なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか その2
ドアマットすぎるお嬢様。ドアマットすぎてざまぁをしてもらう
今日は運がよかったですわ。
いつもこのお屋敷では、奉公人達のお風呂は三日に一回なのですが。
大抵はすで抜かれていてからっぽで入れませんのよ。
なのに今日は、液体が入ってますわ。
ひさしぶりのお風呂ですわ!
わたくしは最下級の下働きの服を脱ぎ捨ててお風呂に入りました。
以前着せてもらっていた服はひとりで脱ぐのが大変でしたが。
今着ている服は、たいそう脱ぐのが簡単で、しかも下着も許されていないので、ぱっぱと脱げますわ。
ちなみに下着が許されていないのは、罰をされる時、すぐお尻を出せるようにですわ。
奉公人用の風呂は、十人くらいが一斉には入れるようになっていて大きいので好きですわ。
もう冷え切っていますし、いっぱい人が入ったあとで濁ってますけど、手足をのびのび伸ばせるのが最高です。
「はぁぁ……きもちいいですわぁ……」
わたくしはアマット。
侯爵令嬢なのですが下働きをしていますわ。
あれ? わたくし本当に侯爵令嬢でしたっけ?
ただでさえ忘れっぽいのに。
最近は一生懸命思い出さないと、忘れてしまいそうになりますのよ。
ええと……。
3年前、お母様が亡くなって、お父様が愛人様を家に連れてきて、それ以来こんな生活ですの。
お部屋をとりあげられ、ドレスも装飾品もとりあげられ、気づいたら、下働きにされていましたのよ。
今は、日が差さない地下の物置に住まわせてもらっておりますの。
わたくし、不器用でドジなので、奉公人達にも折檻される毎日ですのよ。
三日前に叩かれたお尻は大丈夫でしたが、二日前鞭うたれたお背中は、ぬるま湯でもしみますわぁ。
実際、失敗ばかりで迷惑をおかけしておりますので、仕方がないですわね。
はぁぁ……侯爵令嬢に生まれたからといって、才能があるわけじゃあないんですわよね……。
お母様は、なんでも不器用でとろいわたくしを、ひじょーに厳しく躾けてくださりまして、なんとか形にしようとしておりましたが、ムリでしたわ。
わたくしってば、覚えさせられたことも半日経てば忘れてしまいますので、礼儀作法も何も身に付きませんでしたわ。
わたくし本当におつむが悪いんですの。
しかも顔も地味で、いくら最高級だとかいうドレスとか着せられてもせいぜい十人並みになる程度だったのですわ。
お母様の目から、愛が、義務感が、消えていくのをずっと見続けて大きくなりましたの。
亡くなるかなり前からお母様はわたくしに失望しきっておりましたし、わたくしもいつしか母に愛されるのをあきらめました。
お母様が何かを仕込もうとするのをやめ、ついには教師のひとりもいなくなると、あーよかったと思いましたわ。
ですから亡くなった時も、なにも感じませんでしたわ。
で、そんな地味でブサなわたくしと比較すると、愛人様の娘はきれいですわ。
少なくともわたくしよりお嬢様が似合っていますもの。
わたくしには意地悪でしたが、なにを取り上げられてもわたくしの反応が薄いのがつまらなかったのか、とりあげるものがなくなったからなのか、来てから三月で何もしてこなくなりましたわ。
地下と裏でバケツをひっくり返したり、壺を割ったりしているだけのわたくしにはよくわかりませんが、奉公人達の噂話からすると、社交界でもうまくやっているらしいですわね。
あんな難しい礼儀作法が覚えられるなんて、尊敬してしまいますわ。
しかも、先日には、すごいえらいおうちの貴族の子息様と婚約したとか。
あの日は、残飯の中にチキンが半分入っていて、幸せな日でしたわね……。
……。
「うぶ、げぼ、おえ」
いけませんわ。
眠ってしまったらしくて、もう少しで溺れるところでしたわ。
せっかくお風呂を使わせてもらえるんですもの、ついでにやることをやっておきましょう。
わたくしは脱ぎ散らかした服を集めて、お風呂で洗います。
だいぶ洗っていなかったので、すえた匂いがしてきたので、洗えてよかったですわ。
さて洗いましたが、この服しかないので、わたくし、干すこともできないんですのよ。
ですから濡れたままのを着て、お庭へ出ます。
あ、もちろん、お風呂の後始末をきちんとしてからですわ。
何度もお尻ぺんぺんや鞭で背中をバシバシでしつけていただいたので、それくらいは覚えておりますわよ。えへん。
濡れた服がびっしょりと肌に張り付いて気持ち悪いですけど、しばらく庭をうろうろして夜風にあてていれば、体温でそのうち乾きますわね。
「あら?」
こんなに夜遅くなのに、まだ灯りがついている部屋がありますわ。
いつもですわね、あそこに灯りがついているのは。
お嬢様の部屋ですわね。
シルエットしかわかりませんが、机に向かっていらっしゃいますわ。
えらいですわ。
わたくしなんか、机について本を開いたら、すぐ眠くなってしまうというのに――。
ほんとうのお嬢様は出来がちがいますわね。
「あらあら?」
お屋敷の、裏手でなんか声がします。
なんでしょうか?
わたくしが声の方へ回ると、裏門のあたりでした。
黒ずくめ黒覆面の男の方々が群れていて、なにか言いあっていますわ。
「おい、本当にうまくやったのかよ」
「やったさ! ああいう奉公人は金ですぐ転ぶんだよ。あからさまに虐げられてたからな」
「ほんとうに、前金渡したのか? お前ががめたんじゃないのか」
「金貨一枚渡してやったよ!」
あ。そうでしたわ。
一昨日。
わたくしがいつものように家宝のお皿を割って、とっさに別の方が割ったとウソをついたら、すぐばれて、メイド長に折檻されましたの。
お嬢様扱いされていた頃は、自分じゃない人間のせいに幾らでも出来たので、そのクセがたまに顔を出してしまいますのよ。
そもそも、わたくしがドジでのろまなので壺や皿を割るのは仕方がないのですけど。
でも、さすがに鞭で10も打たれると痛かったですわ。
そうして動けないまま、庭の隅で転がっていましたら、お屋敷を囲む塀の外から。
「おい。ひでーめにあってるな」
あ。親切な方ですわね。
痛くて動けないので、お顔は拝見できませんが……。
でも、誤解があるので訂正させていただきましょう。
「いえ。ドジでのろまなわたくしが悪いので。それにいつものことですから」
「いつもかよ」
「はい。わたくしがドジなのがいけないのですわ」
「おかしいだろ。ムチは。しかも十回も。お前ほんとうは恨んでるんだろ」
「ドジなので。家宝の皿を10枚割って、それを他の人のせいにしたのがバレたので」
「……」
親切な方は、なぜか黙ってしまわれました。
そして気を取り直したように。
「あ、ああ。服もひどいな。古着屋でもそんな服は売ってないぜ」
ますます親切な方ですわ。
ですが、やっぱり誤解をしていらっしゃるので。
「ドジなので」
「……お前、バカって言われるだろ」
「みなさん、そうおっしゃいます。ですがドジなので」
よかったですわ。誤解が解けて。
そうしたら、親切な方はしばらく黙り込んで。
「……お前、金欲しいか」
「あるといいと思いますわ」
お菓子が買えますから。
「じゃあやる。ほらよ」
目の前に、金貨が一枚転がってきました。
外から放り込んでくださったらしいですわね。
「これでお菓子が買えますわ!」
これはどこかへ隠しておかないといけません。
そうしないと壺や皿の賠償として取り上げられてしまいますもの。
「もっとほしいか?」
「はいっ! たまには、お菓子とか食べたいですわ。ちよこれーととか!」
昔のほうがよかったのは、毎日お菓子が食べられたことですもの。
特に海を渡ってきた、ちよこれーとはおいしかったですわ。
「そうかそうか。ならば、ちょっとだけ頼みを聞いてくれればもっとやるぞ」
「はいっ」
なんていい人なんでしょう!
「二日後、深夜、このお屋敷の裏門を開けてくれれば、もっとやる」
「わかりましたわ!」
「! あ、あっさりだな……」
「だって金貨をいただけるのですよね? ならやりますわ!」
ちよこれーと。
「お、おう……」
ぜんぶ思い出せましたわ!
忘れていたら約束は守れませんけど、覚えているので守らねばなりませんわね。
それにしても、すっかり忘れてましたわ!
……そういえばあの金貨どこに隠したんでしたっけ?
いえいえ、それを思い出す前に、裏門をあけなくちゃですわね。
「ごめんなさい。すっかり忘れてて。物覚えが悪いんですの……」
わたくしは裏門をあけました。
黒ずくめ黒覆面の男たちがぞろぞろ入ってきました。
「ほい。金貨だ」
「うれしいですわ!」
これだけあれば、ちよこれーとが食べられますわ!
「ついでに、お屋敷の中にもいれちゃあくれないか。金貨をもう一枚やろう」
「いいですわよ!」
ちよこれーとがもう一個買えますわ!
わたくしは、地下室へ通じる扉をあけました。
「どうぞ。他に何かいたしましょうか? わたくし不調法なので、大したことはできませんけど……」
「……お前バカだろう」
「はい。そう良く言われますわ」
黒覆面の男たちの誰かが鋭い声で、
「おい、そいつを縛り上げておけ。何かされると面倒だ」
「そんな知恵ねぇんじゃね?」
「バカはなにするかわからんからな」
あら。
わたくしは縛り上げられてしまいましたわ。
ですが、金貨をいただいているので、これくらいはいいですわね。
鞭とちがって痛くもないですし。
親切な男たちはお屋敷の中へ入っていきました。
しばらくたって、あちこちから悲鳴が聞こえてきましたわ。
メイド頭や執事や、お父様や愛人やお嬢様の悲鳴が立て続けに聞こえますわ。
ものがひっくりかえされたり、破壊されたりする音もしますわ。
「わたしを皆様のお好きになさってください! その代わり、奉公人達を助けてあげて!」
お嬢様の凛とした声が響きました。
それから続けて、お嬢様のうめき声や悲鳴や叫び声が聞こえてきます。
なにが起きているのでしょう?
このお屋敷で、こういう音を立てるのは大抵わたくしですのに……。
わたくしがここにいるのに、いったい誰が?
その人も、わたくしと同じように、鞭で打たれるのかしら?
ですが、上で起きていることはわたくしには関係のないことですわね。
ヘタになにかしたら、怒られるだけですし。
だってわたくしは、間違いなく何かやらかしてしまうんですもの。
そして昔からのくせで人のせいにして、折檻されてしまうのがオチですもの。
それに縛られているので、どうしようもありませんわね。
少し経って悲鳴は途絶え、人が動き回る音だけになりましたわ。
お嬢様のお声をもう聞こえませんわね。
わたくしの目の前で、どこか見覚えのある品々が次々と運び出されてきますわ。
もしかしたら、わたくしが壊しまくるので、安全な場所へ運び出すということなのでしょうか?
重そうでしたので、手伝いましょうか? 言いかけましたが。
わたくしが手を貸そうとしたら、ドジして余計手間がかかるだけなので、重そうだな、大変そうだな、と思いつつも黙って見ていましたわ。
落とすようなドジな方はいませんでしたわ。
男たちは裏門から出ていき、わたくしに金貨をくれた方と、縛り上げておけと命令した方だけが残っています。
「金目のものは」
「ある限り運び出した」
「屋敷の奴らは?」
「全員そろって、あの世行きさ」
「よし、ずらかるぞ」
金貨をくれた男が、わたくしを見ましたわ。
「こいつどうする? こいつもあのお嬢さんみたいにヤッてから始末するか」
「さっきあんないい女で楽しんだのに、こんなバカが移りそうなブサとするのか? チラッと見たがこいつ下着つけずにふらふらしてるようなアバズレだぞ」
「じゃあ始末するか?」
「単なる頭のネジが外れたバカだ、殺すまでもない、ロクな証言も出来ないだろう。ここまでバカだと殺すのもバカバカしい」
「そうだな」
「それに、こいつが裏門を開けたんだ。つまり共犯だ。だまってるさ」
「協力ありがとよお嬢さん」
まぁ、お礼まで言われてしまいましたわ!
「お仕事は終わりましたの?」
「ああ。終わった」
「よかったですわ。約束の金貨をくださいな」
「お前にやる金貨なんてないさ」
「うそついたんですの!?」
「生かしてやってるだけでもありがたくおもえよ」
男たちは立ち去って、あとには縛られたわたくしだけが残りました。
親切な方々だと思っていたら、とんだ嘘つきでしたわ。
ぷんぷん。
それにしてもお屋敷が静かですわね。
きっと、さっきの騒ぎに疲れて、みなさん眠ってしまったのでしょう。
「ふわぁぁぁ……」
わたくしも眠くなってきましたわ。
あーあ、きっと、明日になると、なんでこんな姿なのか問い詰められて、また鞭をくらうのでしょうね。
やれやれですわ。
でも、わたくしには金貨があるんですのよ!
これで久しぶりにちよこれーとを買えますわ!
あれ? どこに隠しましたっけ……?
ぐぅ……。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




