第十二話「食料確保作戦」
第十二話「食料確保作戦」
「食料が底をついた……」
マッチョなスキンヘッドのカールは自分の頭を撫でながら言った。
「「「ええ!」」」
「大変だわ。食べ物が無いわ」
みんなあたふたしだした。
「もう終わりです。リリー達は餓死するしかないんです。最後にお肉食べたかったです」
銀髪の幼女リリーは空を仰いでいる。エルナはそんなリリーをあやすように大きな胸で抱きかかえた。
金髪のマリーは食堂の椅子に座って放心状態に陥っていた。みんな軽いパニックに陥っていた。
「みんな落ち着け。大事なことを忘れてるぞ!」
カールが叫んでいるが誰も聞いていないようだ。事の重大さがわからないアレスとマキナは、何事かと思いながら、ベアテのみんなの様子を伺っていた。
そこに白髪のテオが白い顎髭を揺らしながら入ってきた。一瞬にして注目がテオに集まった。
「……みなさん、安心してください……」
「テオさん」
「……食料は……いつものように確保して……います。明日にでも……取りに言って……ください」
そう言うとテオは部屋に引っ込んでいった。
「さすがテオさん!」
みんなから歓声があがる。お祭り騒ぎだ。
「それで今日のご飯は?」
「あ?」
先ほどのお祭り騒ぎも一瞬で終了して、その場が凍りついた。その日はリリーの畑できゅうりを取ってきてみんなで泣きながら食べた。
◇
翌日。
朝一番マリーはアレスに呟いていた。
「アレスがいて助かるよ」
「何がだ」
ばしばしとアレスの肩を叩く、マリー。少し痛い。
「いやー。本当に助かるよ」
「だから何がだ」
「アレス兄さん。本当に助かるです」
どこからかリリーが出てきて抱きついてきた。
「ふふふ。アレスさん男冥利につきますね」
エルナが隣に座ってきて妖艶に撫でる。
「がっはは。まあいいから来い」
カールに腕を引っ張られ、外に連れ出された。
「見ろ!」
「これは……台車?」
「そうだ。それでお前は俺と一緒にこの台車を引っ張って山に登るんだ」
「すまん。俺、死んだ親父に台車だけは引っ張るなって言われてるんだ」
「マキナさん。お父さんは?」
「生きてますよ。今頃バリバリ肉を食べていると思います」
思わずマキナを睨んだ。こいつ俺のことを嵌めようとしている。マキナは周りに気付かれないように邪悪に微笑んでいた。マリーに詳細を聞く所によると、昨日の一件で食料が無くなったので取りにいくことになった。その食料を載せるためにカールとアレスとで木の台車を引いて裏の山を目指す。
基本的にこの国は配給制なのだが、レジスタンスは配給を受けていないので大所帯レジスタンスの革命団から定期的に食料を分けてもらっている。革命団は数千人と言う人数を率いているレジスタンス最大の組織だ。
他の小規模レジスタンスの面倒も見ているので、ベアテも色々な面でお世話になっている。その最たる所が食料だ。革命団は独自のルートで大量の食料を確保しているのでそれにお世話になっているレジスタンスも多い。
テオの友人が革命団に所属しているので、食料は革命団から譲ってもらっている。
「さて……たまには……わしも行くかな……今日は調子がいいし」
「やったー。テオ爺が一緒です」
いつもは同行しないテオが今回はなぜか同行することになったので、リリーは喜んでいた。テオの首に巻き付いてテオを困らせていた。
アレスとカールが一台ずつ木の台車を引くことになったのだが、引っ張ってみると意外と重かった。これで山を登るというのでアレスは気が滅入った。
「兄ちゃんよ。どちらが早くこの山を登るか勝負だ!」
「え? お、おい」
「置いていくぞ! うおおおおおお!」
カールはものすごい勢いで台車を引きながら登っていった。
「……目立ちすぎじゃないか」
「いつものことだ。気にするな」
マリーは至って冷静だった。ただ、新しい食料がもらえるのが嬉しいのか先ほどから立ったり座ったりしてそわそわしていた。
「まあ。ゆっくり登ればいいだろ」
「兄さん。私具合が悪いので台車に載せてください」
「ずるいです。リリーも乗ります」
「では私も」
「……すまんな。横にならせてもらう」
みんななぜかアレスの台車に乗り出した。馬車じゃねえぞ。これ。
「お前ら降りろや。エルナも何とか言ってくれ」
「私も急に立ちくらみが……ふふふ」
最後の良心だったエルナまでもが乗り出した。
「お前らしっかり捕まってろよおおおお!!」
カールに負けないスピードで台車を加速させた。戦争になれば甲冑を着て戦場に出るんだ。これくらいでへばっていてたまるか。アレスは力強く地面を踏みしめ、心のなかのギアを入れた。
「お、おい。アレス少し早すぎじゃないか」
「任せろ。すぐに登り切ってみせる」
「いや、そうじゃなくてだな」
「そっちは崖だああああ!」
「しまったああああ! ブレーキ!!」
アレスは足で踏ん張って止めようとしたのだが、あまりにもスピードを出しすぎていたので、あっさりと足を取られて、そのまま崖から転落した。
◇
崖の下は川だった。アレスを始め他のメンバーも川に転落し、川に流されていった。
「うわっぷ。駄目だ。流される」
「アレス兄さんー!」
「俺に掴まれ」
「あ、あー。兄さん」
「流されますー」
「アレス、リリーは頼んだぞ」
なんとかリリーは助け上げたのだが、他の連中は流されていってしまった。
◇
「はあ……はあ。なんとか生きてるな」
びしょ濡れになりながらもなんとかリリーと一緒に河原にたどり着くことができた。
「リリーちゃん大丈夫か?」
「リリーは大丈夫です。アレス兄さん。助けて頂き、ありがとうございますです」
「いや。悪いのは俺だからな。少し調子に乗りすぎた。それよりも……」
他の連中はどこまで流されていったのだろうか。無事だったらいいのだが。
「グオオオ」
「ア……アレス兄さん?」
「どうした? リリーちゃん」
何かに怯えているようでリリーはアレスにしがみついていた。リリーの見ていた方向を見ると、なんと巨大な熊のようなものがいた。ただの熊ではない。ビルの二階ほどもある巨熊だ。大きすぎるし、手の爪がバルログ級のかぎ爪で、なぜか胸にプロテクターをつけている。腕にはリングが巻かれており、『まさお』と書かれていた。誰かの飼い熊だったのだろうか。まるで異世界に迷い込んでしまったようだ。
「グオオオ」
「アレス兄さん……怖いです」
「リリーちゃん。俺に任せろ。必ず生きて合流するぞ」
「グオオオじゃねえぞ。グオオオオオ!!!! 今日は熊鍋だああああ!」
アレスは剣を抜き、まさおに切りかかった。まさおは戦い慣れているのか、長いかぎ爪でブロックした。
くぐり抜けて切りつけてもプロテクターにはじかれる。
「なんという防御力だ。でもここで熊なんぞに負けるわけにはいかねえ」
アレスの剣とまさおのかぎ爪の打ち合わされる金属音が断続的に山に響き渡った。アレスとまさおは互角に渡り合った。ただ、熊のまさおの方が力の強さは上のようで段々とアレスは押されていった。
「いかん。昨日きゅうりしか食べていないから力が入らねえ」
しかも、アレスは腹が減っていつもの力が出せずにいた。アレスは誰が見ても劣勢のようだった。その時、リリーが叫んだ。
「アレス兄さん。リリーに任せてくださいです」
「なんだって?」
そう言うとリリーはまさおに向けて手をかざしたかと思うと、強烈な光を手から放出した。
「グオオオオオ!」
その光を浴びたまさおは動きを止めて固まっていた。
「リリーちゃん……これは?」
「今です。アレス兄さん」
「分かった。まさおよ。お前に恨みは無いが、俺のために鍋になってくれ」
「アレス兄さん。それは可哀想です。動けないように傷めつけてくださいです」
「わ、分かった。そうするよ」
それはそれでひどいのではと思ったが、リリーが切実に訴えるので、アレスはそれに同意し、殺さず、ひどい目に合わせることにした。動けないところをアレスは剣でタコ殴りにした。
たまらず熊のまさおは崩れ落ちて動かなくなった。
「やった。アレス兄さん。さすがです」
「いや。ほとんどリリーちゃんのお陰だろ」
「いえ、リリーなんかこんなことしかできないですので」
「しかし、リリーちゃんのその力はいったい?」
「グオオオ」
リリーから先ほどの不思議な力の理由を聞こうとしたら、熊が急に起き上がった。アレスとリリーは身構えたが、熊が仲間になりたそうに見つめているのでアレスは熊のまさおを仲間にいれてやることにした。アレスは熊を屈服させ、テイムすることに成功した。
熊はアレスとリリーを肩に乗せてくれた。どうやら俺たちを運んでくれるようだ。
「さっきのリリーの力ですけど……アレス兄さん。気持ち悪いですか?」
「そんなことないよ。リリーちゃん。助かったし、こんな可愛いリリーちゃんのことを気持ち悪いなんて思うことなんてないよ。どうしてそんなこと思うんだ?」
「でしたらいいんです。アレス兄さんありがとうございます」
リリーは安心したようにアレスに向けて微笑んだ。そんなリリーの顔を見て、アレスは心穏やかな気持ちになった。
◇
その頃、別な河原に流れ着いたマキナとエルナとマリーは変わったイノシシと戦闘状態に陥っていた。
そのイノシシは口からはみ出す牙に加え、カモシカのような鋭利なツノが生えている。前足にはリングが嵌められていて、『花子』と刻んであった。
「マキナさんお願いします。私、頭脳担当なので」
「え、ええ」
「妹さん。私は小石で援護射撃しますから前衛を頼みます」
「全く、お客さんの私に戦わせるなんて、後で高くつきますよ。エルナさんとマリーさんの今夜の夕食の肉は私のものですからね」
他の二人が頼りにならないので、マキナが戦うことになったのだが、今、マキナが持っている武器は懐に隠していた武器のナイフしかなかった。
「今日はイノシシ鍋。これ一択、しか無い」
決意を新たにしてマキナは花子に戦いを挑んだ。
◇
「無理、無理あんなの無理」
「頑張って。私、イノシシ鍋食べたこと無いの」
「妹さん。気合が足りないぞ」
マキナはイノシシの花子に翻弄されていた。さすがのマキナも獣とは戦ったことはないので、あまりの花子の予測不可能の動きにどんどんと体力を削られていた。
「やっぱりきゅうりじゃ。力がでないよー!」
アレスと同じくマキナもきゅうりでは力が出ないようで、マキナにしては珍しく体力切れを起こしていた。マキナ達が苦戦している所に、頭にバンダナを巻いた男が現れた。そのバンダナの男は数人の集団を率いてマキナ達の助けに入った。
「嬢ちゃん達大丈夫かい?」
「エドガーさん」
「誰ですか?」
「革命団の団長、エドガーさんですよ」
革命団の人たちは瞬く間に、イノシシの花子を倒した。
◇
なんとかアレス達は革命団との合流先に到着した。
「おお……遅かったな」
テオは流されていたかと思ったが、先に合流先にいた。
「兄さん遅いですよ」
「全くだ。私達を待たせるとはとんでもない男だ」
「ふふふ。アレスさん言われてますね」
しかも、マリー達も先に着いていた。アレスたちが一番遅かったらしい。
「なんだ。その熊は?」
「ああ。まさおだ。まさお挨拶しろ」
「グオオオオ!」
「いや。そういうことではなくてな」
「なんでしょうかね?」
「いや。もういい」
「アレス。この人が革命団の団長。エドガーさんだ」
「アレスです。宜しくお願いします。それでこいつが妹のマキナです」
「妹のマキナです」
「エドガーだ。よろ……」
そこで革命団の団長のエドガーが、アレスを見て驚く。
「テオさん。こいつか? 確かに瓜二つだな」
「ああそうじゃ。まさかこんな形でとはな」
アレスのことを見て、テオとエドガーは何事か話している。確か、アレスがテオに初めて会った時と印象が似ているがどういうことなのだろうか。
「あの……どういうことですか?」
「まあいい。食料だ。受け取れ。お前らこれは貴重な食料だからな。大切に食べろよ。それとマリー」
エドガーはアレスの質問をスルーして、マリーに話しかけた。
「なんだ?」
「今度の作戦にはベアテにも参加してもらうからな。前のようには行かないからな」
威圧的な態度のエドガーに、さすがのマリーも少々癇に障った表情をした。
「ああ。分かっているよ。今度は参加させてもらう。前金も貰ってるしな」
そう言ってマリーは貰ったばかりの食料の山を見つめた。
「頼むぞ。今度の作戦で終止符を打つつもりだからな」
「ヒッヒヒ。見つけましたよ」
「ヴェヒター!」
この間のグスタフ率いるヴェヒターが、懲りずに張っていたようだ。グスタフは爬虫類を思わせるような、気持ちの悪い顔を更に歪ませて言った。
「いけませんね。いけませんね。こんな所で食料の分配など」
「なぜバレた?」
「どうやら……派手に騒ぎすぎたようですね」
「行け。熊よ!」
アレスは先ほど手名付けた熊のまさおを放った。
「な、なんだこの熊はああああ!」
「今です。逃げましょう」
まさおにヴェヒターの相手をさせている間に、アレス達は食料を積んだ台車を引っ張って、山を駆け下りることにした。だが、しばらく走った所でテオが苦しそうにうずくまっていた。
「テオさん大丈夫ですか?」
「ええ……お気遣いありがとうございます……私なら大丈夫です」
テオの顔は真っ青だったが、頑張ってもらうしかないが、アレスはこのままテオが自力で下山するのは無理と判断した。
「テオさん。おぶります。乗ってください」
「すまないな……」
「では私はここで失礼する。ではまたな」
エドガーは仲間と他のルートに行った。
「私達も全力で下山するぞ。お前たちも遅れずに着いてこい」
マリーが初めてリーダーシップを取り、先行してみんなを導くため走った。アレス達はマリーについて行き、なんとか下山することに成功した。
ただ、アレスはエドガーの反応が気になっていた。聞いてみたのだが、アレスの質問はエドガーに流されてしまった。アレスはエドガーにもテオにも初めて会ったはずなので、あの反応はどういうことだろうか。
とにかくマリー達は念願の食料を手にした。エドガーに注意されたにも関わらず、マリー達はこれまでの分を取りもどすかのように、馬鹿みたいにその夜は食べに食べた。みんな今まで生きていた中で一番幸せな顔をしていたし、実際口にもしていた。ただ良いことは続かないもので翌日、テオの具合が悪化した……。
◇
その頃、ストレガでは、クレア大臣がくちゃくちゃの髪の毛をさらにくちゃくちゃにして、落ちそうになる黒縁メガネを上げながら、ジェラルド国王の遺言状を読んでいた。
「それだけ?」
ストレガのジェラルド国王が残した遺言状には一言だけしか書かれていなかった。それが。
「全てはオットーに一任する」
という文句だけだったのだ。
「本当にそれだけしか、書いていないの?」
ソフィアはひったくるようにブロンドの髪を翻して、遺言状を奪い、まじまじと穴が空くほど見つめた。
「本当にそれだけだわ。何これ。どういうことなのオットー?」
「……」
責めるようなソフィアの質問に、オットーは腕組みをして、無言で俯いていた。
国王の片腕だったオットーに丸投げするような一文だが、オットーはかねてより、国王より自分に万が一のことが起こったら、どうすればいいかということを聞いていた。
この遺言により、その後、ストレガはソフィアを国王にして、体勢を固めることになった。