第23話:保健室の聖域、あるいは「戦乙女の伏兵」
(……もう、ここしかない。
あの子をうっかり勇者に覚醒させちゃったせいで、訓練場がパニックだ。
今のうちに逃げよう。幸い、度を越した眼鏡のせいで視界が歪んでるから、僕がフラフラ歩いてるのは『高次元の歩法』に見えるはず……今のうちに、保健室の隅っこで丸くなるんだ……!)
僕は吐き気と胃痛に耐えながら、ようやく静かな保健室に辿り着いた。
清潔なシーツの匂い。ここなら、あの狂信的な弟子たちも、国家を背負った重圧も届かない。
(……あ、奥のベッドが空いてる。
カーテンも閉まってるし、ここで布団を被って、数時間は『存在しない人間』になろう……。
お邪魔します……)
僕は震える手でカーテンを開け、吸い込まれるようにベッドへと潜り込んだ。
だが、そこには先客がいた。それも、二人。
「——お待ちしておりました、師匠」
「——主様、お疲れのようですわね。膝枕の準備はできておりますわ」
(ひ、ひいいいいいいいっ!?
なんで!? なんで学園の保健室に、聖騎士クラリスさんと筆頭メイドのイヴさんが寝てるの!?)
目の前には、なぜか「学園の女子制服」を完璧に着こなしたクラリスと、白衣を羽織って「校医」のフリをしたイヴが、当然のような顔で僕を待ち構えていた。
「師匠。貴方が『無能を装う』という究極の修行を始めると聞き、我らも潜入いたしました。私は今日から『風紀委員長』として貴方の周囲を警護します」
「……フフ。私は校医として、主様の『過剰すぎる魔力』を物理的にマッサージして差し上げますわ」
(……潜入!? 職権乱用だよ!
というか、これじゃ逃げ出した意味が全然ないじゃないかぁあああ!)
僕は絶望のあまり、ベッドの上でガタガタと震えながら、腹痛を抑えるために自分のお腹をさすった。
「……うぅ、お腹が……(※訳:もう胃が限界だから、二人とも帰って……)」
その時、僕の掌から漏れ出したパニック魔力が、保健室の薬品棚を直撃した。
棚に入っていた「ただの栄養剤」や「湿布」が、僕の浄化波動を受けて一瞬で**【神の万能薬】と【不死の聖布】**へと変貌し、部屋中に聖なる香りが立ち込めた。
「——っ! 流石は主様!!」
イヴが感極まった表情で膝を突いた。
「あえて『腹が痛い』という苦行のポーズをとることで、自らの体内に溜まった『世界の歪み』を抽出し、それを一瞬で聖薬へと精製されたのですね……。
保健室という『癒しの場』を、文字通り『神の治癒域』へと作り替えられた。なんという慈悲深さ……っ!」
「師匠……。あなたは自らの苦しみ(腹痛)を代償に、学園の全生徒の健康を願っているのですね。
わかりました! 風紀委員として、この聖なる空間(保健室)に近づく不埒な輩は、私がすべて切り伏せましょう!!」
(違う! 違うんだってば!
ただの胃薬が欲しいだけなの! 切り伏せるとか物騒なこと言わないでぇえ!)
その時、保健室のドアが勢いよく開いた。
入ってきたのは、先ほど覚醒したばかりのシルフィだった。
「ゼノン様! 私、……って、ひっ!? 風紀委員長と校医の先生が、なぜゼノン様をベッドで囲んで……!?」
「……フフ、遅かったわね、新入り(弟子候補)。
この方は今、世界を癒す儀式の最中なの。邪魔をするなら、たとえ生徒でも排除しますわよ?」
(……わあああああ! 修羅場だ!
シルフィちゃん、逃げて! この人たち、見た目は綺麗だけど中身は猛獣なんだよぉおお!)
僕は絶望のあまり、頭から布団を被って完全に現実逃避を決め込んだ。
その姿は、周囲には**「俗世の争いを断ち、深淵なる瞑想へと没入した聖人の姿」**にしか見えなかったのである。




