第二話「出てこい。ソフィア。俺はここだああああ!!」
アレスは翌日、ソフィアの部屋のドアの前にいた。
「とりあえずソフィア様と仲良くならなければ、護衛にも何もならないだろ」
アレスは何度か、ドアをノックしようとしたが、さすがに王女の部屋のドアをノックするのをためらっていた。何度かノックまでの動作まで行ったのだが、やりかけて止める動作を何度か繰り返していた。
「これでは埒があかん。駄目もとだ。とりあえずノックしてみよう」
コンコン。
「……」
アレスはドアをノックした。しばらく待っていたがドアが開くことはなかった。
「いないのか。はたまた無視しているのかどっちなんだ」
アレスはドアの前で考えていたが一向に考えがまとまらなかった。
「仕方がない。もう一度、ノックしてみよう。ソフィア様! 申し訳ございません。出てきてくれませんか!」
ドンドンドンドン。
アレスは少し強めにドアを叩き、声を出して中にいるはずのソフィアに向かって叫んだ。しばらく待ったが、一向に返事が無かった。アレスが諦めようとしたとき、中から声が聞こえた。
「私は今、忙しい後にしてくれ」
「は、はい! また、出直します」
アレスは声が返ってくるとは思わなかったので驚いていた。思わずソフィアの部屋から走って逃げていた。
「はあ。はあ。びっくりしたな。まさか、声が返ってくるとは」
「アレス様、朝から変態行為にご熱心ですね」
アレスが振り返ると、メイドのマキナが背後に立っていた。一度ならず、二度もアレスは背後を取られて騎士の面目が丸つぶれであった。
「マキナか。どこから沸いて出た」
「沸いて出てきたのはあなたですよ。私が優雅に掃除をしている所に、変態が急に走って来たのですから。燃えるゴミの日に捨てますよ」
「誰が変態だ。貴様、メイドの分際で口に気を付けろよ」
アレスは妙に頭に来てマキナを権力でねじ伏せようとした。
「口に気をつけるのは貴方のほうですよ。あなたがどれだけ偉いか知れませんが、ここでそんなことが通用すると思っていますか?」
マキナは喋りながら背中から剣を取り出した。それほど長い剣では無いが、背があまり高くないマキナにしては大振りの剣だった。
(背中に剣って意味がわからんぞ。だいたいあんな長い剣どこに隠していたんだ)
「お前、何のつもりだ。騎士に向けて剣を取り出すなど死にたいのか」
「死ぬのはあなたの方ですよ。はあああああ」
マキナは剣を両手に握り、上段に構えるとアレスに向かって駈け出した。それを見て慌ててアレスも剣を取り出し、構えた。
ガギィィィン。
アレスはマキナの剣を受けた。マキナはとても女とは思えないほどの力でアレスを壁際まで追い込んだ。
(こいつ、全く何者なんだ)
「昨日は遅れを取りましたけども、今日はそうはいきませんよ」
「お前、どうかしてるぞ。急に斬りつけてくるなんてよ」
「あなたを見ていると、どうしても我慢できないんですよ!」
アレスはマキナを押し返して、距離を取った。マキナは少々バランスを崩したが、持ち直して、再びアレスに斬りかかる。アレスはマキナの力を警戒して、剣を受けずに避ける。マキナは執拗にアレスに向けて、剣を振り下ろす。アレスは避けられるものは避けて、避けられないものは剣で受け流した。
(相当訓練を受けているようだが、俺の敵ではないが、ただメイド世界選手権があったら優勝するかもしれない。それほどの実力だ。しかもあの構えは見覚えがあるぞ)
「止めないか。マキナ! アレス!」
執事のオットーがアレス達に向かって走ってくる。さすがのマキナもオットーに見つかって、戦いを止めて慌てて剣を背中に隠そうとする。アレスは心の中でもう遅いだろと突っ込んでいた。
「マキナ! アレス! これはどういうことだ」
「どうもこうもこの女が急に斬りかかってきやがって。そうだろ? マキナ……っていないし!」
マキナはいつの間にかどこかに消えていた。お金を払いたいほどの逃げ足の速さだった。
「まあ。いい。マキナには私から後で言っておく」
「それはありがたい。頼みますよ。マジで」
「アレス。メイドと戯れている場合ではないぞ。今連絡が来たが、ロゼットとアマーロが国境沿いで小競り合いをしているらしい。ストレガもいくら中立だからと言っても安心はできないぞ」
アレスは別にメイドと戯れたくて戯れている訳ではないのだが、反論してムキになっていると思われたくは無かったので、黙っていた。それよりもロゼットとアマーロの小競り合いだ。ストレガが中立になる前はよく各地で小競り合いがあったと聞いていたが、近年はそんなことは無かった。
「それで国王はどうするつもりなのですか?」
「国王は体調が思わしくないので、クレア大臣がストレガ国境付近を固めるために第一師団を出した」
「国王は体調が悪いのですか?」
「大事には至らないようだが、なにぶんご高齢だ。クレア大臣もいらっしゃるので任せることにしたらしい」
「クレア大臣ですか」
クレア大臣はソフィア様の姉にあたる人物だが、その頭の良さをかわれて今は大臣の役職に付いている。次期、王位第一候補とも言われ、騎士団はクレア派の人間が多い。現騎士団軍団長アルフレドはその筆頭だ。ただ、一点だけクレア大臣には欠点がある。それは後ほど、語ることにしよう。
「どうした……。急に黙って」
「いいえ。少し考え事をしていました」
「とにかく! 国外情勢が思わしくないのだ。メイドと戯れるのも程々にしろ。いいな!」
「は! 気をつけます」
オットーはアレスに一喝すると、どこかへと行ってしまった。まるで俺の役目はこれでおしまいだと言いたげな背中だった。アレスは行き場のない怒りに包まれていた。
「ぷぷ。怒られてやんの」
「このクソメイドが、切り刻んでやるからそこを動くな」
メイドのマキナが、物陰から覗いて笑っていた。アレスが一矢報いろうとしたが、マキナはものすごい速さで逃げていってしまった。
「本当に何なんだ。あいつは」
アレスはしばらく逃げていくマキナを見つめていた。アレスは必ずマキナの弱みを握って、精神的に追い込んでやろうと決意していた。
アレスは気を取りなおして、再びソフィア様の部屋のドアの前に立っていた。アレスは何とか部屋から出てきてくれないだろうかと考えていた。心を込めて叫べば出てきてくれるかも知れない。
「ソフィア様! どうか! 出てきてください! アレス、一生のお願いです!」
アレスは意を決し、思い切り空気を吸い込んで叫んだ。廊下中に叫び声がこだました。ただ、しばらく待ったが、返答が無かった。
(呼びかけ方が悪いのかもしれない)
「ソフィア様! 大変です! メイドのマキナが王宮中のガラスを割り始めました。早く出てきて止めていただけませんか?」
まったく、うんともすんとも言わなかった。
(声量が足りないのかも知れない。もう一度だ)
「出てこい。ソフィア。俺はここだああああ!!」
アレスは更に大声を出して叫んだ。だが、部屋から、何も聞こえてこなかった。
「おい。邪魔だぞ」
「あ。すいません」
ソフィア様に似たきれいなブロンドの髪の女性がソフィア様の部屋に入っていこうとしている。
「あの。ここはソフィア様の部屋ですが……」
「……どういう意味だ」
「どういう意味も何もないのですが……まさかあなたがソフィア様ですか?」
アレスはソフィアのことを今まで遠目にしか見たことが無かったので、殆どソフィアがどういう外見をしているのか知らなかった。
「それになぜ。外にいるのですか」
「私だって外にくらい出る」
ソフィアはアレスを置いて部屋に入って行った。アレスは自体が飲み込めずに思考が停止していた。ソフィアは一度部屋に入ったが、再び部屋の外に出てきた。
「恥ずかしいから叫ぶのはよせ。みっともない」
ソフィアはそう言うと、部屋の中に入っていってしまった。
「俺だって好きで叫んだんじゃねえよ」
アレスは扉の前で呟いた。
「ぷぷ。ダッサ」
マキナがまた物陰から笑っていた。
「今度こそ殺す!」
アレスは叫びながら、マキナを追いかけた。途中でオットーにぶつかって、夕飯が抜きになったのはまた別の話である。
次回、第三話「ジェラルド国王の秘密。国王は○○だった」 です。
よろしくお願いします。