第十三話「落とし穴作戦」
昨日のことが気になったアレスは、具合が悪いとは知りながら、テオの部屋を訪ねることにした。テオは昨日の食料受け渡しの山登りで、無理をしたようで、少し体調を崩していた。アレスは部屋の前でドアをノックした。
「誰ですか?」
出てきたのはマリーだった。テオの看病をしていたようだ。
「悪い。少しテオさんに話があるんだが、いいだろうか?」
「待ってくれ。テオさんに聞いてくる」
そう言って部屋に入っていった。しばらくするとマリーは少しならいいが、あまり無理させないでくれということを言って、部屋から出ていった。
部屋に入ると、テオはベッドに横になっていた。ただ思ったよりも顔色が良さそうだったので安心した。
「すいません。テオさん。少しお話があったもので」
「構わないよ。少し……落ち着いた……何かね?」
アレスは何と切り出したらいいか困ったが、聞いて見ることにした。
「あの。前から気になっていたのですが、昨日エドガーさんが俺の顔を見て、驚いていましたよね? 何か理由があるのですか?」
「……」
急にテオさんの顔色が曇りだした。アレスは辛抱強くテオが話すのを待っていた。
渋っていたテオだが重い口を開く。
「分かった。話そう。そのまえにマキナさんを呼んできてください」
訳がわからなかったがとりあえず呼んできた。
「なんですか?」
「いいから来てくれ」
「あの。私これからエルナさんと雑巾作りをしようかと」
「そんなの後にしてくれ」
「そんなのってどういうことですか!」
「いいから来い!」
アレスは嫌がるマキナを引っ張るように、テオの部屋に無理やり連れてきた。
◇
アレスがマキナを連れてテオの部屋に入ると、テオは静かに語り出した。
「私と革命団のエドガーと……君のお父さんとはヴェヒターで一緒でね。同僚だったんだ。私はお父さんと瓜二つの君を見て、驚いたんだ。思わず心臓が止まりそうになったよ」
それからしばらくテオの説明が続いた。アレスの父親とテオは同僚だったこと。アレスに妹がいること。その妹が何とマキナだということ。このレジスタンスは元々はアレスの父親が作ったこと。それが原因でアレスの父親が処刑されたこと。家族がばらばらになり、アレスとマキナは、中立だったストレガに亡命することになったこと。
あまりのことにアレスは唖然としていた。まさか俺の父親のことが分かるなんて……しかも妹だと?それが横にいるマキナだって。自分の出生に関しては、自分もわからない事だらけだったが、そんなことを気にしてもしかたがないと考えないようにしていたが、思わぬ所で知ることになった。
マキナを見ると、マキナは石像のように固まっていた。よく見ると小刻みにふるふると震えていた。
「なんで……なんでこんな男と兄妹ってありえない」
「おい……おい。どういうことだ」
「私の中に穢れた血が」
マキナは両手を見つめていたかと思うと、自分自身を両手で抱きしめた。目がこれでもかというくらいに見開かれている。
「お前な……」
「死のう。そうだ死のう。今すぐ死のう」
そう言って、テオの部屋を勢い良く出ていったかと思うと、マキナはどこかへ走り去っていった。
「お、おい。待てよ」
アレスは、テオに礼を言うとマキナを探しにテオの部屋から出た。探し回っていると、なぜかマキナは食堂に居た。まさか、包丁で……。嫌な予想がよぎる。
「ハグハグ……」
衝動に入ると、マキナはやけ食いをしていた。
「なにしてるんだ」
「私……死ぬなら……。最後は食い死にしかないと思っていたんですよ。ムグムグ……。止めないでくださいよ」
泣いているのか。怒っているのか。喜んでいるのか。とにかく口に入るくらいに食物を詰め込んで。水で流し込んでいる。
「止めないけど。たぶん、それは難しいと思うぞ。食い死には無理だろ」
「ああー。なにしてるんですか?」
騒ぎを聞きつけたリリー達が入ってきた。
「一人でずるいですよ。私も」
「おい! 何している。貴重な食料だぞ。俺にも食わせろ」
参加するんかいと突っ込む間に、リリー達は次々と食材をテーブルに広げ始めて食事を始めた。なぜかいつの間にかに夜食会になっていた。アレスはマキナのそんな反応を見て、苦笑すると同時に、返って冷静になった。
◇
次の日。
「二、ニイサン。オオ。ハヨウ」
マキナに朝会うと、思いっきり引き攣っていた。目も腫れ上がっていて、どうやら眠れなかったようだ。マキナにも人並みの神経もあったのかと思い、申し訳ないが驚いていた。
「マキナ。昨日のことは保留してくれ。本当かどうかもわからないしな」
「ですよね。そうですよね。私、ソフィア様に手紙を出しますよ。ソフィア様なら何か知っているかも知れませんし」
そういえばマキナはソフィアに拾われたようなことを言っていた。一緒に亡命したのになぜ離れ離れになったのか。そもそもアレスは妹の存在をなぜ忘れていたのか。色々と疑問点はある。
マキナは次のような文面の手紙をソフィアに出すことにした。
「ソフィア様。いきなりのお手紙をお許し下さい。でも私。どうしても手紙を出さずにはいられなかったのです。私は、ある人から聞いたのですが、私とあのアレス様が兄妹って嘘ですよね。嘘だって言ってください。知っているのなら、本当のことを教えて下さい。それと、私ここから早く出たいです。ヘルプミーです」
後日返事がきた。
「知らん」
その一言だった。マキナは裏に本当のことが書いてないか。実はあぶり出しで字が浮き出るのではないか。
何かの暗号ではないかと探ってみたが、何も見つけることができなかった。
「ええええ! 冷た!」
「おい。マキナ。ソフィアから返事が来たって?」
マキナは思わず、その手紙を握りつぶしてゴミ箱に捨てていた。
「間違いでしたよ」
「なんだよ。冷たいな。ソフィア様は」
「で、ですよねえ」
とりあえず、マキナはアレスが血を分けた兄だということは保留することにした。 マキナはアレスから離れた所に行った。
「あれが兄って……あははははは。どういうこと? ははははっははははははははは。あはははは。ははっははっはああ」
なぜか笑いが止まらなかった。この感情をどう言ったらいいのだろうか。天涯孤独の身だと思っていたのに、まさか肉親がいたなんて。しかもすごく身近に。
いつの間にかにマキナは大笑いしながら、涙を流していた。
リリーはマキナに声をかけようとしていたが、マキナが急に笑い出したので怖くなってやめた。
「マキナちゃん……怖!」
◇
「みんな集合。テロを実行する」
それからしばらくして、食堂に集合することになった。大事が話があるそうだ。
「テロだって」
「みんな忘れているかも知れないけど、私たちはレジスタンス。ただ肉を食べて日々を過ごしている集まりではない」
そういえばそんなことを言っていたなとアレスは今更ながらに思った。あれから、リリーちゃんと畑を耕したり、カールと力比べをしたりなどしていたので、全く意識していなかった。
「エルナ。その紙を張って」
エルナは細長い紙を壁に貼りだした。
「今回の作戦は……落とし穴作戦!」
エルナが貼った紙にもでかでかと「落とし穴作戦」と書かれてある。
「私たちは今日のために綿密に用意してきました。みんなのおかげで市街地の落とし穴の数は百を超えました」
エルナがさらに紙を貼る。そこには市街地の地図が書かれていた。そこにはおそらく落とし穴の場所なのだろう。赤い丸が無数に書かれてある。ものすごい量なので、地図がほとんど赤丸で埋まっている。
「それと今回はカレンさんの協力により、装備も充実しました。これが特性ペイント玉と簡易トランシーバーです」
さらにおにぎりくらいの丸い玉のようなものと紙コップに糸が付けられているようなものが、テーブルに置かれた。ペイント玉はわかるが、簡易トランシーバーと呼ばれているものは、確か、糸電話と呼ぶのでは無いかとアレスは思った。
「このペイント玉は特性でな。投げつけると真っ赤な血糊が出て、その上、納豆の百二十倍の臭さがある。更にその匂いは一週間、持続するらしい」
マリーはつまむように真ん丸な小さな玉を持って、右手で掲げた。納豆の百二十倍の臭さというのは、想像できないが、とりあえず当たりたくは無いなとアレスは思った。
「それとこの簡易レシーバーは、一見すると糸電話のように見えるがアマーロの魔法がかけられている。糸が途中で切れているが、十分声は通るようになっている。市街地くらいなら十分カバーできるので有効に使ってくれ」
糸電話だと思ったが、どうやら魔法がかけられているようで、どこからでもトランシーバーのように会話ができるようだ。初めて聞いた技術だったが、便利なものがあるものだ。しばらくマリーはみんなに糸電話改め、簡易トランシーバーの使い方をレクチャーしていた。
◇
「よし。それでただやるのもつまらないので三対三のチーム戦にしようと思う。Aチームが私で、Bチームがアレス。頼む」
「なぜ。俺なんだ」
「お前がリーダーになるとバランスがいいんだ。頼むよ」
アレスは了承するしか道がなさそうなので、渋渋了承した。
「分かった」
「ありがとう。役割は投げ手、走者、オペレーターに別れる。投げ手はペイント玉を持ってヴェヒターにぶつける役目だ。肩の強さと正確さが要求される。どれだけヴェヒターを釣ってこられるかもポイントだ。あまり釣りすぎると、捕まる危険性があるので、これは自重してくれ。そして、走者釣ってきたターゲットを落とし穴まで誘導する役目だ。足の速さと体力が要求される。最後にオペレーターだ。これはトランシーバーで、走者を適切な落とし穴に誘導させる役目だ。それとこの起爆装置を押して落とし穴を作動させる役割もある。脳力と適切な判断力が要求される。これで以上だ。交替制で落とし穴にはめて、三ラウンドでより多くターゲットを落とし穴にはめた方が勝ちだ。理解したか?」
「ああ。分かった」
「よし。アレス、お前からメンバーを選ばせてやる。このメンバーから選んでくれ」
○マリー
走力A 肩A 脳力F 体力A 筋力C 備考 ムラッ気 ピンチ○ リーダーシップ 広角打法 アベレージヒッター 走塁○ 対左投手○ チャンス○ 盗塁○ 暴走
○エルナ
走力D 肩D 脳力S 体力C 筋力F 備考 対マリー○ 魅力○ 膝に爆弾 ノビ○ 守備○
○リリー
走力C 肩D 脳力C 体力D 筋力D 備考 特殊能力 打たれ弱い ガラスのハート ケガ× チャンス× ノミの心臓
○カール
走力C 肩A 脳力G 体力SSS 筋力∞ 備考 一発病 送球○ 体当たり 悪球打ち パワーヒッター ムード○ 馬鹿
○マキナ
走力? 肩? 脳力? 体力? 筋力? 備考 メイド○ 抑え○ キレ○ 掃除○ 洗濯○ 対アレス○ 不幸
○アレス
走力A 肩C 脳力C 体力S 筋力S 備考 対マキナ× チャンス× 満塁○ ランナー○ ラッキー男
アレスは悩んだ末にマキナとカールを選ぶことにした。
「俺を選ぶとはお目が高いな。俺はこの作戦で百人落とし穴にはめたことがある。任せてくれ」
「兄さん。私、あまり自信ないですよ」
エルナから地図とペイント玉と簡易トランシーバーを人数分もらって、市街地に向かった。
◇
じゃんけんでマリーが先行になった。とりあえず、お手並み拝見という訳だ。走者がマリーでオペレーターがエルナ、投げ手がリリーらしい。リリーに不安があるが、どうだろうか。
「いい忘れたが、負けたほうが今晩の夕ごはんを買ったチームにあげるということにする。覚悟しておけよ」
「そんなぁ。あんまりです」
崩れ落ちるリリー。
「リリーちゃん。負けなければいいんですよ。ふふふ」
そんなリリーをエルナは抱きしめて勇気付けた。
夕飯が抜きというのは、これは負けられない。心なしかみんながやる気に満ち溢れている。この戦いは絶対に負けられない。
「アレス。私の走り……そこで見ていろよ。行くぞ! エルナ! リリー!」
マリーはかっこよく決めて行ってしまったが、これはたかが落とし穴にはめるという作戦なのだ。そこは忘れてはいけない。
渡された落とし穴が書かれた地図を見てみると、百人は入ると言うSSポイントから、一人用のCポイントまである。たまに普通の住民も落とし穴に引っかかっているらしい。迷惑な話だ。これだけの労力を他に使えないのだろうか。勿体無いものだ。
「晩御飯のために頑張るぞー」
「「おお!」」
◇
十分後。
「どうだ!」
なぜかマリーは誇らしげだった。
「どうだと言われてもだな」
「ごめんなさいですー」
「よし。よし」
結果を言うとリリーのペイント玉が全然当たらずタイムアップとなった。
◇
次はアレスの番。投げ手カール。走者アレス。オペレーターがマキナという布陣で挑んだのだが、カールが逆に思い切り投げすぎて、気絶させまくり、一人も罠にはめることができなかった。0人対0人のイーブン。
「おい。今までどうやってたんだよ」
アレスは思わず、カールの胸ぐらを掴んだ。
「いや。ちょっと気合いれすぎた。すまん」
「すまんじゃねえぞ! 今日の夕飯かかってるんだからな。ふざけるならやめちまえ」
夕食がかかっているので、珍しくアレスはマジギレした。
◇
第二ラウンド。
マリー組はリリーとマリーの役目を入れ替えた。投げ手マリー。走者リリー。オペレーターエルナという布陣だ。
「晩御飯のために頑張るぞー」
「「おお!」」
◇
十分後。
「どうだ!」
なぜかマリーは誇らしげだった。
「どうだと言われてもだな」
「ごめんなさいですー」
「よし。よし」
結果としてはマリーはうまく釣ったのだが、リリーが捕まってしまったので、そこでゲーム終了となった。
◇
第二ラウンドの裏。アレスとカールが入れ替え。走者カール。オペレーターはマキナ。投げ手アレスという布陣だ。
「いいか。頼むぞ」
「おお! 俺に任せておけ」
「本当に頼むぞ」
「お、おう……」
アレスはとりあえず三人を釣って、走者のカールにバトンタッチした。
「お前らついてこいやあああああああああ!」
カールはぶっちぎりで走った。あまりの速さに誰も付いてこれなかった。もちろん罠にはめるはずのヴェヒターだ。
「カールさん。そこを右……」
「マキナ……あいつを落とせ」
「了解です」
「う、うおおおおおおおおお! なぜだああああああ!
アレスは代わりにカールを罠にはめることにした。
「どうだ! 一人落としたぞ」
「仲間を落としたらノーカウントよ。だめよ」
「いや、むしろマイナスだ。マイナス一点」
「おい。そんなルールなかっただろ」
結局、押し切られてアレスチームがマイナス一点となった。
◇
第三ラウンド。マリー組は走者がエルナ。オペレーターがリリー。投げ手がマリーに交代した。エルナが全ての罠を把握しているので、逆に走りながらリリーに起爆スイッチを押させるという作戦に切り替えた。その作戦がよかったようで、マリー組は次々と穴に落として、三十三人落とすことに成功した。これで三十三対マイナス一。
「どうだ! 見たか」
マリーとエルナのコンビネーションがものすごかったので、アレスは何とも言えなかった。
◇
第三ラウンドの裏。カールとアレスをもう一度入れ替えることにした。投げ手カール。走者アレス。オペレーターがマキナとなった。
「言っておくが、軽く投げろよ」
「任せておけ」
「本当に頼むぞ」
「しつこいぞ。俺を信じろ」
「……」
不安は拭えなかったが、信じるしかなかった。ゲームがスタートしたが、やはり、馬鹿なカールがやたらと釣りまくった。
「お、おい。釣りすぎだろ」
瞬く間に増えて、百人近くになった。
「う、嘘だろおおおお!」
「言っておくが捕まったら負けだからなー!」
マリーは楽しそうに言った。しかも、誘導もままならずなかなかうまくいかない。市街の地形を理解していなのでこちらが不利だった。馬鹿でもカールをオペレーターにした方が良かったのだろうか。
「マキナ。近くの落とし穴を片っ端に起爆させろ」
「分かった」
一か八かで次々と落とし穴を起爆させて、ヴェヒターを落とすことにした。数は少ないが、何人か引っかかった。
「マキナ。SSポイントに誘導頼む」
アレスは最後に一発逆転を狙って、百人は収容できるというSSポイントの落とし穴に誘導することにした。
「あ。ごめん。間違った」
マキナの誤作動で、アレスの下の地面が滑落した。
「うおおおおおーい。まじかーい」
その時、どこからともなく手を差し伸べられた。アレスはその手を必死に掴んだ。その手に捕まってアレスは引き上げられた。
「はあ、はあ。誰だか知らないが助かったよ」
「全く相変わらず馬鹿なことしてるじゃないか。面白いけどもさ。それよりもあなた達に頼みたいことがある」
手を差し伸べた人物は前に見たことがあった武器商人のカレンだった。