第8話:帝国の平伏、あるいは「震える手」
……もう帰りたい。いや、ここが僕の家なんだけど、心の故郷(六畳一間のボロアパート)に帰りたい。
(なんなの、この状況は! 門番所の前に、隣国・ガゼル帝国の皇帝陛下が、自ら土下座(五体投地)してるんだけど!?)
数日前、僕が自動ドアにビビって吐いた溜息。それが「宣戦布告」と受け取られた結果、帝国側はパニックに陥ったらしい。
「あの『ナラクの門の守護神』を敵に回したら、一晩で帝国が更地になる」と確信した皇帝ガゼルは、全権大使どころか、自ら謝罪にやってきたのだ。
僕は豪華な椅子に座らされ、目の前で額を地面に擦りつける皇帝を見下ろしていた。
(怖い! 皇帝陛下だよ!? 偉い人だよ!?
そんな人が僕みたいな二等兵に土下座しちゃダメだよ!
早く立ってくださいって言わなきゃ……でも、緊張で全身がロックされて動けないんだよぉお!)
僕の心臓は、さっきから高速道路の工事現場みたいな音を立てている。
極限の緊張。そのせいで、僕の右手が……プルプルと、小刻みに震え始めた。
「……っ!」
皇帝ガゼルが、その震えを見て、顔を真っ青にして戦慄した。
(……なっ!? あの手……あの指先の動きは何だ!?
ただの震えではない。指の隙間から、空間の密度が歪むほどの魔圧が漏れ出している。
……そうか! ゼノン卿は今、指先一つで我が帝都の座標をロックし、いつでも『消滅』させられる準備を整えているというのか……っ!)
(違う! アルコール依存症じゃなくて、単なる武者震いでもなくて、ただの『ビビり』だよ!
止まれ、僕の右手! 止まってくれぇええ!)
僕は震えを止めようと、必死に右手を左手で押さえつけた。
それがまた、最悪の誤解を招く。
「……ゼノン卿、お待ちを! どうか、その手を振り下ろすのだけは、ご勘弁をぉお!」
(えええっ!? 押さえてるだけだよ!
攻撃のチャージ中じゃないよ!)
皇帝は涙目で、懐から一通の公文書を取り出した。
「我が帝国は、今回の無礼(刺客の件)を深く反省しております!
つきましては、係争中だった国境沿いの肥沃な領土、および帝国が保有する魔石鉱山の半分を、貴殿……いや、王国に『誠意』として譲渡いたします!
ですから、どうか……どうかその『世界を握り潰さんとする拳』を収めていただきたい!!」
(……領土? 鉱山?
それ、僕がもらっても管理できないよ!
というか、僕が『いいですよ』って言ったら、また仕事が増えるじゃないか!)
僕は必死に首を振ろうとした。
「そんなのいりません、帰ってください」と言いたくて、口を開く。
「……いら……ない(※訳:責任の重いものは欲しくないです)」
その瞬間、背後で控えていたリルが、ゾッとするほど冷たい笑みを浮かべて補足した。
「……フフ。主様はこう仰っているのですよ。
『領土ごときで、私の怒りが鎮まると思っているのか?』……とな」
(違うううううう! リルさん、勝手に翻訳しないで!
そんな過激なこと一ミリも思ってないから!)
「ひ、ひいいいっ! さ、さらなる要求を……!?
わ、わかりました! ならば帝国の至宝、【創世の杖】も献上いたします!
それで、それでどうかご容赦をぉおおお!」
(至宝とか、余計に管理が大変なもの持ってこないでぇええ!)
僕は絶望のあまり、顔を覆った。
その姿は、皇帝の目には「あまりの供物の少なさに、呆れ果てて言葉を失った魔神」に見えた。
「……もう、いい(※訳:もう勝手にして。僕は寝るから)」
「——っ! 『命だけは助けてやる、失せろ』という意味ですね!
ありがたき幸せ!! 命拾いしたぞぉおおお!」
皇帝ガゼルは、まるで処刑台から解放された囚人のような歓喜の表情で、脱兎のごとく逃げ帰っていった。
後に残されたのは、領土譲渡の契約書と、伝説の杖。そして、またしても勝手に「国家の英雄」としてのランクを上げてしまった僕だけだった。
「流石は師匠。一歩も動かず、指先一つ動かさず(※震えてただけ)、大帝国の王を屈服させるとは。
これで大陸の勢力図が完全に書き換わりましたね」
「……あ、あー。あー……(※訳:もう、どうにでもなれ……)」
僕は、新しくもらった「創世の杖」を、ちょうどいい長さだったので「肩たたき棒」として使い始めた。
それが翌日、「ゼノン卿、伝説の聖遺物を『ただの木切れ』として扱う不遜な余裕」として、全世界の諜報網を駆け巡ることになるとも知らずに……。
第8話をお読みいただき、ありがとうございます!
蒼井テンマです。
「指先の震え」が「核ミサイルの照準」に。
ゼノンの意志とは裏腹に、ガゼル帝国は王国の属国のような立場になってしまいました。
さて、第1章もいよいよ大詰め。
次回、ゼノンの「肩たたき」の振動が、偶然にも地下に眠っていた「古代の魔導兵器」を起動させてしまう!?
絶望の先に待つ、さらなる勘違いの爆発をお楽しみに!
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皆さんの評価が、ゼノンの「胃薬」を「エリクサー」に変える力になります(笑)。




