涙でそう”的なお説教ではなかったので、内心かなり驚いていた。



”…なんかあるんじゃないか?”



…なんて珍しく裏を探ってみるものの、慣れないことだったので何も思いつかなかった。

だから素直に居場所を教えて、一人のクリスマスパーティをするんだと言った。


真世からの返事はそっけなく、かかってきた時と同じように突然電話が切れた。

いつものことだけど。





ようやく順番が回ってきて、慌てて注文した。

余裕でクリスマスイルミネーションで光り輝く街が見える席をゲットできた。


さっき買った、チキン一本とビスケット2個、クリスピーチキンが2本、グリーンサラダ、スープをテーブルに置いた。

なんてゴージャス!

ケーキは以前から目をつけている、コンビニスウィーツと決めているのでパスだ。


正直、チキンも好きだけど、ビスケットの方が好きだったりする。

たっぷりとメープルシロップをかけてぱくりと食べるのが、なんともたまらない。

クリスマスっぽくないけど、自分が美味しいと思うものを食べる方がイエスキリストも喜んでくれるだろう。

七面鳥はなくてもチキンがあればオッケーだろうと勝手に思っているので、よしとする。

しかも、店員さんが気を利かせてくれたのか、チキンは食べやすいモモ肉だし!


おいしそうなクリスマスディナーににんまり微笑み、私はイルミネーションをうっとりと眺めながらゆっくりと食べ始めた。




一口、二口とゆっくり味わうようにかじりついていたら、突然テーブルに影が落ちた。

驚いて見上げてみると、荒い呼吸を整えようとテーブルに片手をついて支え、額に汗を滲ませている男性が居た。


紛れもない、富樫君その人だった。




「…こんなとこで、何してんの?」


頭の中に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。

すると彼はなんだか恨めしそうな顔をして、私を睨みつけた。


大きく深呼吸をして、さらにそれに盛大なため息を加えた彼は、どっさりと私の向かいの席に座り、けだるそうに前髪をかき上げて聞いた。



「で?何でこんな日に、たった一人でケンタッキーなわけ?」



不機嫌なのかいつもよりも若干低い声に、びびり根性がひょっこり顔を出してしまった。

怒られるる前の猫みたいに首をすくめたこと、きっと富樫君に気付かれたに違いない。


それでも、なんでこんな日に…って聞かれてもなぁ…習慣だし。



「一人暮らしを始めてから毎年、こうして過ごしてるから…?」



結局これ以上は答えようがなかった。




富樫君は納得したようなしてないようなうめき声を上げて、カバンを置いたまま席を立った。

しばらくして戻ってきた時は、ちゃっかりとトレーを持っていた。



「俺も腹減ったし…まぁ、クリスマスだし、たまにはいいかなぁと思ってさ」



いい訳のような言い方が不思議だったけど。

きっと仕事のしすぎでおなかが空いてるに違いない。


富樫君が戻ってくるのを待っている間に、私のクリスマスディナーはすっかり冷めてしまった。

それでも、彼と一緒に食べるチキンは格別の味がするに違いない。


なんて考えていたら。

富樫君はさっと私のトレーから冷めたチキンをつまみ上げ、自分のトレーにある熱々のチキンと交換してくれた。

”悪いからいいよ”と言おうとした私を片手を振ることで制止し、冷めたチキンにぱくりとかぶりついた。

彼のさりげない優しさや気遣いに触れて感動した私の心から、彼を想う気持ちがどんどん溢れてくるのが分かった。


やっぱり、今でも大好き。

彼は私の特別な人。

思いは決して届かないけど…。



眼がちくちくして油断したら涙が滲みそうになるのを瞬きでやり過ごし、彼を倣ってぱくりとチキンにかぶりついた。

想像通り、チキンは特別なスパイスのせいでいつも以上に美味しかった。


家族と一緒に過ごしたクリスマスだって、もちろん最高に楽しくて幸せだったけど。

今日この日のようなトキメキや安らぎと小さな失望がない交ぜになったクリスマスなど、決してなかった。

決して。


ちらり、と富樫君に視線を合わせた。

黙々と食べる富樫君は、どうやら思った以上におなかがすいていたようだ。

そんな彼の幼さに、ますます胸が高鳴った。

私、そんなに母性本能強かったっけ…?



「笹原は、今日は誰とも約束しなかったのか?」



突然投げかけられた質問の意味が分からず、きょとんと彼を見つめた。



「あ、いや、だから…この前のラーメン屋の男、とかさ」



…何でここで勝司君がでてくるんだろう?

ますます分からない。



でも、考えてみれば、彼が気にしている事は私が気にせねばならないことでもあるのだ。


『木本さんと約束、してたんじゃなのかな?』



頭の隅っこで引っかかってる。

きっとここに来たのは偶然で、これからずっと一晩中彼女と一緒に過ごすに違いない。

だって、木本さんは富樫君の初恋の人で、今は大切な人なんだから。


ずきん、と胸が酷く痛んだ。

わかってたはずのことなのに。


やっぱり、私は大馬鹿女だ。



でも、いいや!

大馬鹿ついでに、2人で過ごすクリスマス・イヴを楽しんでやる!



色気も何もない、真世が聞いたら呆れて口をぽっかりあけてしまいそうな状況だけど。

けど、私にとっては、何よりも大切な思い出の一つになるんだから。


どうか、神様、サンタ様。

今だけ。

この瞬間だけ、彼との時間を私に下さい。



目の前には、豪快にチキンやポテト、チキンフィレサンドを頬張る富樫君が居る。

昔の彼の影を残しつつも、大人になった彼。

ずっと恋焦がれてきた彼が、もう会うことなど二度とないと諦めていた彼が、こうして私の前に居るんだ。


しかも、引越しによって離れてしまったため知りようもなかった昔の富樫君のこともわかった。

随分勉強をがんばってたみたい。

今彼が勤めているかの有名な会社は父方の一族が経営しているそうで、富樫君のお父さんがお母さんのご実家の方に婿入りしたこともあって、将来は役員となって会社を繁栄させるべく入社したそうだ。

会社に対して責任を持つべく、あらゆる学問を究めていったとのこと。


確かに、富樫君は話題豊富で、打てば響くように答えが返ってくる。

本当に素敵な大人の男性になった。

頼もしくも誇らしい彼に偶然出会って、こうして一緒に居られるなんて…。



奇跡だ。

絶対に。




きっとこの日この時、私の人生最高のクリスマスプレゼントになる…私はまさにこの瞬間、そう確信した。













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