第十話「ベアテ」
「しばらくこの部屋を使ってくれ」
マキナとアレスは『ベアテ』という集団の一員となった。しばらくストレガに戻れる方法が見つかるまで彼らの一員として活動することとなった。
案内されたのは二階にある六畳ほどの部屋だった。白を基調としたきれいな部屋で大きな窓が二つにベッドは一つしかなく、後はソファーと、木の机と椅子が数脚あるくらいだ。
「すまんな。あまり部屋数が無いものでな。今倉庫に使っている所を片付けるまでしばらく我慢してくれ。兄妹なのだから共同でも問題ないだろう」
「まあ、兄妹だからな。問題が無いと言えばないのだが」
といいつつ、アレスはマキナの様子を伺った。マキナは外行きモード発動中なのか、笑顔を崩さなかった。
「私は構いませんよ。むしろ兄さんと一緒でうれしいくらいです」
マキナは異様に冷静だった。アレスは目を合わせて真意をつかもうと思ったが、なかなか目をあわせてくれなかった。ただ、握っていたペンをひねり潰していた。
「まあ適当にくつろいでくれ。お前たちも今日から私達の仲間なのだからな。もう少ししたら夕食だ。用意できたら呼ぶからな。ではな」
マリーが部屋の扉を閉めるとそこには異様な静寂が、この空間を支配し始めた。
「アレス様と同じ空間で同じ空気を吸うなど反吐が出ますね」
「なに……」
外行きモードを解除したマキナが早速アレスを貶し始めた。マキナは床に這いつくばると指で線のようなものを書き始めた。
「いいですか。ここからあ……ここまでは私の領地ですので絶対に入って来ないでくださいね。入ったら最後殺しますよ」
「おい。それだとほとんど俺の分がねえじゃねえか。むしろ、俺が寝るのでぎりぎりじゃねえか」
マキナがアレスに許したのはソファーが置いてある分のみだった、後はマキナの領地になるようだ。
「これでも譲歩したほうですよ。嫌なら廊下で寝てください」
「お前、ここでどっち上かはっきりさせたほうがいいかもな」
「望むところです」
さすがのアレスも堪忍袋の緒が切れたようで、腰につけていた剣を抜刀した。それに合わせてマキナも隠し持っていたナイフを抜いた。
「……」
「……」
お互いに一歩も動かずに睨み合っていた。どうやら相手がどう出てくるか探っているようだ。その時、どこからか木の葉っぱが飛んできて窓ガラスを打つ微かな音が聞こえた。それを合図に二人は咆哮を挙げ、お互いに飛びかかろうとした。
「はあああああ!」
「うおおおおお!」
「おい。夕食だ。入るぞ」
その瞬間ドアがノックされ、マリーが入ってきた。二人は瞬時に武器をしまい、手を取り合い乱舞した。
「夕食だぞ。どうした? 何を二人で踊っているんだ。仲がいいのは結構だが、夕食だぞ」
「命拾いしましたね。この決着は必ず付けますからね」
「それはこっちの台詞だ」
そう言いながら、仲良く夕食を食べに食堂へと向かった。
◇
一階にある食堂に入ると他の連中はもう集まって座っていた。食堂には長テーブルが二つ置いてあるだけで他に余計なものがなかった。テオは具合が悪いのか食堂にはいなかった。マリーに聞くと基本彼はいつも食堂ではなく自室で食事を取るとのことだ。
「さあ。食事だ。みんな落ち着けよ」
マリーは大げさに手を広げている。これから何が始まるのだろうか。みんな心なしかワクワクしているように見える。ロゼッタでは基本食料は配給で配られる。裕福な国では無いので食事の質もたかが知れている。それでも食事はロゼッタの人たちにとっては重要な行事のようである。
「お前ら、今日は新入りもいるから肉を用意したぞ!」
周りから歓声が挙がった。どうやら肉が出るのはそう無いことらしい。
「肉なんて久しぶりですー」
「お前ら噛み締めて食べろよ」
そう言いながらマッチョなカールが席ごとに食べ物を配る。出されたのは、クロワッサン一つと水とどうみても魚肉ソーセージのようなものだ。
「これが肉か……」
マキナなんて肉はどこだと思って周りをきょろきょろしている。肉は目の前ですよ。マキナさん現実逃避しないでください。
「肉だ。久しぶりの肉だあああああ」
マリーなんて涙を流しながら食べている。あの冷静なマリーが取り乱している。
「噂ではヴェヒターのやつらは毎日これを食べてるらしいわ」
とエルナは怒りに打ち震えながら、どうみても魚肉ソーセージとしか見えないものを少しずつ食べている。周りからはなんてやつらだ。許せないなんて声が出ている。アレスからするとこんなもの毎日食べさせられる方が可哀想だと思うのだがと思ったが、黙っていた。
「アレスさん。美味しいですか?」
リリーがつぶらな瞳で聞いてきた。そんなつぶらな瞳で聞かれたらアレスはこう答えるしか無かった。
「ああ……こんなおいしいもの食ったことねえよおおお」
「よかったです。アレスさんのお口にあったようですね」
アレスはとても言い出せなかった。これが本物の肉で無いことを。それとどこからともなく肉最高―という声が別室から聞こえてきた。テオだろうか。
◇
食事が大分済んだ所でアレスは疑問点を聞くことにした。
「マリー。質問があるのだがいいか?」
「ああ。構わない。答えられることなら答えるぞ」
「ありがとう。お前たちを追っていた奴らはなんなんだ。普通じゃ無かったが」
あまり聞かれたくない話題だったようで、一瞬マリーは顔を強張らせたがすぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
「あいつらはな。ヴェヒターと言ってだな。騎士団とは独立していて、反乱分子は無条件に取り締まることができる権利を持っている組織だ」
現隊長のグスタフが就任してからは、騎士団よりも強い権力を持っているようで、今や手が付けられる状態ではなくなっているようだ。暴行略奪は日常茶飯事で、時には切り捨てることもあるらしい。
「なんでそんなのに追われてたんだ。お前らは?」
「よくぞ聞いてくれました。私たちは!」
「「「レジスタンス!」」」
みんな何を思ったのが、いっせいに立ち上がりマリーを中心として思い思いのポーズを取っていた。辺りに微妙な空気が流れたがとりあえずアレスとマキナはぱらぱらとした拍手をすることにした。
「お、おうよ」
「我々の目的はあのロゼッタウォールを破壊し、外の世界に出ることだ!」
「それよりもお前たちは外から来たんだろ? 外のことを聞かせてくれよ」
「聞きたいです。他の国の人は牛の肉をいつでも食べれるって本当ですか?」
「俺が先に聞く。外の人間は筋肉を増強する薬を使ってお手軽に、筋肉を育てているという話は本当なのか?」
しばらくアレスとマキナは質問攻めに合っていた。それほどに他の国から来た人間が珍しいようだ。
◇
「ふー。疲れた」
部屋に戻ったマキナとアレスはどっと疲れて、ベッドに座り込んだ。同じタイミングで座り込んだので思わず見つめ合っていた。これからやると言ったら一つしか無い。無言の緊張が二人の間に走った。
「アレス様。覚悟はよろしいですか?」
「あ、ああ……」
「はあああああ」
「うおおおお!」
二人はお互いに拳を握りしめ咆哮した。